魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 レオ達が行方を眩ませ一月余りが経過し、バルディア大陸では梅雨が訪れようとしていた。

 

 バルディア大陸の南西。メンデル国領内のハウゲル地方の港町シルケに白鯨海賊団が寄港した。

 

「世話になったなグランバ! お前達は仁義に熱い海賊……いや、義賊だった」

「お前さんにそう言われるのはむず痒いな……まあ、オレ達が海賊である事には変わりねえさ」

 

 別れの言葉を交わすレオとグランバは堅い握手を交わした。

 今生の別れにはならないが、海上では何が起こるか予想も付かない。【ミスト・レディ】のような存在が居ないとも限らない。

 それでも彼らは悉く障害を乗り越えていくだろう。それに彼らはこれから敵船から奪った親書をエンドラス王国に届ける旅が始まる。

 そこでレオはペンゾウに顔を向け、

 

「お前も達者でな」

 

 たった一言だけの別れを告げ、ペンゾウが深々と頭を下げた。

 

「魔王様……有り難き御言葉!」

 

 レオは軽く頷き、リアに眼を向ける。

 

「カトレ……皆も元気でね!」

「ええ、教えたこと決して忘れないようにね。でないとレオが狼になっちゃうから」

「……! わ、忘れないもん!」

 

 カトレの言葉に赤面したリアに、レオは安堵の息を吐く。

 余計な心労を負うことも無くなりそうだ。

 

「や〜! リアちゃんと離れるのは寂しいなあ!」

「またいつでも船に乗ってくれよ!」

「レオも達者で! あの技術で魔族を驚かせてくだせえ!」

 

 彼らの別れの言葉を受け取ったレオとリアはシルケの市場へと歩む。

 

 商人が威勢の良い声と共に商品をこれ見よがしに宣伝し、物に惹かれた客人が財布の紐を緩め購入に踏ん切る。

 しかし、市場の出店は少なく通行客も多いとは言えない。

 儲けが少ないのか商品の扱いが雑な商人が多く活気が在るのは、ほんの一部だけ。

 

「ふむ、人通りが少ないな」

 

 すれ違う人々がレオとリアを一眼見ては、関わりたくないと言わんばかりにあからさまに視線を外す。

 

「……五十年も戦争が続くとね」

「……早々と用件を済ませるとしようか」

「気になってたんだけど、レオが市場に立ち寄る用件ってなに?」

「コイツを市に流そうと思ってな」

 

 そう言ってレオが取り出したのは一冊の魔法書だった。

 リアはその書物を一度読んだことがあった。他ならない【ミスト・レディ】の起源とミディアが遺した書物だからだ。

 本の内容は人々に知られるべき事柄だと理解を示したうえで、レオに微笑んだ。

 

「なら、早く済ませて出発しましょ」

 

 レオは足早と書物を取り扱う商人の下へ向かった。

 ビール樽のような腹に、伸ばされた顎髭をした商人が気怠るそうな表情を向ける。

 

「少しいいか?」

「なんだあ? 本の購入なら一冊で銀貨十枚だぞ」

「ふむ、ここの書物には興味が有るが……俺は生憎と旅人でな」

「あー、それじゃあ本は宝の持ち腐れってわけだな。冷やかしなら帰んな」

 

 あっちへ行けとぶっきらぼうに手を振る商人に、レオは魔法書を見せた。

 すると商人は眉を潜め、それが価値ある書物だと瞬時に見抜く。

 

「ここの露店は港から吹く潮風を受けない位置に在る。俺としてはこの価値在る書物を是非ともそちらに譲りたいのだが──」

「ふん、悪いがこの店には価値在る書物を買い取る金なんざねえ」

「まあ、慌てるな。俺はこの書物は大勢の人の目に触れるべきだと考えている。……そこでお前にコイツをタダで譲ろうと思うのだが、どうだ?」

 

 レオの言葉に商人は訝しんだ。怪しい仮面にダークコート、背には背嚢(はいのう)を携行し、腰には剣を携帯しているところを見ると旅人ということに偽りはないようだ。

 しかし表情が見えないことには信用できる要素が薄い。

 

「望みはなんだあ?」

「さっきも言った通りだ。……いや、言葉が足りなかったな、この書物には【ミスト・レディ】の発生起源と子供達に纏わる悲劇が書き記されている。……お前は港街で露店を構えているんだ、噂話には聞いたことがあるだろう?」

 

 商人は顎髭を撫で思案した。

 彼の言う話が本当なら、魔法書に書き記された内容を写本すれば売れると考え付く。

 ここ最近に起きた税の徴収の値上がりで厳しい生活を強いられ、冬を越すのも難しい現状だった。

 特に魔法書なら考古学者や民話研究者に買い手がいくらでも居る。そう判断したうえで商人はレオに視線を向ける。

 

「念のため中身を改めても?」

「構わんとも」

 

 商人はレオから魔法書を受け取り、ページを巡り始める。

 しばらく読み耽ていた露店主は顔を上げ、

 

「こんな貴重な書物をワシが扱っても良いのかあ?」

「ふっ、当然だ。店主の店構えは本が傷まぬように配慮している、露店の位置もその一環だろう。それに軽く見渡してみたが他の商人ではダメだ」

 

 商人はよく見ていると感心しながら、レオから魔法書を受け取った。

 

「……儲けの分配の話もいいんだなあ?」

「うむ、俺は旅人の身。金は有って困らないが荷物になるだろう」

「気前のいい客人がいたもんだなあ」

 

 気怠るな商人は笑みを浮かべた。

 

 

 レオは暇を持て余していたリアの下へ戻る。

 

「シルケの北西にグランガルって街が在るけど、まずはそこを目指す? 此処から徒歩で六時間ぐらいで着くそうよ」

「そうだな、特に結晶体について手懸りがある訳でもないからな」

 

 次の目的について話し合う二人に、しょぼくれた男性が声を掛ける。

 

「グランガルへ行くのか? あそこは止めておけ」

「えっと、どうして?」

「グランガルの領主がイカレてるからさ。毎晩屋敷に若い娘を招き人肉を喰らうんだ。……俺の娘だって屋敷に招かれた翌日に……っ」

 

 しょぼくれた男性の悲痛な言葉にレオとリアは驚く。  

 娘を亡くして間もないのか、目の前の男性が啜り泣く。

 彼の言う事件は人間の領主が起こした問題だ。魔王である自身が解決に介入する訳にはいかない。

 そう考えたレオは彼にあえて質問を投げた。

 

「人が人を喰らう? 騎士団は動いたのか?」

「……グランガルの騎士は領主の私兵だ、動く訳がないだろうっ」

「それならグランガルから西のゼバルの領主を頼ったら? あの人は平民の言葉に親身に耳を傾けてくれるでしょ」

「ゼバルの領主はそれどころじゃねえんだ。……魔王レオが死亡したとかで新たな魔王が即位。結果終わるはずだった戦争は続行され……魔物もメンデル国各地で急激に活発化して行商人に被害が出てんだ」

「新たな魔王……だ、と!?」

 

 まだ存命な自分を差し置いて誰かが魔王に成り代わり、魔物が各地で活動を活発しているという話に、レオとリアはこれ以上ないくらい驚いた。

 魔王城からルシファーが撤退したなら、魔界から先代の魔王フェルミナが代理として統治することには納得がいく。それとも別の誰かが魔王となったのか。

 リアは思考に耽り硬直したレオを見兼ねて尋ねた。

 

「……そ、その、新しい魔王って……?」

「娘さんはメンデル人だろう? 魔王ルシファーの宣戦布告を聞かなかったのか」

「「る、ルシファー!?」」

 

 魔力を奪われ何かの実験に利用されているだけでなく、魔王の座も人知れず奪われていた事実にレオは、仮面の下で怒りの表情を浮かべる。

 

「バカな! 天使が魔界の王などと……!」

「……まあ、とにかくグランガルの領主は新魔王に通じてるとか、そんな噂も有るくらいで」

「お、驚いたけど忠告ありがとう。それでも私達は北西に向かわなきゃならないから」

「意志が堅いようで……」

 

 平静を取り戻したレオは彼の瞳を見つめ、

 

「お前は、俺達にこの話をして解決でもして欲しいのか?」

「……違う、違うんだ。誰かが領主の悪事を白日の下に曝して欲しいんだ。本来なら勇者リアを頼るべきなんだろうけどよ、彼女は行方不明だ」

 

 どうやら目の前の男性はリアの素性に気が付いていないようだ。

 しかしグランガルの事件も無視できないのは事実。現に天使が結晶を使い何らかの実験を始動している以上、魔王としても無視できない。

 そこでリアは男性に語りかけた。

 

「グランガルの領主に付いては私達も調べてはみるわ。でも、それで罪を暴いたとして──」

 

 法で領主を裁けるとは限らない。そう言いかけた時だった。

 

「いいんだ。少しはヤツの悪事が民衆に知られればそれでいいんだ」

 

 しょぼくれた男性はそれだけ言うと、近場の酒場へと向かって行ったのは。

 悲壮感漂う背中。今は彼に対して何かしてあげることが無い。

 

「……兎に角、先を急ぐとしよう」

「うん、グランガルのことも気になるし」

 

 一先ず噂を頼りに、レオとリアはグランガルの街を目指して出発することに。

 

 


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