天候は嵐へと変わり視界が悪い中、リアは眼にした。
大海蛇リヴァイアサンの姿と額の紫色の結晶体から発せれる魔力を。
決してレオほど魔力に敏感ではない。しかし、それを一眼しただけで理解してしまう。
(あの結晶……私とレオの魔力が溶け合ってる)
結晶内部で光と闇が溶け合い混沌とした魔力が渦巻いている。
結晶に封じられた自身の魔力とレオの魔力が混沌となりリヴァイアサンを狂わせた。つまりメルディア島の事件は、自分達の魔力が利用されたものだと。
「人の魔力を勝手に……っ!」
怒りが湧く。それでも、
「……ギャルルウ」
苦しげなリヴァイアサンの鳴き声がリアに平静を齎した。
混沌の魔力によって苦しみ、意志を奪われまいと抗う様子が酷く痛々しく見える。
リヴァイアサンについてはカムイから聴いた程度しか知らない。それでもリヴァイアサンの話をするカイムは誇らしげで楽しそうだった。
そんなリヴァイアサンを苦しめているのは自分とレオの魔力。
あの妖しく輝く結晶体さえ砕けば、リヴァイアサンは苦しみから解放される。
「いま皆が助けるからね」
リアは魔核を掴む。そして、
「先ずはリヴァイアサンの動きを封じる! 撃てええええーー!!」
グランバの怒号により大砲から魔砲弾が発射される。
リヴァイアサンは迫り来る魔砲弾に一鳴。
すると、リヴァイアサンの鳴き声に呼応した波が高波となり、魔砲弾を海底に呑み込む。
そして高波が島へと向かう。
「《息吹よ! 凍てつかせよ》」
海中からペンゾウの詠唱が轟く。
ペンゾウはクチバシから冷たい息を放つ。氷結魔法──【凍える息吹】が高波を瞬く間に凍結させた。
その瞬間、宙を跳びグランバが戦斧を凍った高波に向けて振り上げ、
「砕け散れ!」
剛腕から繰り出された兜割りが凍った高波を粉砕し、氷片が荒れる海中に降り注ぐ。
簡易的な足場が出来上がり、リアとレオが同時に魔核を砕く。
魔力が溢れリアは聖剣ゼファールを構えた。
そして地を蹴り、海に浮かぶ氷片を足場にリヴァイアサンの下へ駆ける。
ふと隣に眼を向けると、既にレオが居る。
魔王レオが隣に立っている。何故かそれだけでリアは戦意が高揚していた。
「さあ! 二人を援護するわよ!」
カトレの合図に、銃と大砲から魔弾と魔砲弾がリヴァイアサンに飛来する。
弾幕の直撃を受け、それでもリヴァイアサンの鱗を傷付けることは叶わず、島民の悲痛な声が漏れる。
そんな時だった──
リヴァイアサンが大鰭を翼のように広げ、空を舞ったのは。
「……ギュルル」
もがくような鳴き声が空から響く。
「チッ! まさか飛べるとはな……!」
リヴァイアサンの全長が海中から空に浮かび上がったのは、実に一瞬の事でリアとレオに止める術は無かった。
「レオとリアは追撃に備えろ!」
グランバの声に二人は武器を構え直す。
そして、モリと大型漁獲用ネットが装填された大砲が火を噴く。
頑丈で太い縄が括り付けられたモリをリヴァイアサンは体を捻り避ける。しかし対象から逸れたモリは重量に従い海中へと落ちる。それが白鯨海賊団の狙いだった。
大砲の射線が交差する様に配置し、縄を括り付けたモリがリヴァイアサンの体を絡め取る。
そしてその頭上から大型漁獲用ネットがリヴァイアサンの動きを更に封じ込める。
「さあ! 引っ張りなさい!」
カトレの掛け声に島民と海賊達が縄を引っ張り、空を舞うリヴァイアサンを海へ引き摺り込む。
それでも暴れるリヴァイアサンに島民と海賊達が弾かれる。
そんな中、海面を走り飛ぶ影がリアの視界の端に映る。
「もう暴れんじゃねえええ!」
ゼストの怒声と共に繰り出された拳がリヴァイアサンの頭部を穿ち、全身に衝撃が走る。
脳に伝わる衝撃にリヴァイアサンは海中に横たわる。
大抵の水棲生物は衝撃に弱い。例えそれが大海蛇であろうとも生物が持って産まれた弱点は易々と覆せない。
ゼストはそのままの勢いで嵐の海へと落ちていく。
ゼストの行動に驚く暇もなく、最後の詰めにレオとリアが動く。
グランバでもゼストでもない、今は力不足の二人。そう、結晶を砕くだけならグランバとゼストの膂力は逆にリヴァイアサンを傷つけることになるからだ。
傷を負ったリヴァイアサンが混沌に呑まれ、完全に理性を喪う事を避けるために。
レオとリアはリヴァイアサンの体に飛び移り、額に向けて駆け上がる。
額の結晶目掛け、二人は剣を振り上げた。
「「はあああああ……っ!」」
レオは右薙を、リアは左薙を繰り出し、闇纏う魔剣と光纏う聖剣の刃が交差する。
紫色の結晶体に一閃走る。そして結晶体に亀裂が走り、甲高い音を響かせ砕け散った。
砕けた結晶体から魔力が解き放たれ、混ざり合っていた混沌の魔力が密封された空間から解放されたことにより反発し合い弾けた。
混沌は在るべき姿、闇と光に別れた魔力が元の持ち主の下へと還る。
嵐が止み空が晴れる中、レオとリアは氷片の上で重い息を吐く。
「……やはり俺とリアの魔力か。……それにしても」
今回はリヴァイアサンが理性を保ち抗っていたからこそ上手くいった。
そうで無ければメルディア島はとっくに海に沈んでいただろう。
結果、僅かな魔力取り戻しリヴァイアサンを解放できたのも運が良かったに過ぎない。
レオとリアはその事を実感しながら、周囲へと眼を向ける。
まだ緊張状態が続く。
「……大天使は来てないか?」
「分かんない。けど油断はできないよね」
ここで大天使が現れたら勝算が無い。
緊張から額に汗が流れる。
そんな時だった──
「魔王様、勇者! 天使が接近してきやす!」
ペンゾウが右羽から淡い光を発しながら鋭く叫んだのは。
緊張が走る中、レオとリアの背筋が凍る。
「あーあ、やってくれたねえ」
レオとリアの頭上から声が響く。
見上げれば灼眼の大天使がメルディア島を見下ろしていた。