スピカ穀物地帯へと進軍するレオ達は、天使兵の陣営を遠目から見据える。
穀倉地帯へ陣を張る天使兵だけでもその数五千。何よりも一様に眼に付くのが額に混沌結晶を埋め込まれた数多の魔物の群れだ。
取り分け厄介な竜が、幼体とは言えども十頭。紅蓮に燃え盛る様な鱗を有した炎龍が天使兵に命じられるまま、スピカへとブレスを放っている光景が視界に映り込む。
だが、スピカは防護結界によって守られ、炎竜のブレスを弾き返す。
「……! 連中はわざわざグランドウォールの炎竜を連れて来たのか」
アルデバランの森から更に北に向かうと聳える険しい峡谷が在る。
険しく空を飛ぶか運河を泳がない限りろくに進めないグランドウォールは、未だ人の手が入らない未開拓の土地。そこには数多の竜種が生息し、魔王レオは竜を刺激しては面倒だと判断し、開拓を断念した過去が有る。
「厄介ね。炎竜……しかもまだ幼体」
「……討伐は可能だが、炎竜の親を怒らせることになるか。……ならばザガーンよ、邪竜隊と共に連中を混沌結晶から解放してやれ」
その言葉にザガーンは頷き、ナナを編成した邪竜隊と共に炎竜に駆け出して行く。
彼らの背中を見送り、レオ達は天使兵の陣営へと駆ける。
「……! サタナキア様の予測通りだ! 魔王率いる軍勢が現れたぞ!」
天使兵が吠えると、スピカに集中していた部隊の一部が転進。こちらの部隊に魔物と共に駆け出す。
両軍の衝突が差し迫る中、東のヴァルゴ高原が光り出す。それをレオは伏兵による魔法だと判断し、
「やはり伏兵か! 防護魔法を展開せよ!」
レオの指示に魔族が一斉に防護魔法を展開する中、防護魔法に閃光が降り注ぐ。
防護魔法によって閃光が防がれる中、フィオナが迫る軍勢に向けて、
「《荒狂う風よ刻め》」
風の刃が軍勢に吹き荒れ、迫る魔法に対して天使兵は魔物──オークを盾にして風の刃を凌いだ。
代わりに全身を風の刃によって刻まれたオークは、哀しげな悲鳴をあげ、鮮血を撒き散らしながら穀物地帯に倒れ伏す。
オークの屍を強引に退ける天使兵に、レオは闇で左腕を形成しながら魔剣の刃の向ける。
しかし、レオが突撃するよりも先に鬼人族を率いたククルが立ち塞がる。
「レオ様、ここは我々が……!」
ククルの言葉にレオは真正面を見据える。
まだ天使兵の分厚い陣形が進軍経路を塞いでいる。ここは一撃が必要だ。
「ああ、ここはお前達に任せた」
「御意! さあ! 鬼人の戦を見せる時だ!」
ククルの怒声に雄叫びをあげる鬼人族が、天使兵へと殺到する中、彼らは剛腕を持ってして天使兵の骨を打ち砕く。
ククルの部隊により敵陣に穴が空き、その隙をフィオナの爆炎が天使兵へと飛来し魔物部隊を飲み込んだ。
燃える穀倉地帯をレオ達は駆け出す。
(今年は収穫の秋が迎えられんか。……いや、仕方ないことだ、農民にはしっかりとした補填を与えねばな)
彼らの財産が戦火に巻き込まれていく。元よりスピカが戦場になるということは、穀物地帯に被害が出ると同義。それは最初から覚悟の上だ。
レオは駆け出し、正面の天使兵の首を魔剣の一刀で撥ね、迫る天使兵を勢いのまま回し蹴りで蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた天使兵が後方の部隊にぶつかる中、レオは追い討ちをかけるように左掌を向ける。
「『イビル・ショック』」
闇の腕から放たれた波動が天使兵を呑み込む。
呑み込まれた天使兵は次々と倒れ、
「あ、ああああああっ!?」
絶叫を轟かせた。
闇魔法の一つ──【イビル・ショック】は対象に対して精神に苦痛を与える魔法だ。
久しぶりにその魔法を眼にしたアルティミアが息を吐く。
「無傷の人体、それでも心が負うダメージに数多の廃人を生み出した恐ろしい魔法……!」
「……廃人は言い過ぎだろう? しばらく、せいぜい一月は寝込む程度だぞ」
穴の空いた敵陣を突っ切るように進むレオ達の上空に【天雷】が降り注ぐ。
「甘いわね!」
アルティミアのその一声に、雪羅族が刀を払い魔法を斬り払う。
止まらないレオ達に天使兵は僅かに足を後退させ、
「い、幾らサタナキア様の指示が有ったって……!」
「だ、ダメ! 後退は命令違反よ……っ! それに連中はアザゼル様とバラキエル様の仇!」
確かにレオはバラキエルをこの手で討ち取った。それは紛れもない真実だ。
それでもアザゼルの死の切っ掛けを生み出したのは紛れもない自身だ。レオはそれを受け止めながら、
「どうした? 仇を討つ好機だぞ」
敢えて敵を挑発する事を選んだ。所詮は利用されるだけされ、上司の考えに流される意志なき兵だ。
そんな連中に掛ける情けを持ち合わせていなければそんな暇も無い。
レオに向けて迫る槍を、雪羅族のハーゲンが十字手裏剣で弾き返し、大きく弾かれ隙を見せた天使兵の腹部を刀が貫く。
「魔王様の首を討ち取ろうなど甘い」
雪羅族の一人──シオンが居合いの構えから刃を振り抜く。同時に放たれる斬撃が天使兵の首を刎ねる。
刃にこびり付いた血を払うシオンに、リアは眉を顰めながら感嘆の息を吐く。
「やっぱり雪羅族の刀って凄いわね」
「それだけじゃないぞ。アイツらの絶え間ない鍛錬の末に身に付いた技量だ」
雪羅族が天使兵の部隊を呑み込み、鋼が砕ける音が戦場に響き渡る。