夏の熱気が照らす王都フェニスで、リアは戦の準備に追われながらもソフィア姫と密会していた。
自身に用意された寝室、ぬいぐるみが大量に置かれた部屋で、リアはイスに座り紅茶を差し出す。
「それで、わざわざお部屋にお呼びしてまで話したい事とは何でしょう? 恋ですか? 喜んで相談に乗りますわよ」
「あはは。いや、そうじゃなくて私達の身体のこと」
如何しても聞かずにはいられなかった。ソフィア姫はギリガン王の計画を知っていたうえで、見過ごしていたのかどうかを。
彼女は大切な友人だ。友情に身分など関係ない、だからこそ彼女を友人のまま信じたい。
僅かに乱れる呼吸を整え、リアは問うた。
「ギリガン王が不老計画を主導していたって知っている?」
その言葉にソフィア姫は眉を寄せ、何を言ってるんだと言わんばかりに疑問を向けている。
「ハーヴェストの魔核研究所。そこで私達……勇者一行は定期検査を受けていたわよね」
「え、えぇ。何でも高い魔力をいかにして魔核が精製するのか。その様に聴いておりましたが……」
ソフィア姫の疑問を孕んだ真っ直ぐな瞳がこちらに向けられている。それだけで彼女が嘘を付いていない事がリアには分かる。
付き合いの長い友人が嘘を吐いているかどうかぐらいは、すぐに分かるものだ。例え魔法を掛けられようとも。
「……その様子じゃあ知らないみたいね。うん、安心したわ、でも疑ってごめんなさい」
「い、いえ……ですが先程の口振りですと……お父様は──非道を働いていたという事ですわね」
「そうね。でも、今は戦時中で決戦前よ。ギリガン王の隠居は少なくない混乱を齎すわ」
何をするにも戦後だ。魔核研究所のセレス達を問い詰めるのも、全てルシファーを生きて止めない事には話にならない。
万が一勇者一行の不老化が民主や騎士に知れ渡れば、その影響は計り知れない。そもそも不老長寿の魔族を嫌い、戦争を仕掛けたのはこちら側なのだ。
それが不老化の研究を続けていたと知られれば、もう戦争の意味は無くなり、国の信頼も消えてしまうだろう。
「……そうですわね。同盟国は魔族の不老長寿を恐れ、戦争に賛同した国家ばかりですわ。それでは、メンデル国の一方的な裏切り……それに建国の祖が掲げた理念を今代の王が自ら否定したという事になります──」
「国のことは私とお兄様に任せてください。リアはリアの思う道を、心のままに進んでください」
ソフィア姫は微笑みながら、そう告げた。その言葉に思わず瞳が潤む。
まだ幸いな事に不老したという自覚症状は無い。自覚が出るのは五年か十年後か。
「……ソフィア姫にそう言って貰えると楽になるわね」
「ふふっ、明るく振る舞い周囲を元気付けるリアですが、その実内に抱え込みがちですからね。でも、フィオナにはもうお話したのでしょう?」
リアは昨夜の事を思い返しながら、
「……フィオナは……えっと、『それじゃあボクは一生ロリのまま!?』って、別の方面でショックを受けていたわ」
混血児も魔族同様成長が遅いが、フィオナは幼い容姿のまま成長が止まった。
爆笑し腹を抱えるククルを背景に、フィオナは割り切ったのか。
「でもね、あの子はこうも言っていたわ、『でもボクはリア達に置いていかれずに済んだ』って。そのあとはククルと口喧嘩を始めちゃったから話はそこで終わったけど、でもフィオナの悩みが解消されたから、何というかそれもアリなのかなって」
「仲間のために不老化を受け入れるんですね」
リアは頷くと同時に口を開く。
「それも有るけどね、本当に単純かもしれないけど……不老に成ろうとも私は私、人間のリアとして見てくれる人が居るから。だからかな? 現状を受け入れられたのは、まぁ、自覚症状が無いってのも有るけどね」
「リアはリアですか。そうですね、その言葉を贈った殿方はきっと素敵な男性なのでしょうね……!」
何を察したのか、そんな事を言うソフィア姫にリアは笑みを浮かべて誤魔化す。
紅茶に一口付けては落ち着ける緩やかな時間に息を吐く。
もう少しだけ休憩を取った後、騎士団、魔族、天使との連携訓練が有る。各部隊長が一同に顔を合わせる機会だ、是非とも参加しなければならない。
「午後から歴史に刻まれる光景が見れますわね」
「魔族、天使そして人間が共に肩を並べるんだもん、歴史に遺されない訳が無いわ。訓練場所は外壁のすぐ側で、魔物を相手に実戦向き訓練になる予定ね」
「実戦の中で急拵えの連携を物にするというわけですわね。生命の危険を伴う訓練では有りますが、命が掛かっている以上、非常に効率的かもしれませんね」
魔族と天使が居る以上は戦死者は出ないだろう。そもそも魔物が近寄って来るかさえ怪しいところは有るが、
「魔物は来るかしらね」
「尻尾を撒いて逃げるかもしれませんわね」
魔物が来なければ来ないで、三種部隊に分け実戦訓練に移行すれば何も問題は無い。
リアは午後の予定を確認しながら、ゆったりとしたひと時を過ごすのだった──