レオ達が穀物地帯で戦闘を繰り広げている頃。
ロランは戦局を静かに眺め、ヴァルゴ高原から魔法が止み、炎竜が天使兵に攻撃し出す光景に笑みを浮かべた。
「流石はレオ様、俺の想定以上の働きをする」
「ロラン様! ご報告が……アルタイル平原に陣取っていた敵軍が騎士団の手によって壊滅!」
密かに斥候に出していた魔人族が告げた報告。やはり騎士団も中々強者揃いだ、とロランは思う。
これで漸く攻勢に出られる。そう判断したロランは片手を挙げ、
「我ら同胞に狼煙を挙げよ!」
その指示に魔人族は迅速に動き出す。
スピカに藁を集め火を炊く。狼煙が晴れ渡った空に昇るのを見て、ロランは最後の詰めに入る。
「後方の憂いはレオ様の手によって断ち切られた! 我々はサタナキアの首を取りに行くぞ!」
自身の配下に檄を飛ばす。
漸く天使兵を領地から追い出す日が来た。雄叫びを挙げる魔族にマキアは息を吐く。
「凄い気迫だねぇ。士気も熱気も違う」
「連中の魔法攻撃から耐えに耐えたからな……ここで憂さ晴らしもしたいんだよ」
肩を竦めながら語るロランにマキアは、そんなものか、と思う。
夜間問わずスピカに降り注ぐ魔法を防護魔法が弾く。身の安全は確保されているが、騒音被害は着実に出ていた。
今すぐ出陣し、敵兵を蹴散らしたい魔人族を抑えるのは実に大変なこと。
幾ら長の命令だとしても、彼らは耐える戦いには向いていない。自身も皆もよく耐えた方だとロランは内心で笑みを浮かべる。
「さあ、行くぞ」
「分かってるって。背中は安心して任せな」
ロランは部隊と共に出陣する中、マキアに僅かに視線を向けていた。
思い返せば、縁とは不思議だ。あの幼く少し触れれば折れてしまいそうな痩せ細った少女が、まさか成長して勇者と共に戦う仲間となり戦場で再会することになろうとは。
そして今は、背中を預けられる大切な者となっている。
そこまで想うロランは、敵陣営が視界に映り込む距離に近付くと、思考を戦闘へと切り替える。
「前方に障壁を展開! 魔法を面制圧および波状攻撃で展開せよ!」
指示に合わせて即時魔法を展開する魔族に、続けてロランは前方のサタナキアに向けて掌を向ける。
「《大地の憤怒よ敵を飲み込め》」
詠唱によって大地が裂け、裂け目から溶岩がサタナキアの部隊に向けて流れ出す。
流動する溶岩は真っ直ぐと迫る中、
「《大海の波よ飲み込め》」
サタナキアの詠唱によって川辺の水面が荒れ狂い、やがて高波へと変わっていく。
高波は溶岩と衝突し、急激に冷やさた熱気が蒸気を生じさせ両陣営の視界を奪う。
「水蒸気を吹き飛ばすかい?」
「いや、コイツも利用させてもらう」
そう言ってロランはフェムスに視線を送ると、彼はすぐさまに動き出す。
蒸気に紛れる様に姿を消すフェムスに続く魔族達。次第に剣戟の音が周囲一帯に響き渡る。
だが、フェムス達だけではサタナキアは討ち取れない。
「俺達も前線へ進むぞ」
「あいよ……にしてもサタナキアは大人しいねぇ」
確かに不気味な程に大人しい。彼はアガリアレプトと並んで策謀を巡らせる事に長けている。
彼は謂わばルシファーの軍師だ。部隊を分け、挟撃に持ち込むだけが戦略ではない。
その事からロランは注意深く地面に視線を巡らせる。
蒸気によって湿り踏み荒らされた土だ。そこに魔法も仕掛けられていなければ、次に空へと視線を移すがやはり魔法の痕跡が無い。
警戒を浮かべるている中、
「こ、後方から魔族が……っ!」
「さ、サタナキア様! これは……っ!?」
どうやら潜伏させていた部隊が間に合った様子。
これで終わるはずが無い、そう警戒を浮かべるロランの耳に、
「狼狽えるな! 我々はルシファー様の忠順な僕、全員混沌結晶を取り込めぇぇぇ!!」
そんな言葉が届く。
「サタナキアめ、自滅する気か」
「……混沌結晶を体内に取り込むとどうなるんだい?」
人間が混沌結晶に当てられ悪意を刺激される様に、魔物に対しては洗脳効果が有る。
ならば天使にはどんな作用が有るのか。一度だけロランはその結果を目にしたことが有った。
天使が混沌結晶を自らの体内に埋め込んだ結果、理性無き化け物が破壊衝動のままに暴走するさまを。
「暴走を引き起こす理性無き化け物の誕生だ。……総員! 警戒せよ!」
ロランの指示が響く中、戦場を地響きが揺らす──
「あ、ああァァ!! こ、混沌が……ひ、ひろが……ルゥぅぅッ!」
次々と敵部隊から響き渡る絶叫、次第に理性を失っていく声。
水蒸気の中に僅かに見える影。それは翼とおおよそ人体とは程遠い影だ。
次第に水蒸気が晴れるとロラン達の視界に映り込んだのは、皮膚が剥がれ落ち、卵の様に肥大化した箇所が口の様に裂け鋭い牙を覗かせる。
紛れもなく異形へと成り果てた天使兵だったもの。
アレを魔物と定義するべきか否か。そんな異形の最奥に佇むサタナキアがこちらを見据える。
彼の胸元には混沌結晶が埋め込まれ、混沌の魔力がサタナキアの周囲を渦巻いている。どうやら彼は混沌結晶に適応してみせた様だ。
「主への忠誠心が成した結果とも言うべきか? それそれで何とも愚かな」
「……天使兵への同情心しか浮かばないね」
異形に成り果て訳も分からず辺りを見渡し、目に付く同胞だった者に牙を向けている彼らに、ロランは哀れみの眼差しを向けた。
「貴様らは付き従う主人を間違えた。いや、貴様らの選択肢を否定する気は無いが……貴様らの主人は化け物に変貌する事を命じる様な奴なのか? そんな君主の間違えを正さず命じられるまま従うなど愚かだ」
ロランは剣を構えゆっくりと歩み出す。
彼の隣を歩むマキアもまた短剣を構え一息吐く。
同時に二人は異形の天使兵が蠢く戦場を駆け出し、サタナキアに武器を振りかざす。
戦場に響き渡る鉄の音、異形の天使兵の虚しい叫び声が響く──