魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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十章 戦場に散る者
10-1


 見渡す限り穀物地帯に布陣する天使兵にマキアはため息を吐いた。

 

「うんざりするような光景だなぁ」

 

 スピカの櫓から北に陣を敷きこちらを睨むサタナキアの姿がよく見える。

 

「しばしの辛抱だ」

 

 同じ様にサタナキアを睨むロランが、今は耐える時だと謳った。

 すると静かに物陰から忍び寄る気配に振り返ると、

 

「なんだいフェムスかい」

 

 音も無く現れたフェムスにマキアは、そっと短剣の柄から手を離す。

 

「申し上げますロラン様……アリエス砦は三種同盟により陥落! 現在レオ様は部隊を動かすべく各々に駆け回っている様子」

 

 フェムスは懐からネコのぬいぐるみを一つ取り出し、ロランに手渡した。異様な光景だ、ぬいぐるみを持ち上げるロランもそうだが、懐に隠し持っていたフェムスにも疑問が浮かぶ。

 

「なぁ、あんたにぬいぐるみを愛でる趣味でも有ったの?」

「生憎とそんな趣味は無い。……まぁ、そろそろ教えてもいい頃合いかもな」

「……レオ様の許可無く宜しいのですか?」

 

 魔王レオとぬいぐるみに一体何の関係が有るのか。気になり視線を向けるとロランは笑みを浮かべる。

 

「現場の判断だ。それにアリエス砦にぬいぐるみは置いて来たんだろう?」

「えぇ、しっかりと目立つように」

 

 ぬいぐるみを利用して何か情報のやり取りでもしようと言うのか。その度にフェムスが敵陣営を突破し、連絡を受けるというのか。

 それではあまりにも危険が伴う。

 

「ぬいぐるみ族のベルガーよ、アリエス砦の状況は如何なっている?」

 

 そんな疑問を抱えているとロランがぬいぐるみに語り掛けた。恋心を抱いた相手の意外な趣味、それでも恋心は色褪せないのだが、

 

「……いま、ぬいぐるみ族って言ったかい?」

 

 彼は確かにぬいぐるみ族のベルガーっと言った。それではまるでそのネコのぬいぐるみが生きている生物だと言っている様に聴こえる。

 

「ぷはぁ〜! 息を殺すのも楽なもんじゃないなぁ!」

 

 愛らしいネコのぬいぐるみとは裏腹に、非常に野太い声がぬいぐるみから聴こえる。

 マキアはこれは夢かと疑い、自らの頬をつねった。頬に走る痛みにこれは現実だと証明され、

 

「……う、そ……あたしはいままで魔族を抱き締めて寝ていたのかい……っ!?」

 

 仲間内で唯一気が合う趣味がぬいぐるみの蒐集だった。それが自分達は知らずの内に、魔族を懐に招き入れていたことになる。

 

「……戦う能力も無く、あの極寒の大地に埋もれ死んでいくだけのぬいぐるみ族。……レオ様は同族間の念話魔法に注目し、諜報員として活用する事を思い付いたのだよ」

 

 騎士団の間で魔族の諜報員は必ず何処に居るはずだ。そんな噂は確かに有ったが、まさか子供だけでなく女性に根強い人気を誇るぬいぐるみが、魔族の諜報員だとは誰も気が付かないだろう。

 そもそもマキアは一度もぬいぐるみが動いたところを見たことが無かった。

 

「り、理由は理解したよ。……はぁ〜、リアとフィオナになんて話せば良いんだい!」

 

 ベルガーは地面に降り立ち、愛くるしい身体を見せ付けるようにその場で一回転。そして瞳を潤ませながら見上げてくる。

 

「くぅっ! 反則だ!」

 

 愛らしい仕草に悶える中、ロランが口を開く。

 

「……ベルガーよレレスから連絡は?」

「現在、魔王様はアンドレイ王子と大天使ミカエルと共にスピカへ進軍準備を急ぎ進めておりやす!」

「……流石はレオ様だ、動きが速い。それでは、次に潜伏中の同志達に一報入れておけ、『我らスピカに集結せよ』と」

 

 スピカの北、サタナキアが陣取る背後には都市アプスが在る。そこには沢山の魔族が今も息を潜めていると、マキアは事前にロランから知らされていた。

 

「今は挟撃されてるけど、防護魔法はいつまで保つんだい?」

「スピカを守る防護魔法ならばあと三日は保つぞ。サタナキア以外の天使兵は雑兵……だが──」

 

 何か気掛かりが有るのか、ロランは空を見上げた。

 

「アガリアレプトは一向に動きをみせん。互いに不仲だったが、よもやルシファーに迫る軍勢を無視はできまい」

 

 未だ見たとこも無いアガリアレプト。魔王城に潜入し、天界の鍵を奪った時もアガリアレプトの姿を見ることは叶わずじまい。

 

「警戒しとくには越したことは無いってことだろ。……それにしてもルシファーは随分と余裕そうだね」

「事実奴は余裕だろう。魔力が全結したであろうレオ様と勇者リアの二人に、全兵力を導入したところで苦戦は必須」

 

 それも同然だと思う。ルシファーは自身の魔力ニ加え、魔王とリアの魔力を自身の物にした。正直に言えば大天使と魔王と勇者を同時に相手にするようなものだ。

 混沌を得たルシファーに対するこの戦争の勝算は限りなくゼロだった。しかし、ゼロから一に変えたのは紛れもないロランだ。

 

「魔王とリアはちゃんと魔力を取り戻したんだろうね?」

「問題無い。ジドラから詳細の報告は入っているからな」

 

 コイツこそ用意周到だ、とマキアは息を吐く。

 マキアは南、アリエス砦の方角に顔を向けては、小さく笑みを零した。

 もうすぐリア達と再会できると──


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