魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 世界には街道を進む人々を襲う野盗が存在している。

 魔物が蔓延る世界だと言うのに、全くご苦労な事だ。

 賊は何も陸に限った話しでは無かった。

 荒れ狂う海原を超え財宝を集める者、あるいは漁船や客船、果ては行商船や貴族所有の船を襲い金品を略奪する者達。

 人々は畏怖の念を込めて彼等を海賊と呼んだ。

 レオは七十二年程前にセオドラから聴いた話を思い出していた。

 

 なぜ今になって友と語り合った日々を思い出したのか。

 それは単純に今がちょっとしたピンチだからかもしれない。

 レオとリア、そして何故かゴブリンをも取り囲み、カトラスと銃を構える一団に目を向ける。

 薄汚れた白いシャツに所々破けたズボン、頭にはバンダナを巻き、一様にこちらを凝視する者達。

 少しでも抵抗の意志を見せれば、トリガーが引かれ銃口から発射される魔弾が人体を撃ち抜くだろう。

 

「……何をボケッとしてやがるんだあ?」

「……やれやれいつだって現実は非情だ」

 

 仮面越しからため息が漏れる。

 

「あのねレオ、多分私達って相当ヤバい状況だと思うの。……具体的には身包みを剥がされて魚の餌にされるとか」

 

 これから訪れる顛末を予想したリアから上擦った声が漏れた。

 すると、海賊達は一様に笑い出し、

 

「ククッ、良い反応をする。……そっちの男はどこかで見た悪趣味な仮面だけどよ」

「……うーん、その仮面どこかで見たってか、お頭が大事に保管してなかったか? や、そんなクソダサい仮面よりもお頭はまだ来な── っ!?」

 

 クソダサいと言った海賊が背筋に悪寒を感じた、その時だった。

 集団が道を開けたのは。

 そこに現れたのは、大柄な体躯を誇り右眼に眼帯を付け、海賊帽子を被り威圧感を放つ男性。

 そして彼に付き従うペンギン族と赤髪の妙齢な女性だった。

 前者の風格からしてレオは彼がこの一団を纏める船長なのだと当たりを付け、ペンギン族に仮面越しから笑みを浮かべる。

 

「お前はペンギン族のペンゾウだな……壮健そうで何よりだ」

 

  レオの言葉にペンゾウは首を傾げる。

 なぜ自分の名を知り、魔界に伝わる種族名を知っているのか。

 人間界では魔界から来た者達を"魔族"と総評している。

 それをなぜカッコいい仮面を着けた彼が知っているのか、ペンゾウの中で疑問が浮かぶ。

 彼は一体何者なのか、声が仮面のせいでぐぐもり判別が付かない。

 

「……なぜ名を? それにペンギン族に付いて知っているのか?」

「……ああ、知っているとも。ペンギン族──魔力量が低く戦闘に関してはお世辞にも強い種族とは言い難い。……だが、彼等の戦場は水中にある……フッ、永久凍土に覆われた魔界ではペンギン族が真価を発揮するのは無理な話だろうに」

 

 水中でこそ彼等は高速で動く事が可能で有り、水辺からの奇襲をもっとも得意とし、なおかつ水質調査に長けている。

 レオは彼等のそう言った面から魔王軍に雇用したのだ。

 

「……あれ? ペンゾウはレオの事を知らないの?」

 

 二人の会話を静かに聴いていたリアが口を挟む。

 するとペンゾウは、魔王の名に驚き仰天した。

 

「レオ? レオって魔王か?」

「同名じゃない? ねえアナタはどう感じる?」

「フッ、分かっていて聴くな」

 

 しかし騒つく海賊達にペンゾウが平静を取り戻す。

 万が一本物であれば、魔王レオを討ち取る可能性が出る。

 恩の有る海賊達と魔王軍として争いたくはない、かと言って黙って魔王レオを差し出すなどペンゾウにはできなかった。

 例えそれが五十年前に漂流していた所を助けてくれた。命の恩人達であろうとも。

 同時に彼が本物という確証も無い。ペンギン族に関しては魔族なら誰でも知っていて当たり前の常識だ。

 ただ、偽物と断じるにはあまりにも早計。仮面を外し素顔を視れば分かるが、それは海賊に彼が魔族で有る証拠を突き付ける事にもなる。

 

「きっと同名、ゴブリンもそう思うだろう?」

「え? ランドタートルを討伐した時に魔王って名乗ってたぞ」

 

 そこそこ親しいゴブリンに話を振ったペンゾウは、白眼を向いて仰向けに倒れ込んだ。

 話を振ったら暴露された。

 それ以前に魔王と知っていた事に驚きを隠せない。

 だからこそ彼は刹那の一瞬、自己防衛本能によって気絶を選択したのだ。

 

 仰向けに泡を吹き気を失うペンゾウを尻目に、船長がレオを見据える。

 

「……魔王レオか。随分バルディアス大陸を騒がせた様だが一体なぜこんな島に居る? それにその仮面は……」

 

 静かでいながら力強い声が響く。

 

「この状況も勇者と行動しているのも大変不本意なのだがな。……ああ、この仮面は人目見て気に入ってな、正体を隠すにも適してるゆえ拝借させて貰った」

 

「ほう! そのセンスが判るのか!」

 

 船長は歓喜に打ち震え、レオに右手を差し出し、

 

「……! 勇者には不評だったが、ああ! これはいい物だ!」

 

 レオは彼の武骨な手と固い握手を交わした。

 

「フフッ! オレは白鯨海賊団船長グランバだ! この出会いは何かの縁だろう、それにランドタートル討伐の話も聴きたいしなあ!」

「フッ、俺も人間の中で美的センスに優れた者と出会えるとは幸先がいい!」

 

 レオとグランバの姿に海賊達は愚かゴブリンとリアまでもが呆然とした。

 

「……え? 何か変な仮面で意気投合しちゃったんだけど……!?」

「……ウチの旦那は魔族寄りの美的感覚をしてるからねえ」

 

 呆れ混じりにため息を交わすリアとカトラは、意気揚々と仮面に付いて語り合う二人を眺めることにしたのだった。

 周囲の困惑と戸惑いを放置して。


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