メルディア島の港に船を停泊させ、島に降り立つと島民が出迎えた。
しかし彼らの顔は
彼らも深刻の様子だが、レオは島に到着してから奇妙な違和感に見舞われ、仮面の下で眉間に皺を作る。
(この違和感は一体)
メルディア島周辺に漂う魔力の残滓、僅かに遺された残滓ではそれがどんな魔力なのか具体的な特定が難しい。
そこでリアに眼を向けると、彼女は島民の様子を注意深く観察していた。
怪我を負った大人、両親の膝に抱き付き怯える子供の様子に彼女の表情が曇る。
「その様子じゃあ、深刻そうだな」
グランバの呟きに一人の老人が前に出た。
「おお、グランバ殿! その節は世話になり申した。……詳しい話はワシの屋敷で」
船番として殆どの海賊達を残して、レオ達は長老のメストに促されるまま、彼の屋敷へと向かう。
島の中心に建てられた高床式の建物、長老邸に案内されたレオ達は客室に通された。
粘土細工の工芸品や花飾りで飾れた室内。それでいて風通しが良く暑さを感じさせず心地い。
「それで長老、詳しい話を聴かせてくれるんだろ?」
グランバの言葉に一人の男性が室内に入って来る。その男性にレオ達は一様に眉を潜め、カリムが小さな悲鳴を上げた。
大柄な体躯に恵まれた片腕の男性──ゼストがカムイに、左腕を挙げながら軽快に笑った。
「と、父ちゃん! そ、その腕は……っ」
「カリム! 無事に帰って来たか! コイツは、なんてことねえよ。腕の一本ぐらい安いもんだろ」
泣きつくカリムに優しい眼差しを向ける。
「どうして……どうして父ちゃんは平気なんだよ!」
居た堪れなかったのか、涙を流しながらカムイは、部屋の外へと駆けて行く。
カムイが退出した後、ポツリとゼストが、
「もうアイツをちゃんと抱き締める事も出来ねえんだな」
寂しげな声を漏らした。
「あー、リア。フォロー頼む」
「うん、任せて」
退出して行くリアの背中をゼストが静かに見送り、グランバ達に向き直る。
「済まねえな」
「構わねえけどよ。その腕は……リヴァイアサンにやられたのか? カムイには話さなくていいのか?」
「カムイには良いんだよ、アイツはまだガキだ。それにこの腕はリヴァイアサンにやられた訳じゃねえ、コイツは灼眼の六枚羽の天使にな」
灼眼の天使。しかしルシファーは金色の瞳だ。
「その天使は何処へ?」
「分かんねえ、一通り暴れたら消えちまったからな」
「……天使の目的はなんだ。無作為にとは思えんが」
「あー、実験が如何とか言ってたが、何の事だかさっぱりだ」
「他には?」
「……何も。そもそもリヴァイアサンに結晶体を埋め込んで用件は済んだそうだが、『退屈凌ぎに遊んでやる』、なんてほざきやがるもんだから奴の顔面を殴り飛ばしてやったよ」
愉快に笑うゼストに、レオは驚きを隠せない。まさかこんな島に大天使を殴り飛ばせる者が居たことに。
思わぬ強者に至上の喜びが沸き立つが、今は闘争心よりも天使の件だ。
"実験"つまるところ天使は何らかの実験のために、この島に訪れた。
それはカリムが言った結晶体絡みなのは明白。しかし天使が、女神に支える天界の住民ともあろう者が人間に危害を加えるとは。
女神ウテナは、生物に強い慈しみを持った女神。そんな彼女が天使に人間に危害を加える様な命令を与えるとは考え難い。
ならば、大天使にそんな命令を与えたはルシファーの可能性が高まる。
(ルシファーの企みはなんだ?)
「実験とか天使の目的はこの際置いといて、今はリヴァイアサンの方が深刻だろ。島の民家を見たか?」
思考に耽るレオに、グランバが問い掛ける。
長老邸に到着する前に、幾つか屋根が抉られ倒壊した民家や、岩肌が何かに貫かれた痕跡を見た。
それら全てがリヴァイアサンが齎した被害だと言うのなら事態は深刻だ。
「……大人しいリヴァイアサンが、あの天使におかしくされてからというもの、彼は何かに抗うが如く暴れ出したんじゃ。ワシらは彼奴を鎮めようと船を出したんじゃが……」
「……結果は返討ちって事か。負傷者や死者は? 負傷者ならオレんとこの船医で治療はできるが」
「幸い死者は居らぬが、負傷者の手当をお願いしても?」
「ああ、手配しておこう」
グランバは、ペンゾウに目で合図を送ると、彼は部屋から飛び出して行く。
「アイツは大海蛇だ。その気になれば島一つを津波で沈めることもできるんだぜ? そんな魔物が理性で抗ってるってのは幸いだよな」
ゼストの言葉に、レオの肝が冷える。メルディア島はそこそこ大きい島だが、そんな島一つですら簡単に沈めることができるという事実に、冷や汗が流れる。
レオは深く息を吐き、ゼストに顔を向けた。
「それでリヴァイアサンが結晶体によって操られているという推測は間違えでは無いのだな?」
「おう、カリムから聴いたのか。恐らくは間違いねえんだろうなぁ。結晶体は紫色の怪しげな光を放ってやがるが、属性が判らねえ」
「……ん? 属性が判らないというのは?」
「見たことも感じたこともねえんだ。魔法に明るいって訳じゃねえから何とも言えねえけどよ」
未知の属性によって生み出された結晶体。レオはそこまで推測して、ふと魔王城で見た光景を思い出した。
"溶け合い混ざり合う形で一つの魔力として宿っていく"光景を。
(あの時は気にしてる余裕も無かったが、今更だな)
事の重要な手掛かりを今更になって思い出す。随分と平和ボケしたものだと、レオは自ら皮肉った。
島の近海で僅かに感じ取った魔力の残滓に懐かしい物を感じた。
「……よもや他人の魔力を利用するなど」
仮面の下で紅い瞳が紅い眼光を放つ。
紛れもない怒りに腕が震える。
自らの怒りに重苦しいため息が漏れる。
怒りを抱いたところで意味が無い。そうレオは判断して、平静を取り戻した。
「……何か心当たりが有るのか?」
「推測の段階、確証が得られない」
「そうか。何か分かったら報告」
「承知した」
グランバは、素直に応じるレオの様子を気に留めがらも、リヴァイアサンの対策に注視した。
「リヴァイアサンがいつ姿を見せるか分からない以上、準備を急ぐ必要があるな」
「そうだな。それで何か策は有るのか?」
「ああ、先ずは島に大砲を十二門置かせて貰う。リヴァイアサン相手じゃあ船が沈められかねねえ。それにいざと言う時の避難船は必要だろう」
「う、うむ、背に腹はかえられぬか」
「必要な物が有ったら言ってくれよ。漁獲用のモリや拘束用ネットは残ってるからな」
「ああ! ソイツは今すぐ用意してくれ! リヴァイアサンの動きを封じない事にはどうにもならんからな!」
こうしてレオ達は、グランバの指示の下準備に取り掛かる。
天使の目的に一株の不安を抱きながら。