雨が降り雷が鳴り響く中、ルシファーは玉座に座り天使兵の報告に耳を傾けていた。
「……サタナキアは何も果たせずに逝ったか」
失望混じりのため息が零れると、報告を告げに来た天使兵が眉を歪める。
「あの、差し出がましいかとは思いますが、葬いの言葉を捧げてやっては……っ」
「……何の意味が有る? 何もなし得なかった彼奴に掛ける言葉など無い」
責めて混沌結晶を利用し、一定の成果を果たせると期待がしていたが、結果はアリエス砦の防衛戦力をスピカへと出撃させ、アリエス砦陥落と魔王レオの帰還を許した。
更にサタナキアが率いた部隊は、ロランの部隊と魔族兵の挟撃に遭い全滅。
所詮は有象無象と侮る事は出来ない。魔王と勇者が共闘の道を選び、そこに人間と天使までもが加わった。
「……サタナキアの件よりも進軍中の敵兵力だ。現存する兵力では対処は不可能」
「それなら一体どうするのですか? 全魔族が既に魔王レオに合流したとの報告が上がっていますが」
「我一人で大軍を薙ぎ払うのは造作も無い。だが、女神だ。我が問題視するのは女神が解放された件だ」
戦場に姿を見せない女神ウテナが、絶好の機会を窺っているのは間違い。
その為に魔族領の空間を固定化し、転移魔法を封じた。逆に言えばその影響で向こう側も転移魔法の対策を講じた。
これもルシファーの狙い通りの結果だ。互いに転移を封じられれば地上を進む他に無い。
「女神は必ず隙を突くはず……だが、それも我が魔王共を討ち果たせば済む話だ。早速連中に魔王共以外に期待する戦力は無いのだからな」
ルシファーは内心で思う。
未だ不自然なまでに魔界に動きが無い。
特に魔王レオはあの男の弟子だ。かつて神と巨人王の戦争に於いて、魔族を護るために破滅を振り撒いた理不尽と破壊の塊の様なあの男が沈黙を貫いている。
それとも今回の一件を次世代が解決すべき問題だと傍観しているのか。尽きない疑問にルシファーは息を吐く。
「ルシファー様がお一人で……? それでは我々は、貴方様に付き従った我々は不要なのですか?」
恐れを顕にする天使兵にルシファーは、残存兵力を頭に浮かべた。
来た天使兵は各大陸の制圧に向かい、魔族領に残された兵力は僅か二万。
加えて各大陸の勢力によって天使兵は、徐々に追い詰められ、天界から駆け付けた女神派によって討ち取られていると聴く。
混沌結晶をばら撒かせた天使兵は、暗殺者を名乗る混血児に殺害され回っているという報告も有る。
「……これ以上の損害は無意味。かと言って我も貴様らにも還るべき場所は無い。ならばどうするか? 敵を討ち払う他に道は無いだろう?」
ルシファーは懐に忍ばせた混沌結晶を掌で遊ばせ、目の前の天使兵に見せ付ける。
混沌の純度をより高め圧縮した結晶。紫の輝きは深淵に染まり、天使兵に重圧を与える。
「砕きその魔力を取り込めよ。さすれば汝らに膨大な魔力を短時間ながら与えるだろう」
天使兵はそれが危険か物だと理解しながら、力の塊である結晶の魅力に抗えず、その手を混沌結晶に伸ばした。
彼はルシファーから混沌結晶を受け取り、
「で、では……我々はアルデバラの森にて防衛線を貼りましょう」
「うむ、貴様に二万の混沌結晶と全兵力を預ける。上手く活用せよ」
二万の混沌結晶を名も知らない天使兵に預け、戦に出向く彼の背中を見送ったルシファーは、
「アガリアレプトよ」
声を掛けると柱の影に隠れていた彼女が姿を現す。
「何でしょうかルシファー様?」
「汝は直ぐにグランドウォールを超え身を潜めよ。必ず次世代の、我の保険を遺す事に勤めよ」
「ルシファーの
ルシファーの命令を聞き入れたアガリアレプトは最後に、
「……ルシファー様、私は貴方様の事を愛している。それだけはお忘れなきように」
それだけ伝えると彼女は、玉座の間から静かな足取りで去って行った。
これでルシファー勢力の大天使は居なくなった。
バラキエルとサタナキアは戦死し、アザゼルは自らの策略によって滅ぼした。
そしてアガリアレプトは戦線離脱。
当初の計画と想定通りに進んでいる事にルシファーは、
「我の誤算は魔王レオと勇者リアの生存、ロランの策略。女神ウテナの解放とアルビオンの再封印」
一つのミスが計画を阻んだ。
ロランを配下に引き入れた事がルシファーの最大の過ちだ。それを彼は自らの責任と認め眉を歪めた。
「我の過ちも全て、人類を滅ぼし新たな人類を再誕させる事で漸く罪の償いが始まる……」
ただ、とルシファーは想う。
魔王レオと勇者リアの二人が争い他者を虐げ、隷属化させる人間を変えるのでは無いか、そんな期待感も有る。
「魔王レオ達が我に打ち勝つか我に滅ぼされるか。最初で最後の戦いか、どの道に転ぼうとも我の望みは叶う」
誰も居ない玉座の間でルシファーの笑い声が響く。
反響する音がどこか虚しく孤独を与えるのは、彼が本当の意味で一人だからだろうか。
愛され慕われた彼の内面は、他者と決して交わる事を赦さない贖罪の意識のみ──
滅ぶ運命だった人類に知恵を与え、存続させ自然の摂理を歪めた事が彼の罪の根幹。