ルシファーによって放たれた混沌が玉座の間を呑み込んだ。
無事な身体にリアは、状況を理解しながら周囲に視線を向ける。
隣に立つレオとアルティミア、少し離れた位置に居るナナ、フィオナ、マキア、ザガーン、ロラン、ククル。全員無事な姿に安堵の息が漏れる。
「リア、まだ安心するには速いぞ」
「うん。ルシファーは何処に?」
「この空間内に居る事は確かよ……背後に気を付けて、また魔力を奪われたら嫌でしょう?」
それは嫌だ、とリアは頷きながら周囲に警戒を向ける。
確かにルシファーの魔力は、この混沌の中から感じるが肝心の姿が見えない。
足場も壁も全てが混沌だ、一体どこから攻撃が繰り出されるのか。
警戒を浮かべる中、一部だけ空間の揺らぎが見える。注意深く観察すると揺らぎが次第に膨れ上がり、
「みんな気を付けて!」
全員に警告を飛ばす。
すると、何も無い虚空からこちらに向かって斬撃と混沌の炎が放たれた。
虚空から飛来するルシファーの斬撃と魔法を、リアは素早く駆け出し避ける。
同様にレオとアルティミアが斬撃と魔法を弾きながら、空間の揺らぎへ駆け出し刃を振るった。
二人の斬撃が空を空振り、嘲笑うかのようにレオとアルティミアの背後に混沌の雷が放たれる。
「《二人に鏡の護りよ》」
素早くナナが反射魔法──【リフレクション】を二人の背後に発動させ、混沌の雷を撃ち返す。
だが、ルシファーが放ったと思われる混沌の雷さえも空間に消えていき、何も起こす事も無く空振りに終わった。
魔法が放たれた場所にルシファーが居るとは限らない。
何処に姿を消しているのか、リアは上を見上げ聖剣を構える。
宙からこちらを見下しているかもしれない、一か八か。
リアは魔法技──【洸斬】を宙へと放つ。
孤を描いた斬撃が宙へ飛ぶ。しかし【洸斬】は真っ直ぐと宙を飛ぶだけで、やがて空間の揺らぎに吸い込まれていった。
「……アルティミア、お願い!」
「任されたわ」
アルティミアが足幅を一歩分広げ、蒼天氷雪を構えた。そして一呼吸から刃を振り抜き、一閃が空間を斬り裂く。
斬り裂かれた混沌の空間の裂け目が生じ、そこから玉座が見える。
だが、空間の裂け目は僅かな時間で閉じてしまい、アルティミアが息を吐く。
「ちょっと一人逃すのも無理そうね。空間の修復が想像以上に速すぎるわ」
「成る程……ロランよ、そちらは如何だ?」
ロランの方に視線を向けると、彼らは魔法を周囲に放ち様子を確かめていた。
ロランは肩を竦め、息を吐く。
「魔力の無駄遣いだな」
「手応え無しか……さて、困ったな」
レオはそんな事を言うが、あまり困っているようには見えない。
唯一の突破口がアルティミアの斬撃、それともいっそのこと全方位に全員の攻撃でも放てば何か起こるのだろうか。
「みんなで全方位に仕掛けて見る? ルシファーが何処に居るのか分かんないしさ」
「そうだな、物は試しだ。全員リアの下に集まれ」
レオの言葉一つで全員がこちらに駆け付ける。
リアは聖剣に光を集わせ、レオが魔剣に闇を集わせる。
リアとレオ、マキアが斬撃を放つと同時に、アルティミアが【氷槍】を、ザガーンが【フレア】を放つ。
それに続くようにロランが【メギド】を、ククルが【テンペスト】を、そしてナナが【アクアストーム】を放った。
全方位に放たれた攻撃が、膨大な魔力が弾け反発しし合う。その結果魔法が大爆発を引き起こし混沌の空間に亀裂を生み出す。
そんな時だった、ルシファーが虚空の揺らぎから漸く姿を見せたのは。
「……絶望的状況であっても抵抗するか」
「やっと姿を見せたわね!」
ルシファーに聖剣の剣先を向けると、彼は深い笑みを浮かべ手を挙げた。
すると、こちらの周囲を囲むように魔法陣が現れ、魔法陣から赤黒い矢が飛ぶ。
リアは飛来する赤黒い矢を弾き、周囲に目を向ける。
既にそれぞれ矢に対する防御へと移っている。ならばと、リアはレオに視線を送る。
このまま矢を弾きながらルシファーに突っ込む。そう、目で合図すると彼は笑った。
矢を弾きながら、リアとレオは同時に駆ける。
ルシファーに向けて駆け出す中、矢が頬、足、腕を掠める。足を止めれば矢の集中放火によって死ぬ。一度足りとも足を止めてはダメだ。
駆け出しながらリアは聖剣を振るう腕を止めず、確実にルシファーとの距離を詰めて行く。
絶え間なく飛来する矢が、徐々に速度を増していく。それに合わせてリアは、更に聖剣を振るう速度を速める。
隣に眼を向ければ、レオが片腕で魔剣を振るっている。それでもこちらの繰り出す剣速より上だ。それも同然かもしれない、彼は元々片腕で剣を振るうのだから。
混沌の矢を弾き続ける中、ルシファーが指を動かすのをリアとレオは見逃さなかった。
瞬間、二人は同時に左右に弾け、後方から飛来する矢を避ける。
「ほー、不意打ちを避けるか」
「当然だ、前方からの集中放火から不意打ちを加える方が実に効果的だからな」
リアはちらりと後方に目を向ける。矢の注意が全てこちらに向かっている。
ナナ達に魔法陣の脅威が無くなり、彼女達は既に魔法の準備へと移っている。
ならば、とリアは【縮地】を駆使し、魔法陣を抜けルシファーの背後を取る。
こちらに眼を向けるルシファーと視線が合い、リアは微笑んだ。
「これならどう!?」
振り返るルシファーに【洸滅斬】を放つが、彼の双剣によって防がれてしまう。
火花が散る中、ルシファーは背後から魔剣を振るったレオに対して、彼の腹部に混沌の炎を叩き込んでいた。
弾かれ三度混沌の空間を転がったレオは、すぐさま体勢を整えルシファーへ駆ける。
リアは彼の動きに合わせ、聖剣を袈裟斬りに放つ。
だが、ルシファーの双剣によって聖剣の刃が弾かれ、鎧に魔力の衝撃が襲う。
「かはっ」
鎧が砕け内部に生じる圧力に血反吐が出る。
身体が弾かれながらもリアは体制を直し、反撃とばかりに斬撃を飛ばし、地を蹴り再度ルシファーに駆ける。
聖剣を右薙に振るい、レオが合わせるが如く左薙に魔剣を振るう。
それに対してルシファーは、二本の剣をそれぞれ交差させ受け止めた。
刃が軋む中、レオが左掌をルシファーの腹部に向け、
「仕返しだ……【ダーク・フレア】!」
禁断魔法──【フレア】に闇属性を加えた魔法がルシファーに爆発を与える。
「ごはっ」
ルシファーは爆発の威力と闇の侵蝕に血反吐を吐き、生じた隙に更にレオは畳み掛ける。
溢れ出る闇の魔力を魔剣の刃に乗せ、重く鋭い一撃を唐竹からルシファーに叩き込んだ。
衝撃に怯むルシファーにリアが動く。
「【洸滅波斬】!!」
光の魔力を最大に解き放ち、光輝く洸刃──奥義【洸滅波斬】を聖剣ゼファールに宿す。
光輝く洸刃をルシファーに、右薙、左薙、唐竹から三度の斬撃を放ち、そのままの勢いから鋭い回転斬りを繰り出し、ルシファーの肉体を薙ぎ払った。
ルシファーの鮮血が舞い、ナナ達の方へ吹き飛ぶ彼に対し、彼女達は準備していた魔法を一斉に解き放つ。
炎、風、土、水、氷属性の魔法による集中放火を受けたルシファーは、地面へとその身体を叩き付けられた。
しかし、それでもルシファーは立ち上がり、消耗したザガーン達が距離を取る。
リアとレオが同時に【縮地】でルシファーの背後から、聖剣と魔剣の刃を突き放つ。
鈍い感触が手に感じる中、二人の刃がルシファーの心臓を魔核ごと貫く。
聖剣と魔剣を引き抜くと、
「……なぜ我は負けた……何が足りない?」
血反吐を吐かながらこちらを振り返り語り出した彼に、レオが静かに答えた。
「お前に足りなかったものは他者を信じる心だ……お前がアザゼルを切り捨てず、サタナキアに魔王城の防衛を担当さていれば結果は、お前の勝ちだったろうな」
そうだ。ルシファー一人を相手に八人がかりで挑み、なんとか掴みとった勝利だ。
もしも、この場にルシファーの仲間が一人でも居れば、仲間の誰かが命を散らし、仲間の死に対する動揺から崩壊していただろう。
アガリアレプトが何故ルシファーの加勢に現れないのか不思議だが、もう彼は助からない。
「どうして一人で、全部やろうとしたのよ」
「……だ、れも……信じ切れなかった、我の弱さ故よ」
彼がそれだけ言うと、ルシファーの肉体が灰になり崩れていく。最後の彼の表情は寂しそうで、後悔と敗北を受け入れた複雑な感情が現れていた。
ルシファーが死亡すると同時に混沌の空間が晴れ、玉座の間が視界に広がる。
「……力の代償か」
ぽつりと呟くレオに、ナナ達が戦闘の疲労から地面に座り込んだ。
「あらあら、もう疲れたの?」
「最後に限界以上に魔力を込めたから、ボクはもう魔力切れだよ」
フィオナが見下ろすアルティミアに笑みを浮かべると、玉座の間に一人の魔族が駆け込んで来る。
まだ戦争は終わらない。そう示すかのように、魔族が緊張を宿した顔で、
「魔王様! フェルエナの騎士団が都市の目前まで迫っております!」
「……そうか」
「ですが、現在騎士団と天使の方々が彼らを止めている状況です!」
アンドレイ王子とミカエルが時間を稼いでいる。
レオとリアは互いに視線を向け、同時に距離を取る。
「良いな、殺すつもりで来い」
不敵な笑みを浮かべ、闇の魔力を解き放つレオにリアは微笑む。
「ええ、これが最後の決着よ」
彼の期待に応えるべく、リアは光の魔力を解き放った。
仲間達と四魔将軍が見守る中、二人は同時に駆け出した──延期された決着を付け、明日を迎えるために。