十二枚の翼を広げ羽根が舞う中、圧倒的な強者として余裕を見せるルシファーに、レオは紅い眼光で鋭く睨む。
「随分と余裕だな」
一見すると余裕に見えるが、ルシファーには油断も隙も無い。
「我と相対して臆さないのは、流石は魔王と言ったところか。……他の者も貴様がその場にいるからか、臆さぬな」
「お前を恐れる者はこの場にはおらんよ」
絶対的な強者として君臨するルシファーに、この場に居る全員が誰一人として臆してはいない。
共通の絶対に倒すべき相手が一人。周りを見渡せば心強い仲間が居る。それが人に勇気を与える源。
"一人では絶対に勝てない相手だ"だからこその人間と魔族、そして天使との共闘だ。
「ふん……では、貴様らを我が殺し尽くしてやろう」
混沌の魔力を解放し、空間を圧力で震撼させるルシファーに対して、レオ達は自らの魔力を解放し各々の得物を構える。
ルシファーが地を蹴った瞬間、レオは前方に向けて魔剣を片腕で振るった。
【縮地】で迫ったルシファーの刃を上段に弾き、同時にザガーンの重い拳がルシファーの腹部を殴り飛ばす。
それとほぼ同時にマキアが風の短刀を投擲し、ルシファーに迫る。
押し退けられたルシファーは、宙返りを繰り出し風の短刀を二本の剣で弾きながら瞬時に体勢を整えた。
地に足を付ける彼の足元に、フィオナ、ナナ、ククル、ロランの魔法が放たれる。それに合わせてレオとリアが動く。
爆炎と水流、暴風と溶岩がルシファーを呑み込む。だが、彼は右腕を払うだけで四人の魔法を掻き消した。
「舐めるなよ、孤独の魔王」
背後から魔剣と聖剣を振り抜くと、ルシファーの双剣の刃で受け流す。
「片腕だが剛腕による刃、速度を乗せた刃……だが軽い!」
ルシファーは二人の刃を弾き返し、体勢を崩した二人に混沌の波動を繰り出す。
目前に迫る混沌の波動。だが、レオとリアには恐れの色が無い。
それもその筈だ、すでに仲間が動いているのだから。
周辺の温度が急激に下がり息白が口元から漏れる中、混沌の波動が氷塊に呑まれた。
「そんなんじゃ、レオ様とリアの首は取れないわよ」
イタズラぽく笑みを浮かべ、凍り付いた混沌の波動からアルティミアが三歩退がる。
するとザガーンとククルが拳を繰り出し、氷塊を打ち抜く。
打ち出された氷塊が迫る中、ルシファーは双剣でザガーンとククルに向けて撃ち返す。
その瞬間、ルシファーの表情は驚愕に染まった。
氷塊の影に隠れ、目前に現れたレオとリア。そして背後を取るマキアとアルティミアが、なんの示し合わせも無しに行動している事に、ルシファーは心の底から驚きを隠せずに居た。
たった二ヶ月でここまで連携ができるものなのか。違う、彼ら全員が合流したのはほんの一週間前だ。たったそれだけの期間でこれほどまでの連携を可能にできるのか。
疑問を浮かべる中、鋭い刃が四方から迫る。
ルシファーは混沌の壁を周囲に放つことで四人の刃を防いだ。
混沌の壁に火花を散らす刃。そんな中、レオが失った左腕を闇で作り出し不敵に笑う。
欠陥を補うべく形成された闇の左腕がルシファーの眼前に迫る。
「こいつならどうだ?」
レオは闇の拳を混沌の壁に叩き付け、衝撃を内部へ走らせた。
壁に生じる亀裂。しかしルシファーはそんな事はお構い無しに、双剣を構え鋭く回転を放つ。
遠心力と放出される膨大な魔力を加えた刃が竜巻を作り出し、ルシファーの周囲を囲んでいたレオ達が弾き飛ばれる。
弾かれるレオ達と入れ替わるように、四属性の魔法がルシファーに着弾した。
魔法が翼に傷を付け、僅かにルシファーの肉体に痣を付ける。
「致命傷には至らぬ魔力、消えない闘志……貴様らは何のために我に刃向かう? 人間にそこまでして守る価値が有るというのか?」
そんな彼の言葉にレオはため息を吐く。
「俺の計画のためには貴様は邪魔だ、ただそれだけのこと」
「レオはああ言ってるけどさ、私は魔族と人間、そして天使との共存のためよ!」
今回の一件で天使とも短いながらも手を取り合えた。例えそれがルシファーの引き起こした事件の結果だったとしても。
ルシファーは此処で討たなければ犠牲者が報われない。
「共存……共存か。人間が共存を語るか……貴様らは共存相手をいずれ優位に立とうと蹴落とす。……寿命の違い、絶対的な魔力の差から始まった魔族と戦争を引き起こしたのは誰だ? 他ならぬ人間ではないか、あんなにも手を差し伸べたというのになぁ?」
邪悪に嗤うルシファーにレオは静かに語り出した。
「……ある日、突然長寿の男が現れそいつを長寿だから受け容れろ。なんて簡単に理解も納得がいく筈が無いだろ。……だから俺を理解するためにセオドラは"言葉"で語り掛けたんだよ」
そこからが魔族と人間の始まりだった。最初は人間が武力に訴えるのならば害することも視野に入れていたのも事実。
だが、結果的にセオドラは言葉で語り、魔族の理解を深めようと努力した。だから魔族のレオも人間を理解するために努めた。
なんて事は無い、他愛のない話から始まりいつの間にか、互いの夢を語り合う間柄、友になっていた。ただそれだけのこと。
「お前は人間の何を理解しようとした? 生物が生きるために他生物を蹴落とすのは当然だ」
「……生物の生命さえ弄び、自分達が神である如く振る舞う傲慢な人間の何を理解しろと?」
「やれやれ、貴様も神に至ろうとしているだろうに」
結局のところレオは、ルシファーに共感もできなければ理解を示すこともできない。
何故なら彼は寄り添った者達を、信じた者達でさえ切り捨てのだから。
「全ては神に至り、新人類を創生するための計画に過ぎん」
「傲慢な考えね、それは人間と同じよ」
「ぬかせ」
ルシファーはリアの放った一言が気に食わなったのか、彼女の目の前に転移すると双剣を振るった。
しかし、リアは迫る刃を難なく弾き返す。
「あんたの様に剣に魔力を上乗せして、重さと鋭さを増すけど……弾くのは簡単よ」
聖剣の柄を掌で回し、左薙にリアが聖剣を振るう。そして刃がルシファーの腹部を斬った。
鮮血が玉座の間に舞った瞬間、空間が混沌に呑み込まれる──