ロランはマキアに背中を託し、サタナキアに右薙の一閃を繰り出す。
それに対して彼は槍で弾き返し、素早く槍を引き絞る。
繰り出される高速の突きをロランは、刃で弾き火花が散る。
「軍師の貴様はやはり知恵だけでは無いのだな」
「魔族にとって注視すべきは武力と魔力だ。お前はこの二ヶ月、魔族に対して理解を深めなかったようだな」
「理解してるとも……弱った主を平然と裏切り、力を取り戻せば掌を返すこともな」
サタナキアの指摘をロランは否定する気は無かった。
彼の言葉は紛れも無い事実だ、魔王レオに刃を向けた若い魔族達はルシファーの力を前に従う事を選んだ。
だが、それも若気の至りの一言で済ませられる些細な問題だ。
刃がぶつかり合う中、ロランは言葉を発する。
「それでも我々はレオ様を選ぶ。彼が魔界を変えてくれると信じているからだ」
「……なぜだ? なぜ、魔王レオをそうまで信じられる」
サタナキアの愚問にロランは笑った。
「当然だろう? 我々はレオ様の臣下だ、当然彼が道を誤れば我々は敵に成ろうとも彼を止める覚悟がある」
言葉に覚悟を乗せ剣を払い、サタナキアの槍が大きく弾かれる。
「……ルシファー様の間違いを正そうともしない私達とは大違いだな」
「在り方は人それぞれだが、お前は気付くのが遅過ぎた」
刃がサタナキアの腹部を貫く。
彼の瞳に映り込んだのは、異形の天使兵が次々に魔族とマキアに討ち取られる姿だった。
結局、ルシファーから与えられた力を持ってしても魔族の誰にも届かなかった。
その理由をサタナキアは覚悟と支えるべき主人への想いの違いだ、と結論付けロランの刃を引き抜く。
「まだだ、まだ私は終わってはいないぞ」
腹部から血が滲む。それでも天使にとっては魔族同様、致命症にはなり得ない。
「そうでなければ討ち倒す価値が無い」
ロランはサタナキアから一度距離を取り、懐からナイフを数体取り出しては、彼目掛けて投擲した。
迫るナイフを前にサタナキアは槍を一閃、ナイフを打ち払う。
地面に突き刺さるナイフを他所にサタナキアは、【縮地】からロランとの距離を一気に詰める。
だが、ロランは目前に現れたサタナキアに無言詠唱から業火球を放った。
駆り出された業火球にサタナキアは勢い止める事なく、槍を引き絞る。
そして業火球を貫き刃がロランに差し迫る。
だが、槍はロランを目前にして勢いを失速させ動きを止めた。
ナイフの柄に仕込まれた魔法陣から放たれた鎖が、サタナキアを拘束し、槍の勢いを殺した。
「こ、小癪な!」
「脳筋ばかりでは魔族は生き永らえない。俺のように小細工を労する魔族も必要だろ?」
「……貴様の策略によって我々の計画は殆ど阻まれたも同然か」
珍しく他者を認める言葉を吐くサタナキアに、ロランは苦笑を浮かべる。
もっと速くに他者を理解し、主人の過ちを正してやれば良かったのに。そうサタナキアに思わずにはいられない。
「……最後に聞くが、お前はなぜ魔法を使わなかった?」
魔法を使えば結果は多少なりとも違った。少なくともこんな無様な結果にはならなかった筈だ。
彼は飛ばされたナイフから敢えて意識を逸らしていた、彼ならナイフに何か仕込まれていると疑うと踏んでいたが結果は違った。
「……同胞を犠牲にした私だけが生きるのはお門違いだろ?」
「確かにお前ならこの状況でも、逃げ帰れたただろう。なぜ命を捨てる真似を?」
「どの道、私はお前の討伐が失敗した時点で死ぬ。ルシファー様がそうお決めになさったからな」
その言葉にロランはサタナキアに眼を凝らす。
彼の体内に施された魔法陣に眉を歪めた。
「自壊式か。ルシファーは配下の失敗に許容できない器の小さな男だったか」
「……それだけ彼は人間が、いや人間に知恵を与えてしまった自分が憎いのだよ」
「だから人間を滅ぼし、己の誤ちを正すと?」
ルシファーらしい傲慢な思考なロランは息を吐く。
そこに呆れもなければ、同情も浮かばない。ただ、彼が人間に知恵を与えなければ自分はマキアという少女に出会うことも無かっただろう。
「もう良いだろう……トドメを刺せ」
サタナキアの最後の言葉にロランは、一太刀で彼の首を斬り落とした。
穀倉地帯に転がるサタナキアの首に、ロランは呆気ない彼の幕切れに息を吐く。
「自暴自棄か、それともお前なりの償いのつもりだったのか?」
ロランの呟きに誰も答える者は居ない。
サタナキアが率いた天使兵は、レオ達の部隊によって拘束された者も居るが、果たして彼らはルシファーの所業を受け入れられるのか。
「……盲信者には無理か」
ロランは天使兵の盲信にため息を吐き、部隊を率いてスピカへと後退するのだった。
魔王レオ達と合流するために──