月夜が美しく輝く満点の夜空。
カーテンが風に揺らぎ、レオは不意に訪れる気配に目覚めると、月明かりを背後に窓辺に佇む美しい青髪の持ち主──アルティミアが映り込んだ。
彼女の苦痛に満ちた表情が鮮明に映り込む。その視線に先に在るのは失った左腕。
「……悲しませる覚悟はしていたが……あぁ、やはりお前の悲しむ姿は胸が痛むな」
はじめて目にする彼女が涙を流す姿に、胸が苦痛を訴える。
アルティミアは堪え切れず、窓辺を蹴りこちらに飛び込んだ。それを拒むことはせず受け入れ、右手で彼女の頬の涙を拭う。
「……れ、お……さまぁっっ!!」
レオは彼女が泣き止むまで胸を貸し与えた。
しばらく泣き続ける彼女に何をしてやれば良いのか。レオにはそれが分からず彼女の髪を撫でるばかり。
しばらく泣いていた彼女は漸く泣き止み、今ではレオの膝上に座りながら甘える様に身を預けている。
そんな彼女にぽつりと呟く。
「悪いな、心配をかけたようだ。だが、俺には代わりの腕が在る」
闇で左腕を形成し、何事もないように手を振って見せると、アルティミアは左手を愛おしそうに指で触れ、指先を滑らせた。
やがて、彼女のひんやりとした温もりが左手を包んだ。
「……どんな腕になろうともレオ様はレオ様なのね」
「……俺の負傷に失望でもしたか?」
何となしにそんな事を聞いてみると、彼女はまさかと言いたげに首を振った。
「それこそまさか。私は心から、あの日あの時アルティミアとして手を差し伸ばしてくれたあなた様を、私は愛しているのですから」
鈴のような声で淀みの無い真っ直ぐな答えを返された。そんな彼女の言葉がむず痒く、頬に熱を灯るを感じる。
「そ、そうか。そう改めて言われると……なんだ、照れるものがあるな」
「それこそ今更よ。それに闇で形成した左腕もすごくカッコいいですし、寧ろ以前よりも男前になったかと……っ!」
どうやらいつも通りの調子に戻ったようだ。そんな安心感と、一つだけ聴いて置かなければならない疑問がある。
「俺が負傷したのも咄嗟の判断……いや、心に従った結果なのだが、それでもお前は彼女を恨むか?」
「戦いに絶対は無い。レオ様が常々言ってるじゃありませんか。ですから私はリアを恨みませんわ、寧ろ身を挺してまで好敵手である彼女を守ったことに嬉しくもあるのです」
「ん? それは、何故だ?」
純粋な疑問だった。本来敵である相手を魔王が守ったのだ。普通は怒っても良いはず。
そんな考えが顔に出ていたのか、アルティミアはイタズラっぽい笑みを浮かべ、人差し指をこちらの口に押し当てた。
「ふふっ。レオ様は敵とはいえ好敵手や気になる相手を無碍にはしないでしょう? それに今はリアと共闘関係ですわ、レオ様は絶対に自ら約束を反故にしないと信じておりましたから」
改めて面と言われると弱い。自身の最大の弱点とも言える心の甘さだ。
昔から気に入った相手を害することができない。例えそれが自身にとって脅威と成り得たとしてもだ。
特にリアに対しては渦巻く感情が恐らく最大の原因。
「レオ様は……漸く知ったようですわね。誰かを好きになる感情を」
まるで思考を見透かすように、慈愛に満ちた眼差しを向けながら彼女はそんな事を言った。
「……まあ、漸くと言ったところだ。……何とも切ないようで情熱的な感情だな」
「ふふっ。レオ様も漸く理解してくれて、私は嬉しく思いますわ」
自分の事の様に喜びを顕にするアルティミアの表情をじっと見つめ、レオは小さく笑みを浮かべる。
彼女の好意ははっきりと伝わっている。ただ、自分は魔王では有るが、元々は無名の魔人族に過ぎない。
そんな自分が魔界貴族であり【雪羅の姫】と結婚。と何度か考えてみた事は有った。
しかし、他者を愛せない自分と愛情を知らない自分が居る。それでは愛を向ける彼女に申し訳ない、心苦しいという感情が渦巻いていた。
だが、自分は漸く恋心を理解した。ならばもう迷う必要はない。改めて恋心から愛情を学んでいけば良い。
「アルティミアよ。人間界には戦前に誰かに想いを告げると死に直結するらしいが、俺達はそんな事には負けんだろう?」
アルティミアは突然の言葉に僅かに戸惑い、やがて何を告げたいのか理解したのか、頬を赤らめ潤んだ瞳を向けていた。
「俺はお前を愛そう。魔王としてでは無く、レオ個人として」
「っ!? よ、喜んで! このアルティミアは一生レオ様の伴侶としてお側に!」
はじめて誰かを愛する誓いを立てた。熱意に胸が躍り、絶え間ない感情の波が心を駆け巡る。そんな感覚を抱きながらレオは息を吐く。
するとアルティミアが鈴を転がしたような声で、
「私に向けた言葉……どうかリアにも向けてあげてくね」
そんな事を真っ直ぐな瞳で言ってのけた。
「私はレオ様が嫁を何人娶ろうとも構いませんわ。その代わり私達に惜しみない愛情を」
「……リアとは決着を付けるが、──」
レオは魔界語で計画している事を話すと、彼女はくすりと笑みを浮かべる。
「えぇ、乙女心を一度は傷付けるのですから、レオ様は一度刺されるべきですわ」
彼女の言葉にレオは小さく笑った。