魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 濃霧に呑み込まれた海賊船は停泊し、レオから報告を聴いたグランバが訝しむ。

 

「……無風に突然の濃霧発生か」

「俺は海に詳しくは無い、船長ならば何か知っているのではないか?」

「知っているさ、オレに限らず船乗りなら誰でもな」

 

 船乗りの間で有名なお伽話が有る。

 数多の海域、世界広しとは言え必ず何処かの海域で起こる怪現象。

 魔法による物、自然現象の一種、魔物の仕業と噂れる中、その現象は必ず何処かの海域で一箇所だけで起こる。

 海上を進む船を突如何の脈絡も前兆も無く濃霧が包み込み、船はおろか船員が行方知れずとなる古い言い伝え。原因不明で起こる現象に船乗りは濃霧を恐れたと云う。

 しかしそれは過去の話であり、現在では濃霧から生還したとある船員が、

 

『霧の中で美しい女性が船ごと攫って行ったんだ』

 

 恐怖に顔を歪ませ語った事から、【ミスト・レディ】と呼称された現象だ。

 グランバから話を聴いたレオは吐息を吐く。

 

「魔物か悪霊の類いか、前者なら対処は簡単だが悪霊は厄介だな。……連中は生者の魂を喰らい、悪霊に魂を喰われた者は悪霊と成り果て、肉体はグールとして蘇る」

「ああ、実に厄介だ。一人が悪霊に魂を喰われちまえば、そいつは倒すべき魔物に成り果てるが……オレ達人間は頭で理解してるが、仲間だった者を手に掛ける事に躊躇しちまう」

「……それが人間の脆さでは有るが美徳でも有る」

 

 敵であれば殺し、時には生かして利用する。

 味方であれば利用する。

 そこに善悪の価値観も情もない種族が魔族だ。しかし稀に突然変異か何かで人間の様に甘い気質を持つ魔族も少なからずいる。

 例として挙げればザガーンが当て嵌まるだろう。

 彼と比べて魔族の情の無さにレオは小さく息を漏らす。

 情や愛情を知らない、故に魔族という種は長くは無い。いずれ闘争の果てに種は滅びるだろう。

 

「魔王のお前は、仮にオレ達が悪霊と成り果てたならばどうする気だ?」

「……"魔王として殺す"。躊躇いも慈悲も無く問答無用で殺すさ。魔物と成り果てた者を情で生かせば、生き残った者に被害が出るだろう? ならば民を守るためならば情けはかけない」

「魔族の様に即答できる判断力が有れば、どんなに気が楽か。まあ、オレも海賊の船長だ、そんな事態に陥れる様な真似はさせない」

「では船長としての采配に期待しよう。……それで俺は何をすれば良い? 魔核を砕き魔法で濃霧を散らすか?」

「濃霧の発生原因が分からん以上それは避けるべきだ。お前とリアにとって魔物の魔核は生命線だろう? そんな貴重な物を無駄違いさせるほどオレ達は弱くはない」

 

 ニヤリと猛将な笑みを浮かべるグランバにレオは仮面の下で邪悪な笑みを浮かべた。

 

「ならば」

「ああ、【ミスト・レディ】の討伐を白鯨海賊団が成そうじゃあないか……!」

 

 覇気が宿った声が船長室に響き渡った。

 

 

 グランバの指示で船員は戦闘態勢を整え、甲板に一塊に集まる。

 何処から来るかも判らない敵に、一箇所に集まり奇襲に備える。

 そんな時だった、無風の中で勝手に船が動き出したのは。

 

「状況確認! 報告!」

 

 グランバの一声にペンゾウが海中から飛び上がり、甲板に着地した。

 

「あ、姿が見えないと思ったら海中に居たんだ」

 

 リアの声にペンゾウは小さく頷き、グランバに告げる。

 

「海中に異常無し、魔物の姿形もありやせん」

「ミスト・レディの姿は確認できたか?」

「それもありやせん……船は何処に向かって?」

「根城か、それとも恐怖心を煽るためか。いずれにせよ警戒は怠るな、油断が命取りとなると知れ」

 

 船員に振り返り、グランバの鋭い声が響く。

 

 レオは密かに懐の魔核に手を忍ばせ、リアに視線を向けた。

 

「ん? 何か言いたげな感じ……ああ、うん、理解したよ」

 

 仮面越しに一体どうやって意思疎通を交わしたのか。近場の船員が呆気に囚われていると、

 

『うふふ、ふふふふ』

 

 濃霧の中から透き通るような女性の声が周囲から反響した。

 何処から発している声なのか、濃霧の中では姿が見えず船員は恐怖に顔を歪めしきりなしに周囲を見渡す。

 

「カトレ、笑ったか?」

「あたしじゃないよ、リアじゃないのかい?」

「私でも無いわよ。あれね、レオが仮面越しなのを良い事に声真似で悪戯してるのよ」

 

 物怖じしない三人の言葉に、グランバが吹き出し、次第に船員達が釣られて笑いはじめる。

 こんな状況で洒落を言うのだから、船員達の張り詰めた緊張と抱える恐怖心が自然と和らぐ。

 すると、冷たい風が周囲一帯に吹き荒れた。

 

「……ねえ? ミスト・レディは何がしたいのかしら」

「恐怖を与え十分愉しんだ後に一人一人喰らう算段か」

「うーん、そもそもミスト・レディってなんなの? 魔物、悪霊って言われてるけど元々はなに?」

「……ふむ、何か知らないか?」

 

 リアの言葉にレオが全員に問い掛けると、全員一様に首を傾げた。

 グランバでさえ、ミスト・レディがそもそも何が原因で誕生した悪霊か理解していなかった。

 

「……そういえばミスト・レディに関してはお伽話として語り継がれているけど、何がどの様にして誕生したのか全然判らないわね」

 

 過去に船乗りが襲われ被害が出ている以上は敵意が有る。

 しかし一向に襲い掛からないのは何故か。

 

「悠長に話している場合では無いが……ここには魔王と勇者が居る、つまり悪霊にとっては極上の餌に見える訳だが……」

 

 そもそもミスト・レディは本当に悪霊なのか、と疑問が芽生える。

 それぞれが疑問を抱える中、ミスト・レディがその日に姿を現す事は無かった。

 


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