気絶したリヴァイアサンが海面に浮かび、メルディア島には島民と海賊達。
そして真下に忌々しい片腕の人間、フルフェイス仮面の男と噂に聴く勇者リアの姿が在り、オマケに混沌結晶が砕かれている。
灼眼の大天使──サタナキアは心の底から苛立った。
敬愛するルシファーから任された今回の実験を台無しにされた。それがあろうことか人間によって。
部下がヘマをしたなら咎めれば良い。しかし今回は部下に任せたくない案件だったため自ら出張った。
「また来たのか! こっちは円満に終わりかけてんだ! 帰れ帰れ……!」
ゼストの非難の声がサタナキアに向けられた。
「用が済み次第すぐに帰るとも。忙しいんでね、蟻に構ってる暇はないんだ」
だがここは冷静でなければいけない。
いま、この場に居る人間を島ごと消滅させるのは実に簡単であり、数秒で終わる。真下に居るゼストは厄介では有るが脅威となり得ない、片腕の彼は自分を止めることはできない。
ただ、先日ゼストに殴られた頬と腹部が痛む。既に傷は癒えたというのに。
サタナキアは無表情で空に手をかざし、光を収束させる。
広域殲滅魔法──【天槍】が収束された光から解き放たれ、メルディア島に降り注ぐ。
「全員伏せろおおっ!」
仮面の男の鋭い声が響くがもう遅い。
【天槍】が配置された大砲を次々と撃ち砕き、衝撃波が人々を襲い吹き飛ばす。
魔法発動から着弾まで数秒。数秒も有ればメルディア島の人間は愚か島一つ消し去る事も可能だ。
「数秒も無駄にできないか。……やあ、良かったねえ〜命拾いして。ああ、御大層な玩具は壊させて貰ったけどね」
それはそれで構わないのだが、休眠中のルシファーの手を煩わせることは憚れる。
大砲を破壊された海賊達が敵意を向ける中、サタナキアは彼らに顔を向けた。
冷静にこちらを観察するグランバとカトレの姿に、何もできやしないと愉悦感に浸る。
今は攻勢に出れないゼストは唇を噛み締め、サタナキアを睨むばかり。
「うん! 大人しく引いてあげるから……
サタナキアの底冷えした威圧に島民は泡を吹き、海賊が次々と倒れて行く。
本当に脆い種だ。心の底から来る軽蔑感にサタナキアは身を奮わせた。
心に従うままに生きる事が素晴らしくて堪らない。
「勝手な事をほざく」
歓喜に満ちた心に、釘を刺した声の方へと眼を向ける。
フルフェイスの仮面越しから敵意を向ける男の姿が映り込む。
「……これでも譲歩した方だ。こっちは実験資材を一つ失ったからね……ところで弱い癖に随分と生意気な口を叩くんだね」
「おっと、これは失礼。どうやら大天使様には癪に障る言葉だったらしい……いやいや、この程度で感情を揺らがせるとは済まなかったな」
弾んだ声が海に響き渡る。
癪に障るのは事実だが、ここで暴力に訴えるのは野蛮人のすることだ。
天使とは生物の遥か高見に君臨する種族、優れた種である以上野蛮人と同じ行動は同族から品性を疑われる。
「言うねえ……センスの悪過ぎる仮面の下はさぞかし醜いんだろうねえ」
「ふむ。仮面の下は……まあ、お前の言う通りさ」
「……その仮面の下を暴きたくなるけど。そういえばキミの隣に居るのは勇者かな?」
「他人の空似だ」
サタナキアは男に対してふざけた人物だと思う。
しかし隣に立つ少女が勇者本人だとすれば、ここで始末した方が都合が良い。魔核の機能が封印されているが、人間の中で優れた魔力を持つ勇者は後々の脅威となる。
ただ、普通に始末するのは非常につまらない。魔核の封印は勇者には解けないだろうとサタナキアは思う。
勇者を絶望させ、心を壊し人形に造り替えるのもまた一興。
人間の中でも優れた魔力を持ち、ルシファーの魔力を増大させた。謂わばリアは魔力増幅装置としての価値が在る。
しかし、勇者として人間の精神的支柱であろうとするリアの心を壊すには、相応の準備と時間が必要だ。
サタナキアに自然と笑いが込み上がる。
実験を平行しながら次の計画を実行に移せる。
「……せいぜい数秒伸びた寿命を大切にするといい」
それだけ言い残したサタナキアは、光に包まれ消えて行く。
サタナキアが去り、緊張感から解放されたリアが膝から崩れ落ちた。
「なに、なんなの? アイツの冷たい眼差しは……っ」
「お前に対して何やら思案していたようだが……いずれにせよヤツは快楽主義者に見える」
「……何しに来たのか、何を企んでるのか疑問は残るけど。ルシファーと繋がりが在るのは明白よね」
「うむ、何かしら指示を受けていたのだろう。……しかし戦闘に成らずに済んだのは行幸と言ったところか」
戦えば間違いなく全滅していた。
それだけ脅威であり、二人に焦りが滲み出る。
「大陸に何が起きているのか。天界の動向、実験の目的、ルシファーの最終目的が不明。加えて魔力を取り戻す方法は見つかったが……」
結晶体を砕く必要が有る。しかし、その機会は天使が何かしら事件を起こした時だ。
それではルシファーが何か行動に出る前に阻止できない。
万全な状態で戦えない現状に歯痒くもどかしい、とレオは息を吐く。
ただ、リアは今後の方針が決まったようで、真っ直ぐとレオを見つめた。
「天使が起こす事件を辿りながらルシファーの下を目指す。……長い旅になりそうね」
「基本方針はそれで構わんが、魔力に関しては他の方法も模索すべきだな」
レオとリアにゼストが駆け寄り、
「なら、あの天使は二人に任せていいんだな?」
強い眼差しで二人を見据えた。
レオとリアは、『任せろ』と言わんばかりに頷き、氷片を足場に陸地へと戻るのだった。
メルディア島とリヴァイアサンを救い、二人は僅かな魔力を取り戻したが、事件の根本的な解決には至らず──