レオと別れたリアは雨雲に陰る空に息を吐く。
「保険って……分からなくもないけど、どうして私達を最後まで信じてくれないの?」
ギリガン王が掛けた保険。確かにルシファーは人類の脅威だ。
人類を守る為に保険を掛けるのは決して悪い事ではない。
寧ろ国王の立場からしたら、保険は掛かるべきなのだろう。
そう理解しつつも、リアは思う。
レオの言う通り、ギリガン王は自分達の勝敗に関係無くフェルエナ公国を動かすつもりだ。
そうなれば人類と魔族との決別になるかもしれない。そんなのは嫌だ。心からそう感じる感情にリアは、
「ルシファーを倒してフェルエナ公国が動く前に、レオと決着……多分時間はそんなに残されていないよね」
漸く一部の、それこそ自分を含めた人間が魔族に歩み寄れた。共に過ごした時間を泡沫の幻想で終わらせたくない。ギリガン王の過去の遺恨にこれ以上振り回されてたまるか。
リアは新たに決意を胸に誓った。必ずレオと戦い勝利してみせると。
その為にも生きてルシファーとの戦いを終わらせなければならない。
それこそリアにとっては望むところだ。
「……魔核研究所の件と合わせてちゃんと落とし前は付けなきゃね」
「お、おおぅ……リアが珍しく怖い声を出してるな」
マキアのそんな声に振り返ると、彼女は頬を引き攣っていた。
ちょっとそんな反応をされるのは心外だ。自分だって怒る時は怒る。
それに一番怒ると怖いのはナナだ、とリアは内心で思う。
「しょうがないでしょ、ギリガン王が色々やらかしてくれたんだから」
「あ〜、あたしらの不老化ののことか。あたしは、そうなって良かったとさえ思うけどね」
きっぱりと答えるマキアにリアは興味を示す。彼女なら真っ先に怒りを顕にするかと考えていたが、予想とは遥かに違う結果だ。
「そうなの? 私はてっきりマキアならキレると思ってたけど」
「そりゃあ、ロランと同じ時を生きられるからね」
「……前々からマキアは、会いたい人が居るって言ってたけど、それってやっぱりロランだったんだ」
彼女はスラム街で育ててくれた最愛の恩人に会いたい。
そう言って自分達の一行に加わる事を申し出た。
当時金銭管理も儘ならない自分達にとって、しっかりした彼女の申し出は有り難く、また目的を持つ彼女の意志を尊重して受け入れた経緯が有る。
「そっ、アイツはあたしに生きた方を教えてくれたんだよ」
「でも、ロランはマキアを置いて行った……」
「理由はアイツなりに色々有るんだろうけど、もうその件は四方砦攻略の時に鬱憤を晴らしたから良いんだよ」
ロランが守る砦での戦闘が頭に蘇る。
嵐の如く襲い来る魔法の中をマキアは、【瞬身】を駆使して突破した。
そして彼の顔に勢いのままから飛び蹴りを放ったのは、今でも忘れられない記憶だ。
「だから、あの飛び蹴りだったのね」
「あの澄まし顔を蹴り飛ばしたらさ、十年の悩みなんてばからしくなったんだよ」
彼女のその姿勢が羨ましい。
そんな話をしていると、雨がポツリ、ポツリと降り出し、
「そろそろ宿に戻るか、リアの事だから明日の準備は済ませて有るんだろ?」
「うん、私達は明日レオ達と行動するから、まだ私達に慣れていない魔族への挨拶は済ませて来たわ」
特に人狼族の少年少女達には怯えられ、心に傷を負ったのは真新しい記憶だ。
耳と尻尾をへたれさせて怯える姿に、それほど勇者である自分は脅威であり、彼らにとって恐るべき存在だった。
改めて再認識して、やはり魔族との共存を叶えたい、そう強く想うようになった。
リアとマキアは雨が降り出すスピカを駆け出し、宿屋へと向かった。
スピカの特産品の麦のパンで腹を満たし、明日の出陣に向けて最後の調整へと入る。
スピカからアルタイル平原を抜た一週間後に、いよいよアルデバランの森に入り、魔都市アルデバランの攻略が開始される。
これが良くも悪くも命運を掛けた戦いになる。長引いた最終決戦を漸く終わらせる事ができるのだと、リアは人知れず意気込むのだった。