アリエス砦が陥落した早朝の朝。
此処を魔王城攻略の足掛かりとするため、アリエス砦の機能をそのまま使用する事を選んだ。
スピカへは最短最速で三日。既にアリエス砦が堕ちたことは敵に知られているだろう。
「奇襲は不可能ですわね。ですが、相手はスピカに釘付けのようですわ」
「うむ、四魔将軍のロランがあの場所に居る。どうあっても討ち取りたいのでしょうな」
それは無理も無い話だとリアは思う。レオから聴いたロランの行動の全て。それは紛れもなくこちら側に利点の有る動きばかり。
いや、間接的にずっと彼に助けられていたことになる。
ただ、裏切り者として認識されていたロランの救援に難色を示す騎士が多かったのも事実だ。
しかしルシファーの計画を大幅に阻止したのもロランの働きがあってこそだと、レオは全員に訴え彼らの心を動かした。
騎士は恩人に対して白状では無い。寧ろ受けた恩を返すことを忘れない。それが彼らの騎士道精神の一つだからだ。
「ロランの所にマキアも居るわ。絶対に助けないと……って、これもロランの策なのよね」
自らを囮に敵部隊を誘い込む大胆な策略。そしてスピカを陣取り籠城戦に持ち込む用意周到さ。
アリエス砦から見えるスピカ方面の光と爆発。間違いなく彼らは耐える戦いをしている。
「……ちぇ、ロランの奴。そういう事なら最初に言っておけよな」
ククルが不服そうにボヤく姿にレオが苦笑を浮かべた。
「お前がロランの策や言動に気付かないのは無理もないことだ。付き合いが短いからな、それにお前は嘘が苦手だろ」
「ゔっ……そ、そんな事は……」
ありません。と言いたいのか、彼は眼を大きく逸らした。なるほど、確かにククルは嘘が苦手なのかもしれない。
ハーヴェストの時はそんな素振りを見せなかったが、それは嘘その物を付いていなかったためか。
リアが一人で納得していると、
「そうだよ、ロランは戦闘中にボクのスカートの中身が見えちゃった時に、『見た?』 って聴くと正直に言っちゃうもん」
突如フィオナの暴露にロランは慌てた。
「おおい! それは言わないって約束だろ!? ジドラが凄い形相で睨んでくるんだぞ!」
「大丈夫、此処にはお父さんはいないから」
和気藹々とした微笑ましいやり取りだ。そんな二人にレオ、ミカエル、アンドレイ王子は笑みを浮かべている。
それに釣られるようにリアも笑みを浮かべていると、
「さて、そろそろ出陣の時刻だ。だが──」
「サタナキアの策略には注意を払えでしょ? 大丈夫、アイツは狡猾ってのを前回の戦いで理解してるから。今回は穀倉地帯、地面と地中に注意を払わなきゃね」
罠を仕掛けるならそこだろう。そう考えて話すと、レオ達は満足そうに笑みを浮かべていた。
しかし、気掛かりなことも有る。天使兵の兵力が思った以上に少ないこと。姿を見せないアガリアレプトと動かないルシファー。
そしてサタナキアはロランとマキアを追い詰めているが、わざわざアリエス砦の戦力を削ってまでの決行。
昨晩議論したアリエス砦そのものが罠の可能性。しかし、アリエス砦以外に兵を潜伏させるとなると、西の平原と東の高原に限定される。
「アンドレイ王子は西のアルタイル平原、ミカエルは東のヴァルゴ高原へと手筈通りに」
真正面からスピカ穀物地帯へ進軍するのは魔王レオを筆頭にした、四魔将軍の部隊に自身を含めた勇者一行だ。
アルタイル平原にはアンドレイ王子が率いる騎士団の精鋭部隊、かつて魔王城まで進軍した精鋭達が務める。
そしてヴァルゴ高原には大天使ミカエルが率いる天使部隊、そこにはセリナ達が居るため心配は無い。
しかしサタナキアには一度に四魔将軍を相手にする覚悟がある。でなければスピカに逃れたロランとマキアを攻めないだろう。
だとすれば、とリアは考える。天使兵各自に混沌結晶を持たせている、と。
「アンドレイ王子もミカエルも混沌結晶には気を付けてね? アレの影響で同士討ちなんか始まったら危険だからさ」
するとアンドレイ王子は大丈夫だ、と言いたげな表情を浮かべる。
「ふふっ、その為にウテナ様から加護を授かったのだよ」
そういえば、出陣式の直前に女神ウテナが部隊全員に加護を授けていた事を思い出す。
アレが混沌結晶を防ぐ加護だったのか、と一人納得しているとフィオナがリアの手を握る。小さな手をリアは握り返した。
「リア、頑張ろう。またみんなで揃ってご飯を食べるためにも」
「うん、その為にも全力でサタナキアを討ち倒さないとね……!」
お互いに気合を入れ直して、足早にと廊下へと駆ける。四人の見送る視線を背中に感じながら。
こうしてリアはフィオナと共に戦列に加わり、やがてレオが率いる部隊の一人としてアリエス砦から出陣するのだった──