戦場を突破したレオ達を見送ったアンドレイ王子は剣を構える。
「さあ、我々もこの場を制圧し彼らに追い付くぞ!」
気迫を込めた掛け声に騎士団が武器を挙げ雄叫びを叫ぶ。
そんな彼らの気迫に天使兵は一歩、足を後退させた。
セルゲイ将軍とカムラン隊長が騎士団と共に攻勢に転じる。それに合わせる様にセリナ率いる天使が追撃に入った。
敵兵力は二万だが、混沌結晶により増幅された魔力が戦力差を覆している。
「うおおおお! 一人で相手にしようと思うな! 魔族との戦争を思い出せ!」
騎士団は五十年も魔力が高い魔族と戦闘を繰り広げてきた。
今更だ、魔力量が遥かに高い敵陣営と戦闘するなど、実に慣れたものだとアンドレイ王子は自負する。
こちらは常に劣勢の状況で戦って来たのだ、二万の混沌結晶などどうにでもなる。
アンドレイ王子は迫る槍を、刃で絡め取る様に受け流し天使兵を地面に転がす。
地面に倒れた天使兵が体制を立て直す前に、アンドレイ王子は刺突を放った。
素早く駆り出された刺突が混沌結晶を貫き、結晶は音を立てて砕け散った。
すると天使兵から魔力が失われ、彼は立ち上がろうとするも、脱力感からか何度も足を滑らせ地面に倒れる。
いつまでも起き上がれない天使兵にアンドレイ王子は訝しむ。
(彼の本来の魔力は……?)
混沌結晶は所持者の元々の魔力を増幅させていた、そう認識していたが、いつまでも起き上がれない天使兵。
そんな彼に一つ推測が浮かぶ。
混沌結晶は魔核から魔力を限界まで吸い上げ、増幅させている。そのため混沌結晶に集まった魔力は、結晶が砕けると共に大気へ分散されてしまうのではないか。
「誰か! この者を拘束せよ!」
立ち上がれない天使兵を討ち取れる気にはなれない。
そんな想いからアンドレイ王子が声を発すると、近場の天使が駆け寄り、天使兵を鎖で拘束したのだった。
アンドレイ王子は魔王城に目を向けると、静まり返った魔王城が佇んでいる。
そこには膨大な魔力の流れも無く、ただ在るだけの建造物として静かに存在を主張しているだけの城。
「魔力の消耗を抑えた?」
ルシファーがレオ達との決戦のために魔力を温存していると、肌で感じ取ったアンドレイ王子は息を吐く。
騎士団と天使が互いに連携し、混戦に持ち込み天使兵を撹乱から各個撃破を展開。
セルゲイ将軍とカムラン隊長による波状攻撃に、混沌結晶を失う天使兵。
絶え間なくセリナの鼓舞と守護魔法によって護れる部隊。
対して敵軍は次々に混沌結晶を破壊され、戦闘不能に陥る天使兵。それでも果敢に攻勢に出続けている。
そんな中、戦局を見極めているアンドレイ王子に天使兵が【セイントアロー】を放った。
だが、過剰すぎる魔力によって制御困難に陥った【セイントアロー】は、アンドレイ王子から外れ、彼の後方に着弾したのだった。
爆音と共に響く悲鳴にアンドレイ王子は眉を歪める。
「今の声は……いや、戦場に流れ弾は付き物」
僅かに視線だけを背後に向けると、焼かれた国旗が宙を舞っている。
密かに進軍していたフェルエナ公国の騎士団が戦闘に巻き込まれた。
同盟国の騎士団に被害が出るのは心苦しいが、平和の未来を歩むためには致し方ない犠牲だ。
それでもフェルエナ公国の騎士団は、まだ大規模な軍勢を誇っているだろう。
「あらあら。流れ弾を受けるなんて不運な方々も居た様ですわ」
ミカエルはわざとらしく肩を竦めながら語りながら、襲い来る天使兵を光の波動で吹き飛ばしていく。
こうして戦闘が続き、漸く三種同盟は勝利を掴んだ。
勢い付く自軍を前に、敗走していく天使兵。この場の戦闘は人間と天使の揺るがない勝利だ。
ただ、アンドレイ王子は思う。今回の戦闘そのものが運が良かったと。
混沌結晶により過剰な魔力増加、制御不能に陥る魔法。刃を交えて天使兵の身体が増幅した魔力を扱い切れていないこと。
それらの要因が重なり、損害を出さずに勝利したのは正に運が良かった。
もしも、混沌結晶がそんな代償だらけな代物で無ければ結果は大きく違っただろうとアンドレイ王子は思わずにはいられない。
「……アンドレイ王子。捕虜は念入りに拘束し混沌結晶を全て破壊したが、やはり彼らの魔力は枯渇した様だ」
「将軍、枯渇なんて生易しいもんじゃないですぞ。ありゃあ魔力が消滅したとしか思えない」
カムラン隊長の報告にアンドレイ王子とミカエルは訝しむ。
「魔力の消滅? それは一体」
「魔核にグレイプニルを打ち込まれている形跡はありませんわよ。それに消滅なんて穏やかではありませんわね」
悩む四人に拘束された天使兵が弱々しく呟いた。
「我々の魔力は……力を得る代償として失った……しばらく回復することは無い」
彼の言葉にアンドレイ王子は、どうするべきか迷う。
動けない天使兵をこのまま放置して進軍していいものか。かと言って連れて行くには彼らは邪魔だ。
捕虜を連れて行くか、見捨てるかの二択にアンドレイ王子は空を見上げた。
戦いに勝利し、これ以上生命を奪うのは強欲だ。それに彼らは無抵抗だ、このまま放置すれば魔物かフェルエナ騎士団によってどの道殺されるだろう。
ならばと、アンドレイ王子は選択を告げた。
「このまま捕虜を連れて行く」
「……感謝しますわ。彼らは道を踏み外したとはいえ、わたくし達の同族ですもの」
その同族に対してえげつない魔法を放っていたのは、誰か。そんな言葉をその場の全員が呑み込み、捕虜を連れながら進軍を再開させる──