白鯨海賊団が島を出航してから早くも三日が経過した。
晴々とした天気、穏やかな風が帆に促進力を与え、順調な航海が続く。
そんな中レオは帆を見上げ、
「……やはり自然の風は魔法よりも良いものだな、冷たくも無い穏やかな風が実に心地良い」
感嘆の息を漏らした。
「魔界の風は、身を凍らせ幼子に死を与えますからね」
足下のペンゾウが穏やかな風に目を細めながら、故郷とは大違いだ、と羽を振るった。
ペンゾウの言う通り魔界の風は、肺を凍り付かせ体温を奪う。
「ゆえに魔族は丈夫に育つのだが……やはり幼子が死に行く姿を見るのはな」
「だから魔王様はドームを建設したのでしょう? 火と風で内部に熱を一定量留める施設……いえ、都市を」
一つのドームを建設するにあたり、障害となるのが魔界貴族だ。
魔界の強者は弱者を庇護する者も居るが、それは少数派であり大半は弱者がどこで野垂れ死のうが構わない。
魔界貴族などと呼ばれる古い家柄に高い魔力を持った魔族が、当然弱者に金と資材を提供する筈がなく建設に猛反発した。
弱者に金と資材を割く利点が有るのか。そんなことよりも領地の魔族に金と資材を割いた方がまだ建設的だ、と。
「アレは百九十八年も前の事でしたね、魔王様が刃向かい謀反に走った魔界貴族達を血祭りにあげたのは」
ペンゾウの言う血祭りは少々語弊が伴うが、レオにとってそれは些細な事柄でしかない。
「一部貴族勢力が軍勢を率い謀反に出る事は察知していたからな、都合が良かったから叩き潰したまでだ」
「……未だ謎なのですが、なぜ魔王様は魔界貴族の謀反を事前に??」
ペンゾウは同族内で噂話として語り継がれた事を思い出し、思い切って尋ねた。
「……………」
長い沈黙にペンゾウから冷や汗が流れる。
癇に触ったのかと、恐怖心に身体が震える。
しかし恐怖心よりも好奇心が打ち勝ち、沈黙するレオをジッと見上げた。
ペンギン族内の噂では、普段から注意深く貴族の動向を探っていた。優秀な間者を従えている。魔王ともなれば魔法一つで敵の思考を読める、などなど。
ペンゾウは優秀な間者を従えている、という噂が尤も有力説だと考えていた。
しかし魔族は誰しもが曲者揃いであり、自身の力に絶対の信頼を置き真正面から敵を叩き潰す事を好む。
策を弄するより力で策を尽く打破るのが魔族だ、だからこそペンゾウの長年の疑問が未だ晴れない。
「……………ふむ、気になるか?」
長い沈黙の末、ようやく吐き出された言葉にペンゾウは眼を輝かせる。
漸く長年の疑問が晴れるのか、海賊生活を送る傍らずっと気になっていた疑問が魔王自らの言葉で解決する。
そう、ペンゾウは意気揚々とレオに耳を傾ける。
「お前も知ってると思うがな、四魔将軍のアルティミアとロランは魔界貴族である事を」
着物と呼ばれる和装を着こなし、蒼天の刀身を持つ刀と氷属性魔法を扱う雪羅族の長──アルティミア。
魔王レオと同じ種族の産まれで、珍しく智略を武器に敵を追い詰め最後には、自身の魔力で打ち倒す事を好む狐顔の魔人族──ロラン。
誰しもが知る魔界貴族の中でも伯爵の地位を持つ貴族であり実力者だ。
それこそ先代魔王と苛烈な覇権争いを繰り広げだ程に。
「まさか彼等が内通者だったと? 同じ魔界貴族の身でありながら? いえ、ロラン将軍なら魔王様と種族が同じですから肩入れしても可笑しくはないですがね」
力で捻じ伏せる事を至上の喜びとする魔界貴族が、魔王に内通とは意外だとペンゾウは思う。
「……アイツとは同族では有るが同族以上の意味は無いさ。まあ、話を戻すとだな二人は内通者では無いが、放置したところでアルティミアとロランによって謀反は防がれただろう……だが俺は魔王だ、魔王である以上、俺に謀反を起こすのならば全力を持って迎え討つのが礼儀だ」
魔王としての礼儀を語るレオに、ペンゾウは心から震え、
「流石魔族の頂点に君臨するお方ですね……!」
歓喜の声を漏らし、満足気に船内に歩き出すのだった。
立ち去るペンゾウの背中をレオは仮面越しから見送り、
「……結局ペンゾウは俺がなぜ謀反を察知したのか知らないままだったな」
レオは小さく呟き、ペンゾウがその事に気が付き悶々とした日々を送る事に小さく笑みを浮かべた。
ふとレオは本来の役割を思い出し、周囲に眼を向ける。
「……居心地良さに警戒を怠るところだった」
視界に広がる海原、怪しい影は無く島の姿形も見えない。
海中なら魔物が居るが、海の魔物は大型の船は襲わないらしい。
襲って来るとすれば大物だと船員から聞いた言葉を頭の中で反復させ、水面に眼を向ける。
緩やかな波、時折海中から覗き見る魔物の姿。
太長く爬虫類の眼が特徴的な魔物に、レオは記憶した図鑑から情報を掘り起こす。
「あれは……確かシーサーペントか。元々は未確認生物の総称だったが、リヴァイアサンの存在が確認されてからは、あの魔物の名として定着したという話だったか。
味は……確か最悪で食う事も憚れるほどと記されていたな」
そこそこ大きいシーサペーント。討伐して魔核を得られれば魔力の足しにはなる。
足しにはなるが、今の自分は白鯨海賊団の客人という立場だ。
シーサペーントが襲って来る気配が無い以上、自ら刺激して戦闘に持ち込むのは違う。
魔王以前に立場を弁えなければならない。
レオが、『お前に用は無い』、とシーサペーントから視線を外すと、それは突如起こった。
突如風が止み濃霧が発生して海賊船を呑み込んだのは、一瞬であり前兆も無い不自然極まりない現象だ。
「……濃霧が発生するには不自然、何者かの魔法か? 何か人体に悪影響が出る類いか、いずれにせよ船長に報告が先決か」
レオが船長室に向かうべくその場所を立ち去ると。
「………」
濃霧の中に映し出される影が──レオの背中を見つめていた。