リアは砂浜で蹲るカムイの隣に腰を降ろす。
「カムイは天使が憎い?」
「……リヴァイアサンをおかしくして、島を滅茶苦茶にして……父ちゃんの腕まで奪った。憎くない訳がないじゃないか」
天使に強い増悪を宿した瞳を向けるカムイの姿に、リアの胸が痛む。
カムイの憎しみは正当だが、彼の歳で誰かに憎しみを抱くのは危険だ。
勇者として見てきた憎しみに駆られた者達の末路をリアは知っているからこそ、
「天使を許せないのは分かるけど、憎んで憎悪を晴らそうなんてしちゃダメだよ」
「なんで、そんなことが言えるんだよ……リアに何が分かるんだよ……!」
「沢山見てきたから。報復心の行き着く果てや、復讐鬼に成り果てた人がその後どうなったのかも」
顔見知りの騎士の少年がまさにそうだった。
魔族との戦争で家族を失った彼が、魔族の全てを恨み、何の罪もない魔族の少女を殺害したことも。
その後、戦時中とは言えあまりにも非人道的であるため、騎士の少年は騎士団を除名され、彼の憎しみの矛先は人へと向けられるようになった。
周りも見えなくなり、声も届かない彼を終わらせたのは他でもない自分だ。
彼はいま、大監獄に幽閉されている。それが復讐に走った彼が迎えた結末。
カムイの状況は違えど、復讐の連鎖に通じる。だからリアは自身の見てきた事と体験してきた事を話した。
「……じゃあオイラはどうすればいいのさ」
「この島を襲った天使を赦せとは言わない。けど、まだカムイは小さいんだから暗い感情なんか抱えちゃダメ」
リアはそっとカムイを抱き寄せ、背中を撫でた。
島の家族同然のリヴァイアサンを狂わせられ、父の腕を奪われた。
カムイは感情を抑え切れず、リアの腕の中で涙が流れる。
しばらくして泣き疲れたカムイを長老に預け、リアはレオ達の下へと向かう。
既に準備に取り掛かっているレオ達を手伝うために。
港では大砲を設置する白鯨海賊団と島民が総出で手伝う光景が映り込む。
「もう終わりそう?」
大砲にモリを装填するレオに声を掛けると、彼はぐぐもった声を発した。
「ああ、島民の協力によってな。……やはりリヴァイアサンを一刻も早く解放したいのだろう」
「そうだよね。……天使の横槍は?」
「ペンゾウが海中から警戒に入っている。……大天使クラスともなれば、その身に宿す魔力で感知も容易いだろう」
「……でも私とレオは、そんな大天使から不意打ちを受けたわけだけど。それって魔力を隠していたってことでしょ」
痛い所を突かれたのか、レオが小さく唸る。
しかし、彼にも何かしら策が有るようだ。
「それでレオはどう対策を打つつもり?」
「……策なら既に打ったさ。ペンゾウが海中に居る、つまりはそういう事だ」
「どういうことよ?」
「なに、タネを明かせば我々魔族の手の内を曝す事になるのでな」
つまり自分には話せない内容のようだ。
共闘関係とはいえ、安易に手の内を曝したくない。レオの考えも重々理解できる。
「でも、魔力を感知させない相手をどうやって探るのか。それぐらいは教えて欲しいなあ」
甘えたような声を出すと、レオは考える素振りを見せ、
「……天使に伝わる魔法が魔力を隠す」
「ああ、なるほど【ディスペル】を使うのね」
解除魔法──【ディスペル】は相手に掛けられた自己強化魔法と防護魔法を解除する魔法だ。
リアにはこれ以外の魔法が思い付かない。しかし、レオが笑い声を漏らす辺りハズレのようだ。
フルフェイス仮面で隠された素顔。いま彼がどんな表情を浮かべているかは分からないが、きっと愉しげな笑みなのだろう。
「……それで解除は不可能だろう。天使に伝わる魔法は特殊だ。それこそまだ神々が何柱もいた頃まで遡る。……連中の扱う魔法は神話の代から受け継がれた魔法なのだよ。いや、この話よりもカムイの様子は如何だったのだ? ゼストは顔に見せないが、カムイを心配していた様子だった」
あの親子を気遣うレオの姿が魔王らしくない。それともレオ個人として気に掛けているのだろうか。
やっぱり優しい魔王だ、とリアは改めて実感しながら答えた。
「今は泣き疲れて寝ちゃってる。……でも危ないわ」
「復讐心か。……お前が危惧しているのは、人間と天使の戦乱だろう」
あっさりと懸念を言い当てるレオに、リアは肩を竦める。
こっちの心中や思考を看破してくる魔王。そのお陰で悩みを抱え込まずに済む。
「うん。正直なところ魔族と戦争中なのに、今度は天使と小さな火種から大きな戦火に変わるのがね。三界を巻き込んだ戦争は避けなきゃ、人類は終わるわ」
「……人間は終わらせんさ」
「それはレオが……人間を守るってこと?」
「………俺には俺の約束と目的が有る。そのためには人間が必要だ」
彼はそれだけ答えると、グランバの下へ歩み出した。
魔王なのに人間を守ることを否定しない。一体レオの約束と目的は何なのか。
「でも、それは魔族と人間の争いを止めないとね。私も方法を探さなきゃ」
レオの目的を理解する。その前にメルディア島を取り巻く不穏な影から救う。
そう決意を胸にリアは、聖剣ゼファールを携えながら所定の位置へと向かった。
彼女が予め指示されていた位置に到着した頃だった。晴れ渡った空が分厚い雷雲に覆われ、次第に海が荒れ始めたのは。
そして、