魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 グランバの一声で船員が甲板に集うと、濃霧の中から一人の女性が甲板に降り立つ。

 

「今日はご馳走よなあ」

 

 貴婦人の様な服装にスラッとした手足、身長が百六十程度。

 だが船員はその人物の素顔に息を呑んだ。

 

「こ、こいつが!? こいつがミスト・レディなのか……!!」

「お頭から粗方話は聴いたが、よくも記憶を改竄してくれやがって!」

「コイツを倒せばミディアは救えるんだな! やってやる、やってやるぞ!」

 

 猛る海賊達が各々の武器を携え、リアも彼ら同様聖剣ゼファールを抜刀した。

 あとから遅れて甲板に到着したレオが、興味深げな眼差しを向ける。

 

「ほう、噂とは存外宛にはならん様だな。……あの骸顔の何処が美しい女性と言うのか」

 

 レオは魔剣フェルグランドを構え、左掌で魔核を遊ばせる。

 

「レオ、やるんなら共闘でしょ?」

 

 リアの言葉にレオは、首を横に振った。

 それは明確な拒否であり、共闘はしないという意思表示には充分な効果がある。

 

「……一人で倒すつもり? そうするだけの理由があるの?」

「……あるとも、記憶を改竄された。魔王として充分過ぎる程の理由だ。故に自らの手でアレを滅しなければ気が晴れん」

「あら一体何を考えてる? あたし達の手を借りずに魔核を消費してアレを倒すのに、一体何の意味があると言うのかしら」

 

 カトレの言葉にレオは、仮面の下で笑みを浮かべる。

 魔核を消費する意味など無ければ、グランバ達だけで充分対処可能の範疇だ。

 しかしそれは、真実を未だ知らないからだ。

 真実を知ったところで多少の犠牲で済むが、それではあの少女が報われることは無いだろう。

 

「その意味は俺が決める事だ。どんな誹りだろうとも甘んじて受けよう」

 

 その言葉と同時にレオは、ランドタートルの魔核を躊躇なく砕く。

 魔核の魔力を体内に取り込んだレオから、闇の魔力が溢れ出す。

 魔力の回復により魔剣フェルグランドの錆が取れ、漆黒の剣身がわずかに蘇る。

 

「半分も回復してないのに……この威圧感は、恐ろしいわね」

 

 魔王の威圧感が周囲に解き放たれ、海賊達が戦慄した。

 アレでまだ半分も回復していない。現時点でグランバと同等の魔力だと云うのに。

 それでも半分以下となれば、全快時は一体どれだけの魔力量なのか。

 海賊達はレオの威圧感から、巻き込まれない様に退がるほかになかった。

 

「……船長として不甲斐ないが、ここは任せていいんだな?」

「うむ。だが、ミディアの守りは頼んだ」

「野郎ども聴いたな? オレ達の仕事はかつて救えなかった少女の魂をあの悪霊から守ることだ!」

 

 グランバの掛け声に海賊達が武器を天高く携え叫ぶ。

 

「「「「うおおおおおー!!」」」」

 

 海賊達は素早く船内の入り口に守りを固め、魔力防壁を張り巡らす。

 

「これなら多少暴れても被害は無いだろうが、炎は使うなのよ?」

「……木造とは難儀なものだな」

 

 レオはゆっくりと魔剣フェルグランドを片手に、ミスト・レディに歩み寄る。

 リアの目には彼の後姿が何かを決意した者の背中に見えた。

 それは目の錯覚か、それとも彼は何かを決意ているのか。

 レオの様子がおかしいのは、甲板に来てからだ。一体ミディアと何を話し、何を隠しているのか。

 しかしレオは、それに決して答えようとはしない。

 共闘の関係では有るが、隠し事を共有できないのはお互いに、まだ信用できないからだ。

 元々敵同士。それも仕方ないが、リアから深いため息が漏れる。

 

「レオ! 事情はよく分からないけど、何が有っても私はあなたを信用するわ!」

 

 それが例え取り返しの付かない事だろうとも。

 彼の背中が語る決意を信用することに、何の迷いもない。

 リアの言葉を背に、レオはミスト・レディとの距離を詰めた。

 

 

「さあ、喰らい尽くした子供達の報いを受けるがいい」

「報い? 報いですって? 弱肉強食の世の中で何を言うか! 子供の魂もお前達の魂も等しく妾の晩餐よ! さあ! 妾の僕よ、彼奴を喰らい尽くせ!」

 

 骸を軋ませ、濃霧の中からの二十ものグールを召喚し、更にミスト・レディが両掌から炎の塊を作り出す。

 燃え盛る業火、振り撒かれる火の粉が甲板に焦げ跡を刻む。放たれたら船の炎上は避けられないだろう。グールどもが殺到する中、そんな事を考えたレオは姿勢を落とした。

 歩法魔法技──【縮地】を駆使し回転を加えた一閃でグールどもを斬り裂く。そのままレオはミスト・レディの懐に踏込み。魔剣フェルグランドを右薙に一振り。

 闇の波動が業火を風前の灯火の如く掻き消し、咄嗟に左後方に跳ぶ彼女。

 しかし、それは悪手だ。広がる闇の波動を避けきれずミスト・レディの右腕を呑み込んだ。

 

「うぐああああーッッッ!? 妾の腕がッ! 妾の腕がああッ!!」

 

 海賊達が異臭に眉を寄せ、目を疑う。

 そこにはミスト・レディの右腕が闇に溶かされ、零れ落ちる光景が映り込む。

 グールは数こそ多いがゴブリンに毛が生えた程度の強さ。レオが瞬殺したことに驚きはしないが、ミスト・レディの状態に海賊達は驚きを隠せない。

 

「溶かしちゃいまいやがった……リアちゃんは、アイツと死闘を繰り広げていたのか」

「そうだけど、レオの魔力属性は闇。炎と風も混ざってはいるけど、闇である以上は光属性で相殺可能だから何とか対抗はできるわ」

「そもそもレオの……アレは魔法なのか? 詠唱なんかしてないだろう」

「……無詠唱で魔力を節約してるみたいね。第一レオの扱う魔法は消費魔力が大きいものばかりらしいわ。ちなみに今のは魔法技──【常闇ノ溶波】ね」

 

 質問に答えたリアは静かに戦闘の様子を見定める。そんな彼女に海賊達は例に倣いレオを見つめた。

 魔王の力の一部、それを観れるだけでも意義が有る。

 

 

 喚き散らしたミスト・レディがレオを睨む様に、骸顔を向ける。

 眼球と表情筋が無いため、感覚的に怒りを露わにしていると判断するほかにない。

 レオは止めの一撃を放つべく、魔剣フェルグランドに闇を纏わせ上段の構えを取る。

 その時だった──

 

「ま、待て! 妾が消滅すれば残りカスの魂も同時に消滅するのだぞ!! 貴様らはそれで良いのか? 貴様らはあの少女を守ると言ったな? では、倒すべき敵はどちらだ!?」

 

 醜く惨くたらしい命乞いを吐き散らしたのは。

 ミスト・レディの言葉に海賊達は愚かリアに動揺が走る。

 その中で動揺せず敵を見据えていたのは、グランバ、カトレ、ペンゾウだけ。

 それも無理は無い。人間の優しさ、温かな光が僅かな時間とはいえ、ミディアに情を抱いた。

 脆さであり魔族には無い強さを誇る人間には、ミスト・レディと呼ばれる醜悪な化物を討伐させる訳にはいかなかった。

 討伐してしまえば、自らの手でミディアを消滅させた事実に彼等は悲観し嘆くだろう。

 ならばとレオは魔王らしく振る舞う。

 

「クハハハッ! だからどうした? 俺は魔王だぞ? たかが少女の霊魂の消滅程度、瑣事(さじ)でしかないのだよ……!」

 

 レオの言動に怯むミスト・レディに、彼は容赦なく唐竹(からたけ)を放ち、骸から四肢にかけて断ち切った。

 ミスト・レディの切り口から闇が溢れ出し、

 

「ああ……ああ! ……苦しい! なんだ、なんだこれはッ!? 妾の肉体が、消えて……い、いや……い、や、だ……」

 

 醜く悍しい悪霊は闇に抱かれ消滅して逝った。

 そして……船長室に居たミディアが微笑みながら、ミスト・レディの消滅と同時に消えて行く。

 

『皆、ありがとう』

 

 感謝の言葉を残しながら。

 

 

 濃霧が晴れ青空が現れる中、レオは魔剣フェルグランドを鞘に納め、ゆっくりとリア達の下に歩み寄る。

 

「……お前は知ってたのか? 知ってて……知ってて一人で倒そうとしたのか?」

 

 怒りよりも哀しみの感情を向ける海賊に、レオはそれで良い、と仮面の下で笑みを浮かべる。

 魔王は人間の憎まれ役として適任だ。魔王である以上、肯定すべき役割。

 しかし想定通りと行かないのもまた事実。

 

「ああ、ミディアの正体を知った際にな。……しかし怒り、

恨みをぶつけられると想定していたのだがな」

「……悪いけど納得はできないんだ。納得はできないけど、仮に自分だけ真実を知っていたら、魔王さんと同じ事をしてた」

 

 仲間と死者の魂、優先すべきは一目瞭然。仲間の生命だと若い海賊が語る。

 

「……他に方法は? ミディアちゃんの魂を船に定着させるとか、他に方法は無かったのかよ」

 

 死者の魂という事実から眼を背け、仮初めの救いに縋る者。

 実に人間らしい言葉にレオは、一つだけ事実を伝えた。

 

「あの子が俺達の前に姿を現した時点で、限界を迎えていたそうだ。遅かれ速かれ彼女の消滅は免れない。……救う救わない以前に詰みだ」

 

 詰む。それはミディアが病で亡くなってしまった時点で救う事が叶わない。

 海賊達はそれを理解した上で静かに嘆いた。

 

「……レオ」

 

 静かに背後から呼び掛けるリアに、彼は振り向く。

 そこには今にも泣き出してしまいそうな彼女の顔が映り込む。

 手を伸ばせば脆く崩れてしまいそうな儚い、まるでひび割れたガラス細工の様だ。

 少女一人に胸を貸すことも魔王としての度量、と、かつてアルティミアに言われた事が有ったが、魔王と勇者の立場ではそれも無理だろう。そうレオは仮面の下で苦笑した。

 

「……生憎と慰める事はできんよ」

「……別に敵でも有るレオに慰めて欲しくなんかないわよ」

「ではなんだと言うのだ? 生憎とお前の泣き顔を拝む趣味はないぞ? 泣くなら部屋で泣け」

「……分かんない。救えないのは仕方ない、理解してるけど、また一緒にお風呂に入ろって約束……守れなかったなあ」

 

 不甲斐ない自分に嫌気が差す。ミディアの消滅に最後まで気が付く事が出来ず、結果全てをレオに背負わせたことに。

 言葉にできない感情が複雑に絡み合い心中に渦巻く。

 カトレに言われた、『ミディアを殺す様な結果になった時はどうするのかしら?』、結局自分はその言葉に決意も決断も出来ず、勇者としても行動できなかった。

 

「そうか。……ペンゾウを抱いて泣くと良い、ペンギン族の毛は中々肌触りが良いからな」

「魔王様っ!?」

「うん、そうする」

 

 そう言ってリアはペンゾウを抱き上げ、

 

「えっ!? ま、魔王様ーっ!?」

「……それぐらいは構わんだろう」

 

 レオの有無言わせぬ言葉にペンゾウは諦めたのだった。

 

 


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