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魔王レオと勇者リアが謎の失踪を遂げてから早くも一週間余りが経過した。
二人の失踪は魔界と人間界に混迷を齎らし、魔王に怯えていた人間界の魔物が活発化を開始。
そして魔王レオが不在の魔王城では、数多の魔族達を抑え新たな魔王となった者によって統治され始めていた。
神官帽子にゆったりとした神官服を着こなした茶髪の少女──ナナは薄暗く冷たい地下牢の中で、
「わたしが、わたしが! あの時気を失いさえしなければ……!」
現実を悲観し、あの時もしも気絶しなければ、リアは助けられたのではないか。
牢屋に閉じ込められてから自己嫌悪に陥る日々が続く。
自己険悪に陥ちた所で何も変えられないと頭で理解してながら、感情が、心が自身を責め立てる。
「魔王の魔力は、廊下で戦ってたボク達にも伝わってきたから……気絶するのは無理もないよ。……それに魔王の魔力で何百人の騎士達が発狂したって聞くしさ、うん、だからナナも元気出して」
菫色の髪に、とんがり帽子を被った魔法使いの服装をした少女──フィオナが静かな口調で元気付ける。
まだ十二歳の少女に元気付けられる人物が不甲斐ない。
ナナはそう思うも、無理矢理にでも笑うのだった。
後悔しても時間は巻き戻らない。
それは例え、どんな魔法を使用したところで叶わない儚い夢でしかないのだから。
「……ありがとうフィオナちゃん」
「うん、こういう時はお互い様……でもあの天使は一体なんなの?」
戦場に突如と乱入した大天使ルシファーは、混沌の魔力を使い両軍に壊滅的打撃を与え、新たな魔王と名乗り出た。
ルシファーの行動は未だ謎めいており、フィオナは天界勢力に不信感を宿す。
「分かりません、ルシファーは、以前は知的な方という印象を受けました。……ですがあのお方は冷たい、とても冷たい目をしてました、それこそ
ナナが見たルシファーの印象はまさにそれだった。
そもそもどうやって混沌の魔力を手に入れたのか、なぜ魔王レオと勇者リア、二人の魔力をずっと宿しているのか。
他者の魔力は時間経過で消滅してしまうのが当たり前だ、それが例え天使であろうとも女神であろうとも。
それに混沌の魔力は一度も聴いた事が無い。あの魔力は一体どんな原理で誕生したのかさえ謎のまま。
「天使のことはさあ、今はいいじゃん。……それよりもどうやって脱出して騎士団と合流するかだ」
凛とした男勝りの口調で話す、身軽で露出の多い軽装を着こなした少女──マキアが鉄格子を睨む。
「それはそうだけどさ、でもどうやって脱出しよ? 魔法で破壊できれば良いんだけど──」
そう言ってフィオナが掌を鉄格子に向け、
「《炎よ、爆ぜろ》ーー!!」
三人は生じる煙に咳込み、やがて煙が晴れるとそこには無傷の鉄格子が障壁を発している。
鉄格子も壁も一定威力の魔法を無効化する障壁によって守られ脱出が困難な状況だ。
仮に【ファイアボール】以上の魔法では牢の崩壊を招き、内部に自分達の身が危険に曝される。
と、先程の騒音を聞き付けた看守が慌ただしく駆け寄って来る。
「何事だ!? ……って、また捕虜達か」
頬を引きつらせ、呆れたため息を吐く看守。
「毎日毎日魔法を唱え、騒音を鳴らすとか頭がおかしいんじゃないか?」
看守は牢屋内で座り込む三人を品定めして、ごくりと喉を鳴らす。
敵の捕虜ではあるが、どれも顔立ちが整った美少女達。
思えば勇者一行には何度も煮湯を呑まされ、屈辱を味わった。
日頃の怨みを晴らすべきだ。
次第に看守の中で邪念が強く渦巻き、牢屋内で何も出来ない三人に対して嗜虐心が芽生える。
「……おい、三人の中から一人選べ」
看守の言葉に、ナナ、フィオナ、マキアは互いに顔を見合わせ小首を傾げる。
看守は何を要求したのか、三人には理解が及ばない。
「……一人ずつ芸でも披露すれば良いの? ボクは魔法しか取り柄がないけど」
フィオナは指に灯火を作り出しては、灯火をウサギの形に変え、
「芸ねえ、魔族って娯楽に飢えてんのかなあ? あたしはスリぐらいかなあ」
マキアが金銭の入った金袋を掌で遊ばせほくそ笑む。
「芸なんでしょうか? なんだか怖い顔して……いつも怖い顔でしたねすみません。……私は芸の心得は持ち合わせてませんね」
検討外れな言動に看守が苛立ちを募らせる。
「芸じゃねよ! あと怖い顔って魔族でもそこそこイケてる顔なんだ! って! 人の財布を盗むんじゃあない!! ……はあ、はあ……奉仕だ、奉仕の順番を決めろと言ってるんだよ!」
騒ぎ疲れ乱れた呼吸を整え、冷酷に告げた。
「奉仕? メイド服を着せて働かせるってこと? 別に退屈だからいいけど」
「その隙に脱走されても文句は言えないよな?」
「メイド服にはちょっと興味ありますけど、魔王城のメイド達の服装はちょっと」
ナナは城内や牢屋をせっせと清掃する女魔族達の姿を思い浮かべ苦笑した。
スカート丈が短く、へそ出しに半袖で布面積が少ないメイド服、あれは魔王レオの趣味だろうかと。
「違えよ! 誰がメイドやれって言ったよ! ……まさか、こいつら……いやいや、そんなバカな」
看守の中に一種の疑念が過ぎる。
まさかこの三人は性知識皆無なのか、それとも天然か、あるいは素で理解していないのか、と。
「……お前ら置かれた状況分かってる? 女騎士ならそりゃあもう酷い目に遭って、『くっ、私を殺せ!』、とか言う状況だぞ……?」
三人は彼が言ってる意味が理解できず小首を傾げ、釣られて看守までもが、自分がおかしいのか、と小首を傾げた。
そんな時だった、
「……何をしている」
呆れ混じりの声が看守の背後から響いたのは。
看守の全身から急激に汗が流れ出し、彼は震える体を抑えながら背後の人物に振り向く。
そこに立っていたのは、四魔将軍筆頭──ザガーンだった。
ザガーンは鋭い竜の瞳で看守を威圧し、
「要件が無いのなら疾く持ち場に戻れ」
無表情で看守に告げる。
看守は悲鳴を出す暇も無く、その場から逃げる様に走り去って行く。
去って行く看守の姿に、ザガーンは肩を竦め、牢屋に目を向ける。
すると三人の少女達が、息を殺し冷たい床に倒れ伏していた。
「……何をしている? いや、それはまさか……死んだ振りというヤツか」
ザガーンの言葉に三人の肩がビクッ、と動くのを彼は見逃さず、牢の施錠を解除する。
「逃げたくは無いのか?」
「……え? 逃してくれるんですか?」
ナナは起き上がり、意外そうに尋ねた。
事実、四魔将軍筆頭が捕虜を逃す行動に出ているのだから、意外も意外だ。
同時にこれは何かの罠なのでは無いかと勘繰ってしまう。
「ナナ、油断しちゃあダメだ。もしかしたら罠かもしれないぞ」
身構えるマキアに、ザガーンは眼を伏せ静かに語り出す。
「私が忠誠を誓ったのは生涯でただ一人、レオ様だけだ。……そこで提案が有る」
ナナはやはり何か有ると悟りながら、ザガーンの声に耳を向ける。
「我々と共闘し、レオ様と勇者リアを救出しないか?」
ザガーンの提案に三人は、驚きの余り叫びそうな声を抑えた。
ナナはしばし考え込む。
魔王レオはともかくリアの身の安否が心配だ。
しかし相手は──相手は……。
そこまで考えたナナは、戦場で負傷者を気遣い、敵であるはずの騎士団を治療して生かすザガーンの姿を思い出した。
恐るべき魔力を秘めたザガーンは敵である、そうである筈が妙に敵に優しい、いや甘いのだ。
甘いのは自分達も、とナナは小さく笑みを零す。
結局のところ逃げるにしても、魔族の追手を躱し、メンデル領内に到着するまでに障害が多過ぎる。
特に騎士団の救出が見込めない以上、ザガーンと一時的に手を結ぶ必要が有る。
全てはリアと合流するために。
「分かりました、その提案受け入れましょう」
「正気?」
マキアの疑いの声に、ナナは笑み向ける。
「はい、正気です。四魔将軍筆頭が捕虜である私達にわざわざ協力を提案をすると言う事は、それだけルシファーが信用ならない、また強大な魔力を秘めていることは間違いありません。……私達が脱走したところで何も出来ずに殺されるかも知れません、ですから此処はリアさんの捜索を最優先に行動すべきです」
「その為にはザガーンの力を借りるってことだね。……リアの捜索を最優先にするならザガーンの力を借りない手は無いよ」
マキアはナナとフィオナの眼をジッと見つめ、堅い意志を宿す瞳に、肩を竦め根負けした。
「しょうがないなあ……こうなった以上二人は頑固だ。……ただし、妙な素振りを見せたら……!」
「背後から刺すか、それも良かろう。……お前達、交渉は済んだ、直ちに部下を引き連れ、騎士どもを解放しつつ離脱する」
ザガーンの発した声に、音も無く二人の四魔将軍が姿を現す。
薄い青の髪、雪を思わせる肌に黒い和装を着こなした美少女──アルティミアが、やっとかと言わんばかりに、愛刀を抱き寄せながら肩を竦める。
子供の風貌をした翡翠色の髪、そして頭部に角が生えた少年──ククルが楽しげに笑みを浮かべた。
その中に四魔将軍ロランの姿は無く、ナナは訝しむも、三人に急がされる形で脱走を開始するのだった。
奇しくも魔王レオの配下と勇者リアの仲間達が互いに手を結ぶ光景に、魔族達は眼を疑い阿鼻叫喚に包まれたという。
しかし新たな魔王となったルシファーが彼等の逃走を許す筈もなく──