姫様は身侭な方です。
炎が熱く、水が涼しく、風が気持ち良いように、姫様はワガママでありました。
それは、王様が絶対で、学者が賢くて、コックが料理上手であるように、当たり前のことであり、番である
「ねえ騎士。私、あの人が私の王子様だと思うの」
「はい、ではそのように」
ある時、姫様がとある貴族の次男坊の名前を挙げました。
求められれば、騎士はそれに従うようにできています。当然、私も姫様の要望に応えるべく、姫様主催の小さなパーティーに、彼が出席するよう時合いを選んで招待しました。
パーティーでは姫様も彼も楽しげに懇談なさり、騎士としての役目を全うしたものだと私も安堵の息を吐きました。
「ええ、いい人だったわ、彼。いい人だったのよ。でも、ダメね。素敵な人だったけれど、運命的なものは感じなかったわ。彼は私の王子様ではないの」
「左様ですか」
「でも、ありがとう騎士」
「光栄です」
あるいは、姫様という存在は、王子様を求めるようにできているのかもしれません。
なにはともあれ、このようなワガママは日常茶飯事であり、騎士であるからには、たとえどんな無理難題であろうとも主の期待を満たさなければなりません。
「ねえ騎士。私、普通の女の子みたいに街歩きがしたいわ」
「はい、ではそのように」
ある時、姫様が祭りの様子を見下ろしながら呟きました。
求められれば、騎士はそれに従うようにできています。美しい髪や柔らかな指先など、育ちの良い女性というのは身を窶すのが難しいもので、衣装を変えるだけでは貴人らしさを隠せず、様々な工夫をこらしました。
当然、私も鎧を脱ぎ、一般人であるように振る舞って姫様の御伴をいたしました。
「騎士、あなたってそんな顔をしていたのね。いつも隠しているから知らなかったわ」
「お恥ずかしい限りです。どうかご容赦を、姫様」
「あら、何を言っているの。私ほどじゃないけれど、私の次くらいには美しいわよあなた!」
「恐縮です」
「ふふ、街を歩くのって楽しいわね。ありがとう騎士」
「光栄です」
屋台の食べ物を姫様が召し上げるのはどうかと思いましたが、騎士であるからには、姫様の要望を断るわけにはいきません。私が食べて、問題なければ姫様にも召し上がっていただきました。
一国の姫として、国民の営みを間近で知ることもまた大切なのでしょう。
「ねえ騎士。私、パン職人になってみたいわ」
「はい、ではそのように」
ある時、姫様が最高級の白パンを千切りながら仰りました。
コックに話すわけにもいかなかったので、街で有名なパン屋を講師として招きました。
「修行であんなに傷だらけになっただなんて、パンの道って厳しいのね」
「そのようですね」
「私、パン職人は諦めるわ。でも、ありがとう騎士」
「光栄です」
講師のパン屋は、見た目は恐ろしいものの、良い腕をしていました。
「ねえ騎士。私、宝石亀を見てみたいわ」
「はい、ではそのように」
ある時、姫様は動物図鑑を眺めながら目を輝かせました。
宝石亀は、世界でも有数の危険地帯の奥地に生息する動物です。宝石亀自体は美しいだけで人間には無害ですが、その生息する場所は生半可な覚悟では踏み込めません。
そんな場所に姫様を連れていくわけにもいかず、私は捕獲することにしました。
「姫様、こちらをどうぞ」
「まあ! 宝石亀! 捕まえたのね、凄いわ騎士!」
「恐縮です」
「本当に、ありがとう騎士!」
「光栄です」
宝石亀と姫様は見つめ合います。美しい者同士、何か通じるものがあるのかもしれません。
「……あら? ねえ、騎士。鎧から赤い水が滲み出てるわ」
「ああ、申し訳ありません、姫様。床を汚してしまうので、一度退室させていただきます」
「え、ええ……」
「それでは、失礼いたします」
騎士であるからには、何事も完璧にしなければいけません。それだというのに、ついうっかりして、姫様の部屋の床を汚してしまいました。これは、後ほどカーペットを取り替えるように指示する必要があるでしょう。
それから、身を清め、医務室を訪れる必要もあるかもしれません。
「……」
「……濡れてる」
「……」
「私、知ってるわ。これは、血って言うのよ」
「……」
「……宝石亀、あなたは綺麗ね。私の次に綺麗な、騎士の次に綺麗よ」
「……」
「綺麗よ。綺麗なの。でも、綺麗だけれど……」