昼下がり、夏の熱気が照らす中。
人類史上はじめての三種同盟の結成及び三種部隊の設立、そして合同訓練が行われることに。
王都フェニスの外壁からソフィア姫は、真下の訓練を見学していた。
騎士団の士気向上を兼ね、要らぬ問題を起こさないための監視も兼ねて。
「相手は都市崩しの異名を持つ魔物──ハウンドですか」
漆黒の毛並み。禍々しい牙と爪を持った狼の魔物。数多く存在する狼の魔物の中でもハウンドは特に危険度が高い。
一頭一頭が高い魔力を有し、それが群れで動く魔物だ。加えて騎士団並みに統率の取れた動きを見せる。
騎士団なら損害は出るが王都を護り切れるだろう。だが、今回は相手が悪過ぎた。
ハウンドの群れの前に陣を取る三種同盟の部隊が魔力を滾らせ、獲物を睨んでいるのだから。
「ご愁傷様ですわね」
「……何度あの魔物に苦渋を味わったことでしょうか」
控える護衛の女騎士は遠い目をしながらそんなことを呟いた。
そこにはハウンドに対する同情が見え隠れしている。
無理も無いことだ。ただでさえ魔族という強力な種族が居て、そこに天使が加わっているのだから。それでも人間も負けてはいない、とソフィア姫は自負する。
それに、とソフィア姫は息を吐く。事前に難民は全員を都市内部に避難させた。あとは思う存分に彼らが武を振るうのみ。
「あっ、ハウンドがまた動き出しましたわね」
ハウンドの群れは視認できるだけでも千を超えている。高い魔力を有し繁殖力も高い魔物だ、それが都市崩しの由縁の一つでもある。
ただ、ハウンドが轟音と共に宙を舞う光景が映り込まなければ、彼らに同情などしなかっただろう。
「空、舞いましたわね」
「ええ、ついでに頭部も飛びましたね」
三種部隊による魔法での面制圧、そしてリアとアルティミアが先陣を切ってハウンドの群れに突撃する姿が在る。
三種部隊に常に展開される防護魔法がハウンドの魔法を弾き、振われる武術にまた一頭と確実に群れの数を減らしていく。
「……? 魔王が大人しいですね。相変わらず隊列に紛れ込んでいるようですが……」
「今回は訓練。レオ様も指揮に専念しているのでしょう」
逐一人間と天使と連携の指示を出すレオの声が聴こえる。今回の訓練の主で在る連携を念頭に置いた部隊の動き。特に彼は新兵、取り分け若い魔族の指導に当たっている様子。
レオとアンドレイ、そしてミカエルから届く指示を各部隊長がそれに従い兵と共に戦闘に入る。
その様子を見ていたソフィア姫は微笑んだ。
「彼らの顔に蟠りが有りませんわね」
「共通の敵を前にしたからでしょうか? いえ、私も戸惑いは有るんですよ、ルシファーが現れてからというもの、状況があまりにも一変したことに」
良くも悪くもルシファーは、人間に魔族と天使との共闘の機会を与えた。もちろんこれは結果論だ。
もしもレオとリアの不在が続いてたのならば、四魔将軍とフィオナ達の協力、騎士団の帰還が間に合わずメンデル国は蹂躙されていたことだろう。
加えて国内で騒がす混沌結晶が引き起こす事件。未だ混沌結晶による事件は発生するが、事件発生から間も無く何者かに混沌結晶を破壊され、天使の首だけが遺されているという。
「戸惑う気持ちは理解できますわ。でも、もう五十年も争ったのよ? 充分だとは思いませんか?」
「……えぇ、私もそう思いますよ。もう戦争を終わらせるべきだと」
どの道戦争はいずれ終結するだろう。人類は女神ウテナの協力を得てルシファーを打倒する。
まさか、神の協力を得たにも関わらずなお戦争を続けるという愚か者はいないだろう。
「……あぁ、お父様は愚か者でしたわね」
ソフィア姫は陣の後方から戦局を見据えるギリガン王に視線を移しては、ため息を吐いた。
彼の瞳には何が映っているのか。共闘する騎士団の姿に、何も思わないのか、民が魔族と天使に心を許し始めている事に気付かないのか。それとも目を逸らしているのかはソフィア姫には推し量れない。
ハウンドを相手にした三種部隊による共同訓練は無事に終わり、ソフィア姫は明日に向けて最後の詰めに入るのだった──