魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 天使兵を拘束し退けたレオ達がスピカへ入った頃には、ロランの手によってサタナキアが討ち取られ戦局は終わりを迎えていた。

 

「……むぅ、俺達が急ぎ駆け付けた意味はあまり無かったか」

 

 出遅れた、と呟くレオにロランは敬愛を込めた笑みを浮かべる。

 

「そんな事は無い。レオ様が動かなければ後方はがら空きだった」

「……気掛かりな事も有るが、まさか混沌結晶にあの様な性能があろうとは」

 

 スピカの北に広がる異形の天使兵の死骸に付いて、レオは事の経緯をロランから聞いた。

 天使が混沌結晶を取り込めば混沌の魔力を得るが、混沌結晶に耐えられない者は異形に成り果てると。

 逆にサタナキアの様に混沌結晶に適応した天使は、魔力が大幅に上昇するという。

 しかし取り込んだ混沌結晶を引き剥がせば、魔力は元通りとなる。

 騎士団が今後混沌結晶に適応した天使兵と戦うとすれば、その事を念頭に置かなければならない。

 

「……魔王城には混沌結晶を取り込んだ天使兵が居ると思うか?」

「居るのが自然と考えるべきだ。ルシファーはそれほど手段を選ばない男……いや、自分以外の者は早速どうでも良いのかもしれないな」

 

 慕い付き従った者さえ切り捨てられる冷酷さ。

 それは魔王レオには無い性質だ。だが、レオは誰かを切り捨てまで目的を達成しようとは思わない。

 冷酷非道に振る舞い目的達成のために盲目的に突き進んだ者は、孤独という名の牢獄に囚われるからだ。

 特に長寿の身であればある程、孤独が与える精神的苦痛は計り知れない。

 魔王と呼ばれる男にも恐いものが有る。それは孤独が与える精神的苦痛だ。

 

「俺には孤高を貫く事はできそうにないな」

「……レオ様は誰かと繋がってこそだからな」

 

 誰しもが最初から強かった訳では無い。

 レオの場合は幼少の頃師に拾われ、魔法と戦い方、生き方を教わり名を与えられた。

 もしも、師と出会わなければ魔界の雪原に埋もれる名も無き遺体の一人だったかもしれない。

 だからこそレオは思う。何かのきっかけで縁を結び、繋がりを得て人も魔族も天使も強くなるんだと。

 

「ルシファーには心から支え導く者が居なかった。もしも俺がセオドラと出会わなければ……何度か考えた事は有るが、やはり人間に失望してしまっていただろう

 

 セオドラに教えられた人の強さと尊さ、そして彼らが大切に紡ぐ愛情を無ければ人間を滅ぼしていたのは自分だった。

 それは間違いないとレオは認める。結局の所きっかけ一つで自分とルシファーの立場は変わっていたかもしれない。

 そう考えると彼と自分はどこか似ている部分も有る。

 

「レオ様とルシファーは人を惹き付ける魅力と力が有る。ただ、二人の決定的な違いは信用するかしないか、そんな些細なながらも重要な要素だと俺は思うぞ」

 

 ロランの言葉にレオは成る程と肯く。

 やはり知識者である彼との会話は自分にとっても為になる。

 そんな事を内心で考えていると、アルティミアが歩み寄り、

 

「相変わらずロランは、レオ様に敬意を表した言葉遣いを使わないのね」

 

 話を聴いていたのか、そんな事をジト目で咎めた。

 

「俺とレオ様の仲というヤツだ」

「あら! それなら私とレオ様は恋仲よ!」

 

 アルティミアの一言にロランは、眼を見開きこちらを凝視した。

 やはり自分が誰かと恋仲の関係に至るのは、軍師の彼でも予測できないことらしい。

 

「レオ様……その話は本当のなのか?」

「ああ、本当だ。魔界でアルティミアほどいい女は居ないだろ?」

「……人の色恋には何も言わないが、勇者はどうするんだ? 俺の見立てではあの者は……」

 

 そんなにリアの恋心とは分かりやすいものなのだろうか。漸く恋という感情を知って理解したが、彼女はそんなに分かり易いのか、とレオは頭を抱えた。

 

「その話は、アイツと決着を付けた後だ」

「誰と決着を付けた後ですって?」

 

 背後から掛けられた声にレオは激しく鼓動する心臓に、冷や汗を浮かべながら振り返る。

 そこには楽しそうに笑みを浮かべるリアの姿があった。

 

「……何処まで話を聴いていた?」

「ん? 誰と決着を付けるかって下りからよ」

「そうか。……ミカエルから話は聴いたか?」

 

 レオはヴァルゴ高原に、フェルエナ公国の騎士団が布陣した話を思い浮かべながら切り出すと、

 

「まだ何も聴いて無いわ」

 

 彼女は知らないと首を横に振った。

 

「……レオ様、あの話は本当なの?」

「あぁ、本当だろうな。ミカエルから聴いた話だが、ヴァルゴ高原にフェルエナ公国の騎士団が布陣しているそうだ」

「ヴァルゴ高原にフェルエナ公国の……増援なの?」

 

 増援ならどんなに有り難いか。だが、生憎と彼らは増援では無い。

 それはアンドレイ王子に確認したところ、彼は愚か将軍までもが知らない情報だったという。

 

「増援では無いさ。大方ギリガンが要請したんだろうよ。俺達がルシファーに敗北した後の予備戦力、疲弊した魔族を討つための戦力として」

「……それって私達ごとルシファーを葬り去るため? でもフェルエナ公国の騎士団だけじゃ足りないわよ」

「いや、あくまでもギリガン王の保険だ。ルシファーを完全に討ち取れない事はアイツも十分理解しているさ」

 

 ルシファーを打倒した魔族を討つための保険。それがギリガン王の考えだ。

 

「……それってさ、私がレオと決着を付ければ回避できること?」

「恐らくはな、ただお前が負ければ──俺はフェルエナ公国を容赦無く滅ぼすぞ」

 

 向こうは領域侵犯を犯し攻め込むのだから、民を守る為には手加減の必要は無い。

 

「どうあっても私とレオは決着を付けないといけないようね」

「その時は俺を全力で殺しに来い」

「……望む所よ! 私なりの方法で決着を付けてみせるわ!」

 

 不敵な笑みを浮かべ合う二人に、ロランとアルティミアはため息を溢す。

 

「全く、どんな状況でも二人の関係は変わらんな」

「そうね。でもそれが二人らしいと言えばらしいのかしら」

 

 そんな言葉を背にレオとリアは互いの役目に戻る。

 今はアルデバランの森への進軍が最優先に──

 

 

 

 


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