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【ミスト・レディ】の討伐から早くも五日の早朝。
白鯨海賊団はズレた航路の進路を戻し、バルディアス大陸に向けて船を進めていた。
この調子なら一度補給のためにメルディア島に上陸、その後一週間の航海でバルディアス大陸南部の港町に到着する予定だ。
リアは割り当てられた部屋で手記に羽ペンを走らせ、
「予定通りなら良いけど、皆は今頃どうしてるかなあ」
魔王城に取り残された仲間達の安否確認。そのためには騎士団の詰所に寄り、ルシファーの動向を含めた全ての情報を得なければならない。
大陸全土に何かしら混乱が振り撒かれている可能性だって否定できない。
「だけど、情報を得たとしても今の私達ではルシファーは倒せない」
魔力が回復しないこの状況を打開するためには、一度魔核研究所に向かう必要もある。
向かわないに越した事は無いが。マッドサイエンティスト達の姿に頭痛が起きる。
「……はあ〜、きっとまた身体中を調べられちゃうなあ。嫌だなあ、人類のためにと検査は受けたけど、私の魔核は別に特別でも何でも無いのに」
ギリガン王の命令なのだから従う他に無い。
勇者とは言うが、権力者の前には無力であり個々として力が足りない。
それでも貴族には、後ろ暗い証拠を突き付ける形で婚約の申入れを拒否した事もある。もちろん誰かの手を借りてだが。
勇者の立場が重苦しい。そう感じる事も時にはあって、それでも人々の笑顔が忘れられない。誰かに手を差し伸ばして助ける自分もまた誰かに救われている。
「うん、やっぱり笑い合える世界の方が良いよね」
いずれ魔族とも戦争が始まる前のように、互いに笑い合えればどんなに良いか。
しかし、結局の所は魔王か勇者、どちらか一方が倒れるまで戦争は終わらない。
仮に魔王レオを倒した所で新たな魔王が即位する。しかし聞けば魔王レオとは、魔族の中で並ぶ者は居ないという。
「ペンゾウの言葉を信じるなら、レオを倒せば魔族は大人しくなるのかな? でも元々は魔族は無秩序だった。けどレオの政策で今の秩序が保たれているとも言ってたわね」
今頃になって魔王レオを討伐することが間違いなのか。そう思わざるおえない。
レオは決して領内の人間を蔑ろにはしなかった。征服者としてか、魔族領内の人間には適切な職を与え、魔族が彼等に手出しする事を禁じていた。
魔族領内の人々が笑って暮らしている姿に、漠然と足元が崩れ去るような感覚に襲われた事もあった。
本当に間違っているのは人間の方で、侵略者は勇者一行である自分達なんだと。そう事実を語られたような感覚。
「……善悪の価値観は立場や見る者によって異なるとは聞いたけど、本当にその通りだったわ」
しかし結局の所、戦争を終わらす為には魔王レオを討つ必要があった。だからあの時決戦に臨んだ。
ふとリアは手を止め、
「……私の考えや想いは、他の人には見せられないわね。間違えてると知っていながら今はそれを正す事も、他の道を模索することもできないなんて……勇者に理想と夢を懐く人々にとっては裏切りよね」
真に両世界を平和に出来るのなら。その方法が今回の旅で見つかるかも知れない。
何せ魔界の王と共闘の関係には有るが、共に同じ道を歩んでいるのだから。
「三年前のようにお互いの立場を知らない状況だったら……すごく簡単に済んだかもしれない。国としては簡単にはいかない事も理解はしてるけど」
それでも血を流すよりはずっと良い。
リアは思いの丈を綴った手記を閉じて立ち上がる。
「そろそろ交代の時間ね」
これからレオと見張り番の仕事が有る。
見張りの番の傍ら少しだけ語り合うのも悪くはない。そう感じたリアは、上機嫌に甲板へと向かう。
上機嫌に鼻歌を奏でながら甲板に到着すると。
「前方に海賊旗……海賊船だあああー!!」
「アレは!? この辺りの島を荒らす海賊団じゃねえか! 確かブラックホーク海賊団って言ったか」
「戦闘の準備はしておけよ!」
喧騒の声が響く。
リアは前方に見える海賊船に、しばし呆然と眺めては。
(なんでだろう? 物凄くムカムカする)
気付けば聖剣ゼファールを抜刀していた。
「待てリア。お前さんは客人、レオと待機だ。ここは海で相手は海賊、ならばオレ達の戦場だ」
グランバの声にリアは振り向く。
既に戦斧を片手に、銃を構えるカトレとサーベルを携帯するペンゾウを連れて戦闘態勢に移っていた。
まだ敵船の発見から間もないというのに、素早い行動に感嘆の息が漏れる。
「リアとレオは戦闘状況を眺めてるといいわ。そもそも魔核を失った二人を戦闘に参加させられないもの」
「うっ……ごもっともです」
痛いところを突かれた。
反論の余地も無い程に。
そんなリアの横をグランバ達が通り過ぎ、
「野郎ども!! 敵は海賊だ! ならばオレ達の流儀に従い敵を討ち滅ぼせ!」
「「「「うおおおおー!!」」」
グランバの怒声と海賊達の歓声が響く。
そこにレオがやって来て。
「観戦するのだろう? 俺達は俺達で海賊同士の戦場を見定める必要がある」
頷き彼と甲板に向かった。