魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

18 / 125
2-7

 船長室では静かな空気が流れ、ミディアが息を呑み込んだ。

 フルフェイス仮面のレオが壁際で佇み、船長椅子に座りこちらを見下ろすグランバに、ミディアは怯えた。

 

「何もとって食おうってわけじゃないんだぞ?」

「船長、流石にそれは無理がある。俺達を前にして年端も行かない少女が対面してうまく話せると思うのか」

 

 厳格に努めるグランバにレオは、呆れ混じりに肩を竦めた。

 事実、呼び出されたミディアは肩を震わせ怯えているのだから、明らかに悪人はこちらだ。

 

「それでもだ。船長としてミディアに聴いておかなきゃなんねえ。こっちは船員の命を預かる身だ、お前も理解はしてるだろう」

 

 立場上そうせざるおえない。例えそれが少女に不安を抱かせ、怯えさせることであっても。

 たった一人の少女と船員五十二名の生命。優先すべきはどちらか。

 誰一人取りこぼさい選択が取れるのなら、そうした事に越したことはない。

 だが濃霧と記憶操作の痕跡から、誰かを疑う他に方法が無いのも事実。

 レオは状況と立場に理解を示した上で、事の成り行きを黙認することにした。

 

「……ところで……俺は必要か?」

 

 黙認することにしたが、これだけは問わなければならなかった。不要であれば船内の清掃に移りたい。

 

「お嬢ちゃんは随分とレオとリアに懐いている印象だったからな。それにな? オレは強面だ、お嬢ちゃんを泣かせない自信がねえんだよ」

「なるほど、一定の配慮だったか」

 

 グランバの配慮を無駄にしないためにも、レオはフルフェイス仮面を取り外し脇に抱えた。

 感嘆の息が漏れ、グランバとミディアは勿体ないと言いたげな眼差しをレオに向ける。

 そんな眼差しを向けられた所で対応に困るし、人間と無駄な争いを避けるためには仕方ない処置だ。

 

「……先ずお嬢ちゃんに聴きたい。お嬢ちゃんはいつからこの船に乗船した? その経緯を教えてくれ」

「……忘れちゃったの?」

 

 哀しげな声にグランバの眉が深まる。

 ミディアの哀しそうな表情がグランバの良心に訴えかける。

 どうして年端も行かない少女にそんな事を訪ねるのか、と。

 

「……忘れたってよりは記憶に大分食い違いがある。それが一人だけならまだしも全員だ、全員が記憶に食い違いがあるってのはおかしな話だろ? だからお嬢ちゃんの疑いを晴らすためにも教えてくれ」

「……………うん、いいよ。わたしが乗船したのは去年の春だよ。白鯨海賊団が海賊船から救い出してくれたのを憶えてる?」

 

 去年の春。確かにグランバには少年少女を海賊船から救出した記憶が有る。

 しかし八人居た少年少女の内七人は、家族の下へ帰した。残りの一人は元々病を患っており、適切な治療が間に合わず船内で静かに息を引き取った。

 だからあの時救出した少年少女は誰一人この船に乗船している事は無い。

 グランバは眉を寄せ、ミディアの正体に行き着く。

 

「お前はまさか……まさか、あの時のお嬢ちゃんか」

「うん……()()()()()()()()()()()()()

 

 正体が判明したミディアの体が先程までとは違い、人の身体から霊体へと変貌した。

 彼女の姿にレオは尋ねた。

 

「悪霊の類い、には見えないが……」

「ううん、海上で不幸な死因を告げた子供達ってね、ある悪霊に取り込まれる。わたしはその悪霊から零れ落ちた僅かな欠片」

「悪霊の中に僅かに残った善意……いや、清らかな霊魂と言うべきか。オレはその方面に明るくは無いがな……しかしその悪霊には覚えが有るが、どういうわけか思い出せねえ」

「あの悪霊は記憶を弄って、近付いて魂を食べちゃうから」

 

 その悪霊は一体なんなのか。レオが口を開きかけたその時だった。

 バン! と勢いよくドアが開かれ、リアが手記を片手に、船長室に乗り込んで来たのは。

 三人の会話を船長室の外から聴いていたリアは、ミディアの姿に驚きはしたものの、彼女に微笑んだ。

 

「その悪霊ってミスト・レディで間違いない?」

 

 そしてリアは、昨日から今日に至るまでの日記を指し示すと、そこには確かにミスト・レディに付いて書き記されていた。

 濃霧の発生原因と警戒態勢に入った事も全て。

 

「……記憶を弄られたが、文字による記録は弄れなかったのか」

「アレはそんな生易しい悪霊じゃないよ?」

 

 レオとミディアの言葉にリアは胸を張った。

 

「ふふん! 私の羽ペンはフィオナのお手製でね、この羽ペンで書き記した記録を捻じ曲げることは不可能なの! 詳しくは知らないけど!」

 

 レオは一眼でその羽ペンに事象防護魔法が施されている事に気が付く。

 高度な魔法であり、あらゆる事象干渉から護る事に特化した概念結界の一つ。

 しかしその羽ペンで書く事で発動する様に限定的な呪文が施されているため、効果はほんの一部に過ぎない。

 だが人間が事象防護魔法を発動させるには、消費魔力があまりにも凄まじく実用性に向かない。

 だから彼女の仲間フィオナは、魔力消費そのものを抑え、"羽ペンで書いた文字に限定させて"事象防護魔法を発動させたのだ。

 

「……是非とも魔王軍に欲しい人材なのだが」

「ダメよ、あの子は私の大切な仲間なんだから!」

 

 威嚇するリアにレオは、ここは本人と直接交渉すべきと考え、グランバに目を向ける。

 

「……ああ、そうだ! そうだった! ミスト・レディ! オレ達はヤツを警戒していた!」

「ソイツを倒せば万事解決ってこと? ただ倒せばいいの?」

「うん、魔法で倒せるよ。……もうミスト・レディに誰かの魂が食べられて壊滅していく様を見たくないの。だから、あの子達を終わらせてあげて」

「……あの子達を、か。……つまりミスト・レディは子供達の無念を喰らい取り込んでいると認識していいのだな」

「うん、レオは賢いね」

 

 儚く微笑むミディアの姿に、レオは口を閉ざした。

 

「ん? なんの話かは知らないがお嬢ちゃんは、ここで隠れていなさい」

「うーん、違和感は有るけど、一先ず目先の事を解決してからだね。ミディア、大人しくしててね」

 

 グランバとリアが、ミディアに此処に隠れている様にと言い含めると、二人は船長室から駆け出した。

 

「……お前はそれで良いのか?」

「良いんだよ。これで、良いの」

 

 先程までの元気な笑顔は無く、今のミディアには感傷と薄れゆく体だけ。

 一度悪霊に取り込まれた霊魂が零れ落ちるという事は、その時点でミディアの魂の僅かな残りでしかない。

 

「……疑いを持ち接したことはすまなかったな」

「それはもう良いんだよ。レオ達があの悪霊とわたし達に気づいてくれたから」

 

 彼女を救う方法はもう無い、彼女は既に死を迎え魂を悪霊に取り込まれた。

 万能と謳われる魔法を持ってしても、死者を蘇らせることは出来ないし、時間を遡る事も不可能。

 例え女神であろうとも、それは絶対に覆せない万物の法則。

 

「そうか。……"向こう"では達者でな」

「うん、リアによろしくね」

 

 彼女に別れを告げたレオは、船長室を立ち去る。悪霊を自らの手で討ち取るために。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。