晴れ渡った朝日が照らす中。
フェニス城の広場に三種部隊は集った。
ギリガン王と女神ウテナが各部隊に視線を向け、
「我々は本日を以て、アルデバランへ進軍を開始する!」
「此度の戦に人種の優劣など関係は無い。各々、それぞれの務めを果たして来るが良い」
出陣の言葉を述べた。いよいよ始まる出陣にレオを筆頭に魔族が先陣を切って出陣を開始する。
天使と騎士の混成部隊が彼らに続き出陣して行く。
フェニス平原を超え、魔族領に近付くに連れ此度の戦乱の爪痕がはっきりと顕となる。
天使兵や魔物によって崩壊した村や街、荒れ果てた高原が映り込む。
戦争の爪痕を再認識した三種部隊は、ルルリア盆地に在る魔族領の入り口となるアリエス砦へと進軍を開始。
それは出陣から一週間の出来事だった。
夜間の暗闇に紛れる様にアリエス砦の門に近寄り、硬く閉ざされた門に近寄る。すると門が一人でに開き、リア達は眉を寄せた。
「罠? それとも……」
アリエス砦の開門は、門番の魔力か門を破壊する他に開く方法が無い。
リア達は前回の戦で門を破壊し内部に攻め入った。だが、今回は門が勝手に開いた、罠を疑うのは無理もないこと。
「恐らくは内部の魔族による反乱かもしれんな」
耳を済ませると騒ぎ声が微かに聴こえる。
攻め込み、アリエス砦を陥落させる好機だ。そう判断したレオはミカエルとアンドレイイに眼を配らされた。
「では、我々は手筈通り左右に分かれ各所の制圧を」
「右は任せない」
アンドレイイにリアとフィオナ、ククルとアルティミアが続き、ミカエルにナナとザガーンが続いて部隊を率いていく。
レオは配下の人狼族に眼を向け、
「さあ、人狼族よ! 疾風の如く敵陣を粉砕せよ!」
彼らは尻尾と耳を揺らしながら先陣を切る。
部隊戦に於いて統率が取れかつ迅速な動きで敵を翻弄するのが人狼族だ。
レオの護衛として残された人狼族の少年──アヌウが尻尾を振り、レオに視線を向ける。
自分も突撃したい、そんな意思を込める彼にレオは頭を撫でやった。
「落ち着けアヌウよ。お前は漸く戦場に出れる歳になったばかりだ。ここは先人の武を見て学べ」
「そ、そんなぁ〜」
「しかし、俺の背後を守るのは重要な使命なのだぞ? それこそ四魔将軍が羨むほどの」
彼らは将軍の立場に有る。そんな有用な兵力をたかが自身の護衛に当たらせるのは勿体ない。
それにレオにとっては護衛は不要だが、新兵を育てるには良い機会だ。
敵は大将首を狙うために向かって来る。ここに格好の餌に吊られた敵は若い狼の餌食となる。
そんな事を考えていると、
「ま、魔王が砦門の前に布陣しているぞ! 戦力は魔族の少年少女ばかりだ!」
「うぉぉぉ!! 討ち取るなら今だ! 片腕の魔王なんざこわかねぇぇ!!」
蛮勇とともとれる雄叫びをあげながら、向かう天使兵にレオは、
「さあ,若き狼達よ敵が来たぞ」
その言葉を合図にアヌウを筆頭に、人狼族の少年少女達が武器を携え駆け出す。
地を疾走する素早い身のこなしで天使兵を翻弄し、複数人が同時に四方向からナイフを投擲する。
それに対して天使兵は避けるまでも無い、そう判断し防護魔法を展開するとナイフが、防護魔法を貫き天使兵の腹部、脚部、腕に深々と突き刺さった。
「なっ!? お前達には突破できない魔力だぞ……! そ、それが、なぜ……!?」
種を明かせば簡単だ。人狼族の扱うナイフには収束した魔力を散らす魔法陣が刻まれている。
彼らだけが扱える魔法は、暗殺や強襲に最大の効果を発揮するため、レオは兵士としても癒しとしても重宝していた。
特に狼は群れで動き獲物を狩る。それは人狼族も同様だ、特に月夜の晩は彼らの狩猟本能を強く刺激する。
数分と掛からない内に攻め込んだ天使兵のみに屍を築き上げた、アヌウ達が勝利の遠吠えを奏でる。
それを合図にアリエス砦の各所から爆発音が響く。
「ふむ、訓練は生きているな。初陣で敵兵を討ち破ったのは、紛れもない功績だ」
アヌウ達に褒美を与えたいが、生憎と私財も財産も全て魔王城にあるためそれは叶わない。
「ほ、褒美に! ボーンドラゴンの竜骨を希望します!」
「うむ、褒美は後日になるがそれまで我慢してくれるか?」
待てないのであれば、アルデバランの森に生息するボーンドラゴンを一匹討伐する。そう考えていたレオにアヌウは、
「だ、大丈夫です! みんなも平気だよな?」
「うん、待つ事も大切って先生も言ってた」
口々に平気だと答える人狼族。そしてレオは人狼族に笑みを浮かべ、アリエス砦内部に歩き出す。
所々で火の手が上がる中、アンドレイイの勇ましい声が響く。
「どうした天使兵よ! 貴様らの気概はその程度か!? 魔王軍はもっと堅牢で歯応えが有ったぞ!」
「くっ! 人間の分際で……!」
鉄が弾かれた音と共に肉を斬り裂く音が響く。
レオは眉を歪め、アヌウが心配そうな表情で覗き込む。
「魔王様? 左腕が痛むのですか?」
「いや、違う。歯応えが無さすぎる。……敵は最初からアリエス砦など護るつもりは無かったのか?」
司令官らしき姿が見えない。辺りを見渡し右手で魔剣を抜くと、物影から魔人族が姿をレオの前に姿を現した。
「フェムスか」
「レオ様……この砦の兵力はロラン様掃討のために既に出陣した後でございます」
「なるほど……ロランはアリエス砦の防衛に穴を空けるため陽動に走った……そう認識して良いのか?」
フェムスはレオの言葉にゆっくりと否定した。
「サタナキアにロラン様の計画がバレたようで、そのための討伐部隊が既に……」
ロランは敵側に寝返ったと見せ掛けて実際は裏切りを働いていない。
ただ、ククルだけはロランが裏切ったと疑っている様だが、そこは付き合いの短さによる不幸な誤解だろう。
従ってレオはロランの動きを思案した。
「いや、ロランのことだ……計画の露呈も策の内。アイツの側にマキアは居るのだろ」
「えぇ、アリエス砦から北の集落に陣を構え,サタナキアの主力部隊と交戦中」
ロランは農業集落スピカに陣を取り,サタナキアと交戦。しかし部隊は挟撃にされているとフェムスは伝えた。
アリエス砦からスピカまでの距離は八時間程度だ。
「承知した。こちらもすぐに動ける様に話し合ってみよう」
今は同盟として動いている以上は、レオが勝手に部隊を動かす訳にはいかない。フェムスは頷き急足でその場を立ち去って行く。
彼の背中を見送ると、背後から声を掛けられる。
「レオ? 敵陣のど真ん中で堂々としてどうしたの?」
「なに,サタナキアに動きが有ったと報告を受けてな」
「……そう。こっちも制圧は終わったわ、でも妙にあっさりし過ぎよね」
リアはアリエス砦の防衛力の脆さに訝しげに眉を歪めた。
「ああ、お前の疑念通りだ。ここの兵力は既に出陣した後だ。連中はスピカへと向かった」
「スピカに? あそこって穀物地帯と集落だけよね?」
「そこにロランとマキアが居る。いま,部隊は挟撃されていると」
「……やっぱりロランは最初から裏切って無かったのね」
天界の門の鍵,自分達の前によく現れたジドラは魔人族だ。彼はロランから密命を受けずっとこちらの支援を行なっていた。
天界の内戦終息も実の所ロランの働きが大きく,騎士団の主力が無傷でフェニスへ帰還を果たせたのも、全てはロランの策略による影響だ。
「アンドレイとミカエルならば、ロランの働きを説明すれば喜んで手を貸してくれるだろうよ」
レオは確信を持って二人が待つ場所へと歩む──四魔将軍と勇者一行が揃う時はもう間もなくだ。