TS異世界転生声無し娼婦   作:不癒景義

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フードの男

 街の宿屋通りは人が絶えることのない場所だ。運河から船でやってきた人や巡礼路から来た人で溢れている。ここは交易の街としても名が知られているが、巡礼地と巡礼地を結ぶ街として長い歴史を持つ。自国民のみならず付近の国からの出入りも多く、旅の途中で立ち寄る人が街を潤していた。

 

 そこから外壁側沿いの道を歩けば娼館通りにたどり着く。仕事や旅で疲れた男がふらりと立ち寄るのに丁度いい店々が連なった通りだ。客を捕まえようと店の外に娼婦が出て歩く人を誘うので、宿屋通りから離れても人々の喧騒は絶えないどころか増すばかり。

 

 俺が働く娼館は通りでも通行量の多い場所に立っている。貴族区域へ伸びる道と市場へ伸びる道がぶつかっている十字路の角だ。

 

 通りの中でも立派な外見をした建物で、その前に客を呼ぶ女はいない。なぜなら必要ないからだ。オーナーの親類が高級娼館を持っていて、ここはその姉妹店として立ち上げられた。無能な親族の腰を落ち着かせるためだけに建てられた採算度外視の道楽店に過ぎないと噂されるような店。そして娼館で働く人間はそれを事実として認識していた。だが案外人気がある。向こうの高級店との繋がりによる娼館のノウハウがあり、値段も質もそこそこ保証される。少しだけ背伸びしたい一般市民が行くのに適した店となった。高級店ではないので貴族に付き合えるだけの教養のある娼婦はいない。しかし貴族のボンボンが適当に一夜を過ごすのには安いので、貴族もよく遊びに来る。その混沌じみた客層が通りでも異質だ。

 

 

 日も傾く頃になり、娼館通りが活気付く時間帯に差し掛かる。俺はいつも通り仕事の準備を進めていた。

 

「下着、今日はどうしましょう? 青? 白? 久しぶりに黒? それとも紫? ピンクでもいいですよね」

 

 せわしなく下着を指差して、俺が頷く下着を探っている。話しかけてきた少女は俺の小間使いというか、介護してくれてる子供だ。10歳かどうかという年頃だが、俺よりずっと前からここにいる先輩にあたる。

 

 下着なんてどうでもいいが、一応今日の客に合わせて白を選んで頷いておく。アイツ何回来ても童貞臭い感じだし、下手に派手な下着を選ぶより白でいいだろう。なんて考えながら。

 

「はい、わかりました。 じゃあ後のお化粧も合わせて今日は純真かつ可愛らしい感じにしましょうか」

 

 ごく自然に彼女は俺の服を脱がせる。過保護のあまり、着替えまで面倒をみたいらしい。自分でできるんだがなぁ。ま、楽だしいいか。

 

 姿見に映る自分の裸は売られた時よりまともになった。ここに来てから肉付きも薄っすらとだが良くなり、年齢相応の丸みと膨らみを取り戻してきた。少女のカラダと言っても文句はつかない。俺の大事な大事な商売道具だ。

 

 しかし自分の外見を見ることが好きではない。女であればあるほど男の自覚を侵食されるようで不快だ。俺は俺。だからこそこんな仕事をやっていけているんだ。何もかもを失った俺の最後の守るべきもの。心までこんな外見通りのか弱い女になってたまるか。

 

 俺の心境を小間使いの彼女が知る由もなく、ニコニコと人好きのする笑みで下着を着せてくる。今日は可愛らしい花の刺繍が入った白のブラジャーらしい。

 

 俺は下腹部を見るたび笑いそうになる。そこには妄想の前世に似通ったものが刻まれていた。同人誌にありがちな淫紋というやつだ。子宮を模ったハートの模様が、ピンク色に怪しく光っている。ちなみに光ってないと効果が切れている証なので一大事だ。これはよっぽど金のない商売女でない限り必ず受ける魔法施術で、前世よりよっぽど便利な魔法だ。性病予防と妊娠予防を兼ねている優れもので、誰でもすぐに娼婦としてやっていける。

 

 ちなみに不妊治療やら貞操帯の役目を果たす魔法施術も存在する。俺の知識は入手手段が限られているので情報が偏りまくってる。しかしここに関しては妄想の中の世界である日本の医学より発達している気がする。てか、この世界の超人は手足が捥がれてもくっついたりする逸話もあるしおかしいと思う。真実おかしいのは妄想の前世を是とする俺だけどさ。あー、ちょっとアンニュイになってきた。無駄なことを考えるのはやめとこう。すぐ脱ぐけどワンピースをバサッと被って、俺のやるべきことは終了。小間使いの彼女が化粧も髪もやってくれるので、ただボケーっとしてりゃあいい。

 

「うん、今日も素敵です!」

 

 いつもありがとう。なんて言葉は言えないので、彼女の頭を撫でて感謝を伝えるのが常だ。いつも通り彼女も嬉しそうに笑って受け止めてくれる。

 

「おはよう、準備は済んだかい?」

 

 おばさんが俺を呼びに顔を出したので、頷いてついていく。仕事の始まりだ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 娼館のおばさんが客たちに声を掛ける。俺はただ笑顔を作った。声も出せないのにわざわざ出迎えているのは、もうすぐやってくる客が常連だからだ。

 開店から少し経ってやってきたのは襤褸をまとった壁のような大男だ。フードを深く被り、肌の一切を晒さない。常連でなければ来るところを間違えていませんか、と声をかけられているだろう不審者請け合いの格好だ。

 

 話によると冒険者としてはそこそこ有名な人らしい。同僚が羨ましがっていた。羨ましい、といっても軽い冗談だ。俺は何をされてもそれを訴えることはできない。軽い回復魔法を使って身体に損傷が残らない範囲のなら黙認されている。だからこその人気であり、同じ店の娼婦たちと比べて色物が集まる。そんな奴の客をわざわざ欲しがる奴はいない。このフードの男が色物かどうかは一目瞭然だろうしな。

 

 

 大男は部屋に入ってから、あれだけ頑なに晒さなかった肌を簡単に晒す。常連ということもあって、フードを取ることに抵抗はない。

 これまた同僚の話によると、フードの男の顔を見たものはいないそうだ。嬉しくないが貴重な光景らしい。

 

「仕事が忙しくて間が空いてしまった。 すまない」

 

 恋人にでも言うような口調で言う。俺としてはどうでもいいが寂しそうな顔を作って首を横に振っておいた。

 

 世間の人々が興味を持つフードの下は当然尋常じゃない。顔の上半分は皮膚が剥がれたような大きな傷跡がある。さらに深い傷のある右側の目は魔術で作られた不格好な義眼が付いている。ここまで損傷していると顔の美醜の判断はつかない。

 

 大男が襤褸の外套を放ると、鍛え上げられた身体が現れた。これまた目立つ傷がある。いくつかは戦闘でついたような傷だが、ほとんどは顔と同じく皮膚が剥がれたような傷跡だ。特に背中は酷い有様で、鞭打ちを受けてもならないような凄惨な傷を背負っている。まるで背中の皮膚を素手で乱暴に引っ剥がしたような跡だ。最初に姿を見せたとき、下手にリアクションを取ってもめんどくさいので驚きの表情を引っ込めてやったのが良かったのだろう。まぁ、割と雑に相手しても満足してまた来てくれた。表情を殺すのは得意だ。これまで感情を表に出す意味がある人生は送ってこなかったから。それにきっと声があったら動揺を隠せなかった。人身売買の賜物、声無し万々歳だ。

 

 脱がせるのを手伝ってやると上機嫌になるから、この小さな手で服のボタンを外してやる。手間がかかるしイライラする。しかし顔は笑顔を心がける。おら、嬉しいだろ?という心持ちで顔を上げるとホラー映画も裸足で逃げ出すようなズタズタの皮膚を歪めた笑顔があった。

 

「また西の国にまで行ったんだ。 旅の話が沢山できたよ」

 

 笑顔で頷く。これは割と本心の笑顔だ。娼館にいる以上外にも出れない。それにファンタジーな話を聞くのも純粋に楽しい。それがフランケンシュタインの怪物みたいなホラー感満載の大男からじゃなけりゃあなお良かったんだがな! 

 

 国の地下に張り巡らさせた迷宮の話、貴族の陰謀やら暗殺の阻止、果ては巨大なドラゴンを討伐した話。全部が事実だと信じることはないが、フィクションだとしても面白いものは面白い。

 本当は仕事のことを話すのは厳罰なんだそうだ。だから内緒な?とフードの男は冗談めいてよく言った。

 

 俺はフードの男をベッドの上に誘導して横にし、寝物語を聞く子供のように男の胸に転がり込んだ。子供のよう、とはいっても服を脱げば到底子供らしくはない下着を着ているし、俺と男の間の空気も子供らしさとは程遠い。

 

 軽いキスをして、俺は短い手を男の首に回す。首太すぎ。俺の腕じゃギリギリだ。男も俺の背に手を置いて、あやすようにさすってくる。

 

「西の国──そこでお姫様に会ったよ。なんでも魔人の呪いに苦しんでいるらしくてね。だから俺たち一行は討伐に向かったんだ」

 

 長話だが、俺は少しも聞き逃さないように耳を立てて聞く。フードの男の低い声は眠気を誘うが、これで寝たことはない。今晩は丸々このフードの男と過ごすことが決まっている。一室は娼館とは思えぬほどゆったりとした時間が流れ始めた。

 

 

 雑談を交えた旅の話が終わると、そこからはまあ、娼館らしく。俺は手を引いてキスをし、上目遣いで男を誘った。うえ、長旅のせいで髭がじょりってした。

 

 「いつもすまないな……」

 

 どこか罪悪感を滲ませた声に内心笑いつつ、俺はやさしげに男に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フードの男はベッドサイドに置いてある水瓶から二人分のコップに水を注いだ。本来なら俺がこれをしなくてはいけない。身体を起こそうとするとフードの男は俺を手で制し、コップを渡す。ありがとうの意を込めて首を小さく前に倒す。この世界の人にとっては馴染みのないジェスチャーだ。フードの男も理屈は分かっていないようだが、気持ちは伝わったようで微笑んだ。いや多分そうなはず。

 

 フードの男は水を飲むと、長旅の疲れ共々吐き出すように長く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

「そういや、近々勇者の選定が行われるとか──旅人が増えるから仕事も増えるかもしれない」

 

 

 何か言っているが、よく聞き取れない。男の大きな手がぎゅっと俺の手を握る。

 

「おやすみ、——」

 

 たぶん男は俺の名前を呼んだ。

 

 そういや男の名前を俺は知らない。

 ふと名前を聞こうと思ったが、聞く手段も機会もなかった。それに今更聞いてどうするんだ。俺にとっては意味がないんだ。名前なんて。

 

 寝ている男の横で、口を動かしてみる。

 

 あなたのなまえをおしえて

 

 錆びついた口は、餌を求める雛鳥のようにしか動かなかった。




主人公のラフ


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