魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 山が震え、森が騒めき、鳥達が一斉に翔び立ち、魚が忙しなく海面で暴れ出す。 

 予期せぬ地震に足を取られ、たたらを踏むレオとリア。

 

「……地震、か。……むう、満足に動けんな」

 

 激しい振動に耐え切れず、地面に座り込み冷静に周囲を見渡す。

 自然災害の前には冷静な判断が重要だ。慌て先走った者から災害に巻き込まれ命を落とすケースが多段に有るのだから。

 リアも取り乱さないところ見るに、先人が遺した例に倣ったようだ。

 振動が続く中、激しい轟音が山から轟く。

 レオが視線を向けると、山の一部が崩れ、土砂が海に向かって流れる様を目の当たりにした。

 

「土砂崩れ、ゴブリンは大丈夫かしら?」

 

「ヤツの巣穴はここから山の北側だ……しかしあの規模を見るに西側はダメだろうな」

 

 一瞬で木々を巻き込み、海面に流れる様に肝が冷える。

 現在居る場所は島の南。山の東南側が土砂崩れを起こせば、ログハウスは愚か自分達も逃げる暇も無く呑み込まれていた。

 現に振動に体の自由が取られ、激しく体が揺さぶれた状況では逃げる事も叶わない、待つのは迫る土砂崩れと死への恐怖だけ。

 これだから予測できない自然災害は恐ろしい。

 レオは仮面の下で、頬を伝う冷や汗に息を吐く。

 まだ山が崩れた程度、津波が来ないとも限らない。そこでリアが海に眼を向けると、不自然なまでに海は穏やかだった。

 次第に収まる地震に、二人はやっとの事で立ち上がる。

 

「……突然の地震、手記には断続的にって書いてあったけどさ。これって魔物が目覚める予兆なのかしら?」

 

「海の底から現れたとも記されていたな……しかし海は穏やか……これは一体……?」

 

 島の海底で眠り、活動を開始した影響で起こる地震。

 それは一体どんな魔物なのか。海底から現れたとなれば、真先に海に何かしらの影響が出るはずだ、とレオが思案していると。

 向こうからゴブリンが釣竿を片手に駆け寄って来る姿に、二人から安堵の息が漏れた。

 

「おーい! お前達も無事だったな!」

 

「ゴブリンも無事そうで何よりだわ。……でも、巣穴は大丈夫なの?」

 

 リアの言葉にゴブリンは項垂れ、

 

「恐らくさっきの地震で巣穴は潰れちまったよ、そうなったらまた一から掘りなおさないとなあ」

 

 落胆した表情で答えた。

 

「……そうか。まあ命があるだけ儲け物だろう……ッ!?」

 

 落ち込むゴブリンに励ましの言葉を掛けた時だ。

 こちらを見下す視線に気付いたのは。

 リアも同様に視線に気付いたようで、冷や汗を流しがら周囲を見渡している。

 何処から視線を感じるのか、周囲を見渡すと魔物らしい姿形は無い。

 ふと何気なく地面に目を向けると、足下が影に覆われている事に気付く。 

 

(……影? この辺り一体が影に覆われている? ……まさか!)

 

 空を勢い良く見上げると、そこには長い首を伸ばしこちらを見下す魔物の顔があった。

 首は空に届く程に長く太い、特徴といえば湿った皮膚と苔に覆われていること。

 そして顔は、潰れた鼻に鋭く獲物を眼孔で射抜く瞳。

 

「……巨大とは言ったが……これは、巨大過ぎる」

 

 魔力の無い状態から巨大な魔物に威圧され声が震える。

 

「……肝心の胴体はどこ!?」

 

 リアの言葉に、首がら下に目を向ける。

 すると首から下──まるで島から伸び出る様に伸ばされている事が分かる。

 信じ難い事に魔物は海底から現れたのでは無く。()()()()()()()()だったのだ。

 

「……島が魔物だと? まさか俺達はずっと魔物の背中で生活を──」

 

「知らなかったのか? この島はランドタートルの背中ってことを。……いや、そりゃあ二人みたいに五十年前は驚いたもんだけどよ」

 

「……ねえ戦うより、陸に連れて行って貰った方が良くないかしら?」

 

「……そりゃあ無理だ。ヤツは陸を喰らうそうだ」

 

 人間界の伝承には、沿岸部に島が徐々に近付き、やがて沿岸部が巨大な口に飲み込まれるという記述がある。

 大陸地図に散見される奇妙に抉られた部分は、過去に陸喰いによって喰われた名残なのだと。

「陸喰いの噂や伝承は聞いた事はあったが、それがまさか亀とはな」

 三人が呑気に会話していると、亀は巨大な口を開き── 

 

「─────!!」

 

 声にならない咆哮を上げ、三人に敵意を向ける。

 

 こちらを外敵と認識した亀から濃密な殺意と魔力が溢れ出す。

 亀が動き出すよりも早く、レオは懐にしまっていた魔核を砕く。

 ほんのわずかに回復する魔力に、不謹慎だが仮面の下で笑みが零れた。

 失って初めて気づく魔力と魔法の有り難み、そして僅かに戻る魔力に笑わずにはいられなかった。

 また一つ、二つ、三つと砕き魔力の回復を測るレオに亀が首を伸ばす。

 伸ばされた首は、レオ達を薙ぎ払うため横に動かし始める。

 しかしその動きは酷く鈍重だ。

 

「鈍重な動き! レオは今の内に魔力を回復させちゃって!」

 

 リアが弓矢を構える姿が、まるで美しい乙女が勇敢に巨悪に立ち向かう姿に見えた。

 そして、矢を限界まで引絞ったリアが亀の頭部に向けて射抜く。

 勢い良く放たれた矢は、彼女の身長よりも高く放たれ──放物線を描いて地面に虚しく突き刺さる。

 リアは矢とレオを交互に見ては、悲しげな眼差しを向けた。 

 

「……私の筋力弱すぎ……」

 

 弱体化したままでは幾ら勇者であっても動かない標的に矢を当てるのが精一杯で、この結果は必然だった。

 

「ショックを受けてる暇か。……お前は聖剣の準備でもしていろ」

 

 リアが矢を放ち、悲観している隙に全ての魔核を砕いたレオは、回復した魔力を放出し、掌を亀の頭部に向ける。

 

「分かった! 最期は任せなさい……!」

 

 錆び付いた聖剣ゼファールを抜刀し、いつでも駆け出せる様に地面を踏み抜く。

 亀の伸ばし切った首がゆっくりと動き出す。

 岩を砕き、森を薙ぎ払い、ゆっくりと迫る首にレオは笑う。

 

「遅い、あまりにも遅過ぎる! 早ければ俺達は一瞬で死んでいただろうに! ……貴様の魔力頂くぞ、『ドレイン』ーーッ!」

 

 詠唱文を破棄し、威力を弱める事で消費魔力を抑えたレオは魔法を唱えた。

 掌から浮かぶ魔法陣、そこから放たれる陽炎の腕が接近する亀の首を掴む。

 陽炎の腕が亀の魔核に干渉し、魔力を奪われまいと抗う。

 しかし、僅かな魔力を放出させ魔力を奪い取る事に成功した。レオの元に陽炎の腕が戻り魔核に魔力が供給される。

 レオから更に溢れ出る闇の魔力にゴブリンは腰を抜かし、リアはゾッと背筋が凍る感覚に襲われた。

 紛れもない闇の魔力を放出するレオ、全盛とは程遠いがそれでも彼が放つ威圧感は並みの魔族以上に恐ろしい。

 対するレオは万全とは程遠い様子に落胆し、

 

「ふむ、十分の一も回復はしなかったか。……まあいい、受け取れリア!」

 

 右掌で胸を押さえ、自身の魔核から奪った魔力の塊を取り出す。

 それをリアに向け放ち、彼女の魔核に魔力が宿る。

 瞬間、錆び付いた聖剣ゼファールに光が戻り、錆が取れ白銀に輝く刃がその姿を現す。

 

 本来の姿とは未だ程遠い聖剣ゼファール、真価を発揮する時こそ、聖剣ゼファールは光の刃そのものとなる。

 ゴブリンは驚くべき光景に、二人は何者なのか、と戦慄する。

 

 リアはゴブリンの様子に目もくれず、一気に大地を踏み抜く。

 地を蹴り標的との間合いを一気に詰める歩法魔法技──【縮地】

 彼女は亀の首筋に接近すると同時に、魔力を聖剣に込め上段から、

 

「《我が剣よ、光刃となりて刻め》!!』

 

 リアが先祖から代々受け継いだもっとも基本的な魔法技──【洸滅斬】

 光刃を振り下ろした直後、光の一閃が亀の太い首に走る。

 

「終わりよ……私達が相手じゃあ悪過ぎたわね」

 

 鞘に聖剣ゼファールを納めた瞬間、亀の首筋が斬撃に切り裂かれた。

 深く抉られた首筋が生物として致命傷となり、亀の眼孔から光が消え、ゆっくりと森に頭部が横たわり空に血の雨が降り注ぐ。

 魔力を宿した血は、やがて新たな生命の苗床となり、破壊された森は時の経過と共に回復するだろう。

 特にこの島自体がランドタートルなら、甲羅に位置する陸地は新たな大地の苗床となるだろう。

 

 リアは空になった魔力の影響から、重い体を動かし二人の下へと戻った。 

 

「……ふむ、一撃で倒すとは流石は勇者と言ったところか」

 

「やあ、久々に思う様に体が動くし、魔力も使えたから加減が難しくて……魔力を全部使い切っちゃったわ! でも目覚めたばかりの魔物だったから抵抗も大したことじゃなかった、もしも完全に覚醒してたらこっちが全滅ね」

 

「まあそうだろうなあ。……さて、問題はどうやって魔核を取り出すかだな」

 

 魔核を獲るために挑んだランドタートル。

 向こうから現れ、敵意を向けられたため討伐したなどとは言わない。

 元々魔核を奪うつもりだったのだから、責めて勝者として魔核を有効活用させて貰う。

 レオが内心でそんな言葉を浮かべると。

 

「……お、おおお、驚いた。アンタら二人は元々強かったんだな……!」

 

 ゴブリンが眼を輝かせ興奮していた。

 

「それに勇者と魔王? よく分からないけどよ、おかげで命拾いしたよ!」

 

「えっと、まだ魔核の機能が元通りに回復してないから魔力が無いと弱体化したままなんだけどね」

 

「そうか、そうか! よし、ランドタートルの魔核はこっちに任せてくれ! 穴掘りは得意だからよ……!」

 

 穴掘りではなく肉掘りでは、という言葉をレオはグッと呑み込んだ。

 

「そうか、では魔核は任せた。俺達は早速ヤツの肉を調理するとしよう……!」

 

 亀とは一体どんな味がするのか。

 計画よりも未知の味に、食力が引き立てられ空腹が鳴る。

 

「亀はスッポン料理が人気らしいけど、ちょっと難しいから魔界流でいきましょう……!」

 

「ほう。あのただ雑に焼いただけの調理法を好むとは……!」

 

「……あれ? 魔核より食力? ……いや、まあ、魔力量が多いほど食事量もすごいけどよ」

 

 強者ほど日々の食事量が多い。

 膨大な魔力を回復させるには、栄養を摂取し魔核にリソースを割く必要が有る。

 食事と睡眠で魔力が半日から一日で全快する仕組みに、ゴブリンはふと思う。

 この二人は魔力が空っぽだから常に空腹なのでは、と。

 こうして勝利の美酒に酔い、ランドタートルの肉と野ウサギの肉で小さな宴会を開くのだった。

 海域に接近する船影に気付かずに──


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