高く売るには声が出せないほうがいい。そんな理由で二度と使えなくなった喉に触れる。傷跡はあるが痛みはない。触れているのは白く細長い子供の指。無力そのものの指だ。
今となっては、高く売るためだけが理由ではないだろうと理解している。昔の
思い出すのは乾いた大地に転がる皮と骨の子供二人。片方は妹で、片方は俺だ。飢饉が戦争を生み、戦争が畑を焼いた。貧しい村はますます貧しくなった。傭兵崩れに襲われて両親が死に、妹の乾いた手を握って命からがら逃げ出してきた。行くところも食べるものもないまま、妹と手を繋いで死を待った。
あのまま飢えて死ぬはずだったが、俺は悪運が強いようで妹と共に逝けなかった。神の思し召しとやらを騙る者に腕を引っ張り上げられて孤児院に引き取られた。
それもほんの少しの時間だけだった。俺を助けた人は正義に殉じていたようだったが、孤児院の人々は飢餓の中でなんとか食いつなぐのに精一杯だった。そして孤児院の大人全員が善人というわけではない。結局、みんなが生きるためにと狂人の俺は売られた。
当時も俺は男言葉を直そうとはせず、さらに勝手に売られたんで大暴れしまくっていた。扱いに困る商品なのは間違いない。処分される可能性すらあったが、無事喉を裂かれて売られた。いっそ殺せと叫びまくったおかげだろうか。あいつらは雑に喉を裂いて雑に回復魔法でふさぎやがった。傷跡に触れるたび、あの瞬間の笑う下卑た男の声を思い出す。喉を掻き切って殺して欲しかったと願いながら、喉の傷跡によって感染症にかかって生死の境をさまよったのだった。しかしその時になってようやく俺は頭がおかしかったことを自覚した。妹は特に気にしたことはなかったが、今日までの俺の前世云々という言動に対する人々のポカンとした反応を思い返すと死んでしまいたいような気になる。俺はやっと妄想と現実の区別がついたわけだ。
鎖に繋がれてから娼館に売られるまでの記憶はあまりない。金と人が行き交いする汚い市場と、声を出そうとして空気をヒューヒュー喉から出していたことが漠然と記憶に残っている。
気づけば娼館にいて、外面だけは綺麗に整えられていた。栄養不足で細い体は少女にしては子供っぽく、着せられたドレスが少々大きい。砂と埃で汚れた灰髪は洗われたらしく、ふんわりとした銀髪からほのかに香油の華やかな香りがした。喉の痕は白のチョーカーで隠し、レースのリボンであしらって誤魔化されていた。
青い大きな瞳は恐怖で揺れている。妖精のように可愛らしく、庇護欲をそそる少女。姿見に映っても自分という気は一切しない。
だが──これは稼げる。この体は男に売れる。そう確信した。体と心が完全に離れて、心の中の自分だけで体を値踏みしていた。俺は俺だが、俺の体はイコール俺というよりも俺の動かすアバターに過ぎない。そんな狂った考えが出来るのは、昔の妄想の延長線上だからだ。イカれてる。でも都合が良かった。そのおかげで今でも仕事のストレスは少ない。楽しい時すらある。
俺はこの世界の文字が書けないし、読むこともできない。だから客は俺に何を言っても問題にならない。それが俺の人気の秘訣の一つだった。秘密や変な性癖を抱えた男の客を集めるようになる。肝心のセックスよりも一方通行の会話を楽しむことを期待して来る奴も後をたたなかった。デメリットとしては何を言ってもいいからと色物揃いになることだが、俺はほかの娼婦みたいにわざと喘いだり会話テクニックを覚えたりとか一切必要ない。肉体一つで十分だ。声無し万々歳。
娼婦になれば飢えることもない。流れ着いた環境だが不幸とは言えない。俺は間違いなく恵まれている。少なくとも、俺の妹より。
今日もまた、口のきけない女を抱きに酔狂な男どもがやってくる。無愛想な顔にありったけの笑顔を貼り付けて出迎えた。俺にとって、生きるためにできることはこれぐらいだから。
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