この作品は2020年スロカイスロカイ生誕祭用に執筆した作品になります。
※メインストーリー41章までのネタバレが含まれています。ご注意ください。

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Pope Special Day

 優しい陽光が純白の柔らかいベッドに差し込む。少女の意識がその光に導かれ、紅と蒼の双眸がゆっくりと開いた。

 もぞもぞとベッドの中でしばらく横着していたが目覚めてしまった思考に観念し、彼女はその上半身を起こす。

「んっ……!」

 強張った体を伸ばすと少女の口から艶めかしい吐息が漏れた。

 彼女の細い指が滑らかに白い肌を撫でる。いつも以上にツヤのある肌を見て、昨日の風呂が花の蜜を使っていたことを思い出す。

 まだはっきりとしない視界で少女はカレンダーを見た。彼女は念入りに印をつけられた日付を見る。十一月十七日、そこに赤いマーカーで「教皇陛下誕生日」と書かれている。

「そうか、今日は、余の誕生日か」

 毎年、スロカイの誕生日は主にマティルダ達を筆頭にして盛大に祝われる。豪華絢爛な宴が朝から晩まで行われ、その一日はいつも以上に彼女は華やかに彩られるのだ。

 しかし、彼女の気分はどことなく晴れない。

 ベッドから足を下ろすと彼女は自分の小さな部屋を出た。

 スロカイが工作艦ダイダロスにやってきてからしばらく経つ。質素だった船内も、慣れてしまえば以外に暮らしやすい。

 彼女は朝食を取るべく食堂に入る。

「あ、おはよう御座います陛下」

 聞き慣れた声が彼女の耳に届く。銀髪の教廷騎士マティルダが一人で食事を取っていた。

「マティか、今日は良い天気だな」

「えぇ、そうですね」

 スロカイは彼女に違和感を感じた。

 例年の彼女はこんなにも大人しくは無い。むしろ朝日が昇るのと同時に現れ、彼女の傍を片時も離れはしないのだが今回は随分と大人しい。

 なんというか距離を感じる。

「マティ」

「は、はい!」

 名前を呼んだだけなのにマティルダの肩がビクリと跳ねた。

「なな、なんでしょう」

 彼女の赤紫を宿した瞳が左右に泳ぐ。

「いや、マティなんだか様子がおかしいぞ」

「そうでしょうか?」

 声は平静を保っているが彼女の持つスプーンはカタカタと小刻みに震えている。

「熱でもあるのかもしれん」

 スロカイは半身を乗り出すとマティルダの額に自分の額を重ねた。

「ひゃ!?」

 突然の行動に驚き、マティルダは小鳥がさえずるような可愛らしい声を漏らす。

「うむ、熱はないな。まあ、余の騎士であるマティが容易く風邪を引くとも思えんが」

 しばらくして彼女に熱がないことを確認するとスロカイは自分の額を離した。

 マティルダはしばらくその場で静止していたが意識が戻るのと同時に席を立ち上がる。

「私、朝食を食べ終えたので先に部屋に戻っていますね!」

 そう言って一目散に食堂を飛び出していった。スロカイは彼女の後ろ姿を見送るとクスりと笑う。

「相変わらず良い顔を見せてくれるな。マティは」

 

 朝食を食べ終えたスロカイは食堂を出る。自室に向けて歩いていると甲板入り口から二人の美女、ではなく美男と美女が現れた。

「ウェスパと影麟か、今日も鍛錬に勤しんでいるようだな」

 胸元の大きく開いた黒い衣装に身を包んだ教廷騎士ウェスパが首を縦に振る。

「影麟もすまない。ウェスパ程の騎士となると中々相手をできる者がいなくてな」

 パッと見では女性の様にしか見えない少年の影麟は彼女の言っていることを理解していないのか首を傾げた。

 挨拶を交わしその場を離れるスロカイ。すると彼女の鼻孔を甘酸っぱい果実の香りが通り抜けた。

「お前達から何やら果実の香りがするが何か食べたのか?」

 二人はしばらく互いを見つめ合った後、影麟が首を横に振った。

「香水……果物の匂いが……する……」

「そうなのか、良い香りだな」

 二人の間の妙な間に疑問を抱きつつも、もう一度その香りを楽しむと彼女は自室に向かって歩き出す。自室に戻るとスロカイはツギハギのぬいぐるみ『ダークラビット』を抱きかかえベッドに倒れこんだ。

(最近、何故だかやけに皆がよそよそしい)

 確証はない。しかしここ一ヵ月ほど、周りの人間の自分に対する接し方がどことなく距離を置かれているような気がしてならなかった。

 最初はまだここの面々と上手く波長を合わせられていないだけだと彼女は思っていた。しかしよくよく観察してみればスロカイ以外の人々はそれなりにコミュニケーションを取り合っていることに彼女は気が付き、最近ではマティルダやウェスパさえもが妙に距離を置いているように感じるようになっていた。

 少女の小さな背中に不快な悪寒が走る。スロカイは自分の不安を拭い去るようにダークラビットに自分の顔を押し当てた。

 

――コンコンッ

 部屋のドアがノックされる。スロカイは顔を上げるとドアの方を振り向いた。

「誰だ?」

「オレだよ、アイリ」

 機械教廷の長であるスロカイのことをそんなふざけた名前で呼ぶ人間、いや呼べる人間などこの世界には一人しか存在しない。

 スロカイは表情を引き締める。ドアを開けると目の前に背の高い白髪の男性が立っていた。

「どうしたの? お兄ちゃん」

 自分の姿を見下ろすC級傭兵ベカスを彼女は見つめ返す。ベカスはしばらく少女の宝石のように輝いた瞳を見つめるとフッと頬を緩ませた。

「ドライブに行かないか?」

 

 ダイダロスを飛び出してから数十分、スロカイはベカスの駆るウァサゴの後部座席にいた。目の前に座る男は操縦桿を握りながら流れて来るラジオに合わせて呑気に鼻唄を歌っている。

 スロカイはそんな彼の後ろ姿を見て溜め息を吐き出す。自分からドライブに誘っておきながら彼は機体に乗り込んでから今に至るまで気の利いた会話の一つさえしようとしない。

 試しに冷蔵庫を開けてみたが残っていたのは食べかけのチョコレートバーが一本残っているだけだった。彼女は腕に抱えたダークラビットを抱きしめる。

 正直言ってスロカイは退屈していた。気分転換になるかと思いついてきたがこの窮屈なコクピットは狭苦しくむしろ退屈は増すばかり、彼女から見えるのは操縦桿を握るべカスとその目の前のモニターに映る道路の映像だけだった。

「ねぇお兄ちゃん、どこまで走るの~?」

 ベカスは一瞬スロカイの顔を見るとすぐに目の前に向き直った。

「さぁて、どこまでいくかね~」

 そう言って彼はポケットの中から噛みかけの甘苦を咥える。

「……決めてないのね」

 スロカイはもう一度シートに深く腰をかけるとさっきよりも重いため息を吐き出す。

 機体の揺れに身を委ね少女は目の前の男を見つめた。

(あの時も、こんな感じだった……)

 ベカスと最初に出会った時のことをスロカイは思い出す。

 新エジプトの辺鄙な砂漠、母の影を辿りやってきたその場所にいたのはうだつの上がらない万年C級傭兵。しかもその男はあろうことかこの世で最も畏怖すべき存在を『妹』だと呼んでみせた。

「……変わらぬな」

 ぼそりとスロカイは呟く。決して目の前の男に聞こえないよう、小さな声で……

 五分ほど走ったところでウァサゴが動きを止める。操縦桿から手を放したべカスがコクピットハッチを開けた。

「着いたぞ、アイリ」

 眠気を感じはじめていたスロカイはその声で閉じかけていた瞼を開けて周囲を見渡した。

「どこ、ここ」

「さあね、どっかの商店街」

 ベカスはコクピットから降りると人混みに向かって歩いて行く。スロカイも彼の背中を追って歩き出した。

 人通りの多い商店街を進む二人。見失わないよう互いに位置を確認しながら商店街を歩く。

「人が多いな」

 スロカイがゴミを見るように周囲を一瞥する。彼女にとってここにいる全ての人間はひ弱で脆弱な凡人であり、世界の小さな歯車に過ぎない。

「ここはそういう場所だからな」

 ベカスも周りの人々には特に興味もない様子で大きな欠伸を漏らした。

 多く店の立ち並ぶ通りを歩いていたスロカイは、一軒の店の前で足を止めた。そこにあったのは色鮮やかなお菓子が並ぶスイーツショップ。スロカイはガラスの向こうに映る宝石や絵画のようなスイーツの中に自分の好物があるのを見つけた。

 瓶の中に詰められたクリーム色、底に厚く敷き詰められた濃厚な色のカラメルソース、それは振動が加わる度、優雅に揺れる。

 少女の視線は目の前のプリンに釘づけにされていた。釣り上げていた目尻が自然と下がってしまう。

 少女の口の中はその甘味を想像して、彼女は生唾を飲み込む。

「お兄ちゃん! このプリン買って!」

 スロカイはベカスがいた場所を振り返る。しかしそこにベカスの姿はなかった。辺りを見渡す。次々に移り変わる人の波の中にも彼の姿はなかった。

「……探すか」

 少女はベカスを探す為に歩きだした。

 雑踏の中に彼女の優雅な靴音が響く。彼とはぐれてから数分、スロカイは未だにベカスの姿を見つけられないでいた。

「ヤツは一体どこにいるのだ」

 スロカイは今日で何度目かわからない溜め息を吐き出す。歩き疲れた彼女はたまたま見つけたベンチに腰を下ろした。

 ダークラビットを膝に抱きかかえ、少女はベンチの上から眼の前の景色をぼんやりと眺める。

 右へ左へと多くの人間達が往来する。スロカイは常に変わり続ける人の流れをただぼんやりと眺めていた。

 そんな中、彼女の目が一組の人間に向く。それは小さな子供の手を引く母親の姿だった。スロカイの視線は繋がれた親子の手をジッと見つめている。

「……」

 自分はかつて、母にあのような事をしてもらったことがあったのだろうか。その手の温もりを、知っているのだろうか。

 少女は自分の右の手の平を弱々しく見つめる。

(……なんと寂しい、誕生日だろう)

 スロカイはダークラビットに顔を押し付け、そっと唇を噛む。胸の奥がきつく締めあげられ、背筋の辺りが酷く空しい。しかしそれを彼女は決して周囲に見せてはいけない。

 機械教廷の教皇ともあろう存在が大衆のいる場で弱みを見せるのは彼女自身のプライドが許さなかった。

「ねぇ、そこのお嬢さん。今一人?」

 軽薄な声がスロカイを呼ぶ。その声に彼女はわずかに顔を上げる。脳みその詰まっていないその声にふさわしい、ガラの悪そうな恰好をした男たちが彼女の近くに三人いた。

「お、顔可愛い!」

 中心に立つ男が彼女の顔を見て口笛を鳴らす。ニタニタと卑しく笑うその顔にスロカイは強い不快感を覚えた。

 スロカイは顔を上げ、男たちを冷ややかに見つめる。

「余は今とても機嫌が悪い。凡人共、早々に立ち去るがよい」

 空気の凍えるような言葉に一瞬は気圧された男たちだったがすぐに下卑た笑みを浮かべなおす。

「いいねぇ、強気な女ほど口説きがいがあるってもんよ!」

 スロカイは男たちの愚かさに怒りよりも呆れを感じていた。

「いいだろう凡人共。貴様たちに機械神の恐ろしさを教えて……」

 スロカイは自分の体に違和感を感じる。思うように力が湧いてこない。この状態を彼女は過去に経験していた。

(これはチュゼールの時と同じ……!)

 以前チュゼールでブラーフマに暗殺されかけた時、彼女は一時的に機械神の力を使えなくなることがあった。その時は教廷騎士達が彼女の身を守ったが、現在の彼女は孤立無援。

 機械神の力が使えない今、スロカイは一人のか弱い少女と変わらなかった。

 その間にも男たちはスロカイの元ににじり寄ってくる。

「お茶だけでいいからさ、一緒にいこうよ!」

 スロカイは自分から一番近い男に狙いを定めると、右足に力を込めた。

「フン!!」

 不用意に近づいた男の股に、スロカイの鋭い蹴りが炸裂する。

「んぉぅ!?」

 股間を蹴り上げられた男が情けない声を上げてその場にうずくまった。その隙を見計らってスロカイはその場所を抜け出す。

「追えぇ!」

 スロカイの背中に怒号が響く。まだ疲れの癒え切らない脚で彼女は商店街を駆けた。

「本当に最悪な誕生日だ……!」

 後ろを振り返る。男たちは人混みを掻き分け、彼女の後を執拗に追う。

「チッ!」

 舌打ちが漏れる。スロカイは彼らを撒こうと狭い路地を曲がるが、そこで彼女は目の前の景色に足を止めた。

 灰色の分厚い壁が彼女の目の前にそびえ立っていた。

「追いついたぞクソガキ!」

 スロカイは自分が入ってきた道を振り返る。男たちが出口を塞いでいた。

「俺の相棒を痛めつけた罪を償わせてやる!」

 股間を蹴られた男の目尻には小さな涙の粒が光っている。

 逃げ場のないスロカイは追いつめられ一歩、二歩と後退る。左足の踵が壁を静かに小突いた。

「もう逃げられないぜぇ……」

 男たちが逃げ場を失った彼女に向かって近づいてくる。

 スロカイは何もできない悔しさに奥歯をギリリと噛みしめた。

(こんなところで、終わってたまるものか……!)

 少女は早くなった呼吸を落ち着けると自身の小さな両の拳を握りしめ、目の前に突き出した。

「なんだお嬢ちゃん、やろうってのか?」

 男たちはケラケラと彼女を嘲る。

 もちろんスロカイにマティルダやウェスパ、影麟のような生身での戦闘経験があるわけではない。今も孤独感に彼女の足は小さく震えている。しかし、彼女は腐っても機械教廷の教皇。凡人のされるがままになるほど矮小な人間ではなかった。

「痛い目見せてやらぁ!」

 男たちがスロカイに向かって走り出す。

「……っ!」

 三メートルほどの距離に至った瞬間、男たちの背後で何かがはためく。突然現れた人影が男たちの間をすり抜けてその少女を抱きしめた。

「なっ……!?」

 少女の体が優しい温もりに包まれる。彼女の全身に広がった震えが、一瞬にして溶けた。

「アイリ! こんなところにいたのか! 可愛いアイリ、勝手に出歩くなって兄ちゃんが何度も言ったのに、なぜ言うことを聞かないんだ?」

 酷く芝居がかった大きな声、良く酷似した出来事が彼女の脳裏にフラッシュバックする。

「……ふっ、芸の無い男だ」

 呆けていた彼女の口が自然と結ばれた。

 しばらく抱き合っていたベカスの腕がスロカイの体から離れる。

「皆さん、妹を保護してくださってありがとうございます。ご迷惑おかけしてすみませんでした」

 彼は三人に頭を下げながら、少女の手を引いてその場から離れようとする。しかしその目の前に男たちが立っていた。

「おい、俺達をバカにしてるのか?」

 その目はスロカイを離れ、今度はベカスの方を睨む。

「その少女を置いていけ。そうすればお前だけは見逃してやる」

 ベカスはスロカイの肩を掴み、そしてもう一度自分の腕の中に引き寄せた。

「そうはいかないね。この子はオレの可愛い『妹』だからな」

 往生際の悪いベカスに彼らの怒りがピークに達する。

「このキザ野郎! 一生そんな口きけなくさせてやらぁ!」

 男たちが二人に向かって一斉に飛びかかった。

「アイリ、しっかり掴まってろ」

「……は?」

 スロカイがそう呟いた瞬間、ベカスはスロカイの体を抱き上げて一直線に駆け出した。限界まで低くした姿勢から繰り出される最高速が男たちの間にできた隙間を華麗にくぐり抜ける。

 ベカスが路地を出る一瞬、無様な恰好で壁に激突する男達の背中がスロカイの目に映った。

「ちょっと厄介なことになっちまったな」

 そう言って彼は少女にウィンクする。少女はしばらく男の顔を見つめた後、小さな笑みを零した。

 商店街を抜け、ベカスとスロカイはコクピットの中に乗り込む。

「さて、そろそろ帰るか」

 そう言ってベカスはポケットから取り出した甘苦を一噛みした。

 スロカイの顔が僅かに曇る。

「余はまだ、帰りたくない」

 もしもまた朝のように周りから距離を置かれたら……

 そう思うと彼女の胸は張り裂けそうなほどに苦しくなる。彼女達は常にスロカイのために全てを費やして生きてきた。だがもしそれが彼女たちの負担になっていたのだとしたら、彼女達が今の生活以上に満足できる場所を求めているとしたら……

 思考は次々に酷く嫌な妄想で埋め尽くされていく。

 うずくまる少女の頭に、ぽん、とベカスが手の平を置く。スロカイの顔がその腕の先を見つめた。

「何言ってんだ、今日の主役はアンタだろ。教皇陛下」

 ベカスがウァサゴを起動させる。ウァサゴの体が動き出し、来た道を戻り始めた。

 

 数十分後。

 ウァサゴから降りたスロカイは自室に戻ろうと歩きだした。

「どこにいくつもりだ? アイリ」

 ベカスが彼女の背中を引き留める。

「余はもう疲れた。戻って休む」

 そう言って立ち去ろうとした彼女の腕をベカスが引き留めた。

「なら、ちょっと寄り道しないか?」

 スロカイは少しの間男の顔を睨んだ後、あきらめた様にため息を吐いた。

 ベカスに腕を引かれながら歩いて行くと、たどり着いたのは食堂だった。

「生憎だが、余は腹など減っておらぬぞ」

 スロカイの言葉にベカスは面倒臭そうに頭を掻く。

「いいから、開けてみろよ」

「腹が減っているならお主が開けるべきだろう!」

「ここに入れたいのは俺じゃないんだけどなぁ……」

 その言葉にスロカイは『?』を頭の上に浮かべる。そしてしばらく考えた後、彼女は一つの答えに至った。

 スロカイの見開かれた双眸が確認を求めてベカスを見つめる。

 彼は目を伏せ、小さくフッと肩をすくめた。

「さぁ、みんなが待ってる」

 背中を押された少女はそっと、ドアに手を触れる。そして恐る恐るそれを開いた。

――パンパンパン!

 小さな炸裂音とキラキラと舞い上がる紙吹雪。突然の出来事に停止した彼女の思考はこの状況を理解するのに少々時間を要した。

「これ、は……?」

 彼女の目の前にはマティルダを始め、ウェスパやヴィノーラ、ドリスに葵達が彼女を取り囲むように並んでいた。

 部屋の中を見渡す。色とりどりの装飾が部屋の至る所に飾られており、すぐ目の前の視界には横断幕が掲げられ、『祝! スロカイ陛下!』と大きな文字が書かれていた。

「余の、誕生日祝い……?」

「今日はお前の誕生日なんだろ?」

 後ろからベカスがやってくる。

「これは、お前たちがやったのか?」

 未だに状況が飲み込みきれない彼女にベカスはコクリと頷く。

「銀髪の騎士さんが言いはじめたんだ。アンタに特別な誕生日を祝わせてやりたいって」

 そう言ってベカスはマティルダを一瞬見た。

「いやぁ、大変だったよ。お前にバレないよう一月前から準備するのは」

「おかげでこの一月、変に緊張しちまった」と言ってベカスは自分の肩を大げさに揉み解す。

 そこに駆け足でマティルダがやってきた。

「陛下! お誕生日おめでとう御座います! 教廷での優美な宴は用意できませんでしたが、本日は全力を尽くして陛下をお喜ばせさせたいと思います! それと……」

 マティルダの顔が僅かに赤みを帯びる。

「朝はあのような不躾な態度を取ってしまい申し訳ありません。ここ最近は今日のことで頭がいっぱいで……」

 モジモジと目を逸らす彼女を見てスロカイの強張っていた口角が緩む。まだ赤いマティルダの頬に彼女はそっと手を伸ばした。

「もう良い。そなた達が余のために最善を尽くしてくれたことはこれを見ればわかる。感謝するぞ。我が騎士マティルダよ。これからも、余の進む道を、共に切り開いてはくれまいか?」

 その言葉にマティルダの顔に花が咲く。

「……はい陛下! 貴方様となら、この世の果て、いえあの世の果てだろうとお供いたします!」

 スロカイはマティルダの体を抱きしめると今度はその中心に一人で歩みだし凛とした姿勢で立った。周囲が静まり返り、全員の視線が彼女に集中する。

 テーブルに置かれたシャンパン入りのグラスを一つ取ると彼女はその顔を引き締めた。

「余は今、お主達の頑張りに強く感激している! よくぞ余の目を欺きここまでの宴を開いてくれた! 今宵は余を盛大に祝いそして、お主たちも存分に楽しんでほしい。これからも汝らに機械神の導きがあらんことを!」

 スロカイがグラスを天に掲げる。全員が同じようにグラスを掲げ宴が始まった。

 影麟の弾く二弦琴が優美な音楽を奏で、人々の笑い声が周囲を彩る。次々に振る舞われる料理はドリスのお手製で、楽しげな会話に華を咲かせる。

 スロカイはその光景を眺めながらいつも教廷で行われる荘厳な空気とは違う高揚感を感じていた。

 しばらくして周囲のざわめきが落ち着き始めた頃、スロカイは甘酸っぱい果実の香りをその鼻に感じた。

「……この匂いは」

 突如食堂の電気が消える。そしてゆらゆらと揺らめく小さな炎が甘い香りを伴って彼女の前に現れた。

 徐々に彼女の瞳が暗闇に慣れ始める。そこで彼女は初めてそれがロウソクの刺さったフルーツケーキだということに気が付いた。

「新鮮な果実だな、これをどこで……?」

「果物……今日の朝……市場で買ってきた」

 影麟の澄んだ声がスロカイの耳に届く。スロカイはその言葉で朝の二人の行動に納得した。

「ありがとう、ウェスパ、影麟」

 彼女の言葉にウェスパの頬がほんのわずかに上がった。

 スロカイは息を大きく吸い込むと、その小さな口で力強く炎を吹き消した。

 部屋の中が暗闇に覆われる。わずかにロウの匂いが漂った後、食堂内に明かりが灯った。

「さあ! みんなでケーキを食べよう! ちゃんと人数分あるから安心してね!」

 ドリスが切り分けられたケーキを配膳車に乗せてやって来た。

 ケーキを頬張る人々の姿を見ながら、スロカイも自分のケーキをフォークで切り分け頬張る。新鮮なフルーツとクリームの絶妙なハーモニーが彼女の口の中で甘く溶けた。

「……美味しい」

 

 賑やかな喧騒から時間が経ち、皆が寝静まる深夜。スロカイはベッドの上に座り未だ抜けない幸福感に身を委ねていた。

 最初は不安な始まりだった朝も、気が付けば杞憂だった。自分の唇に指を当てる。まだ口の中にあの優しい甘さが残っているようだ。

――コンコンッ

 ドアがノックされる。この時間に彼女の下を訪れる者はそう多くない。

「マティか?」

「オレだよ」

 その聞き覚えのある男の声にスロカイは拍子抜けし、肩をすくめてベッドを降りた。

ドアを開く。目の前に黒コートの男が立っていた。

「なんの用だ? よもや夜這いに来たなどとは言うまいな?」

 目の前の男をからかうようにスロカイは首を傾げて見せる。

「悪いが俺はお前みたいなちんちくりんは趣味じゃないんでね、オレを口説きたいならあと七年は待ちな」

 ベカスはそう言って面倒臭そうに少女の顔を見つめた。

「……少し、謝ろうと思ってな」

 ベカスの言葉にスロカイは本当に首を傾げる。

「謝る……? あぁ、余を一人置き去りにして我が身を危険にさらさせたことか」

 ベカスはバツが悪そうに顔を歪めるが、言い返すことはしなかった。

「あぁ、そうだ。まさかほんのちょっと目を離した隙にあんなことになってるなんて思わなかった」

 ベカスは少女から視線を外す。スロカイはクスりと笑いベカスの顔を見つめた。

「ならば何か献上品を持ってこい。そうすればお主の罪は許してやる」

 それを聞いたベカスはこめかみのあたりを掻くとスロカイにグシャグシャになった紙袋を差し出した。スロカイはその紙袋を訝しげに見つめる。

「なんだこれは? ゴミか?」

「いいから受け取って中身を見てみろ」

 そう言われ、スロカイは紙袋を受け取る。ずっしりとした重みが彼女の腕にかかった。少女はその紙袋を開く。そしてその中身とベカスの顔を交互に見た。

「これは……」

 スロカイが袋から取り出したのは昼間彼女が釘付けにされていた瓶詰めのプリンだった。

「それ、欲しがってただろ」

「しかし、なぜそれを……まさか?」

 スロカイはベカスが消えた理由を察する。

(あぁ、そうか。この男はそのために……)

 手の平のプリンをスロカイは優しく抱きしめる。

「まぁ、今日の余は機嫌が良い。今回はこれで許してやるとしよう」

 スロカイの言葉にベカスは小さく息を吐いた。

「全く、お前は本当に可愛くない妹だ」

 そう言ってベカスは少女の瞳を見つめ、微笑んだ。

「……ハッピーバースデイ『アイリ』」

 スロカイも彼の瞳を真っ直ぐ見つめ返すと満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう、最低な『お兄ちゃん』」

 

                          『Pope Special Day』 FIN


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