グランガルの中央広場に設けられた騎士団の詰所にレオとリアは踏み込んだ。
案内された待合室で待機してる最中、レオは窓の外から風に揺れる旗に目が行く。
グランガルの領主アルバート伯爵の家紋が刺繍された旗が、雨風に揺れ動いている。
貴族の象徴の内の一つ。
そういえばメンデル国の国旗は不死鳥。昔、愚かにも不老不死を体現しようとした国家に対しての戒めなのだと。
「羊か、この街の領主は牧民だったのか?」
「そうらしいわ。正確には先祖がグラドス平原の遊牧民民族で羊飼いだったそうよ。それがハウゲル地方が三百年前の戦乱に襲われた時に、挙兵して武勲を挙げたって聴いたことがある」
「なるほど。……しかしグラドス平原には遊牧民の影もなかったが」
「詳しいことは分からないけど、彼らは大陸東部に追い立てられたみたい……」
遊牧民民族とは自然と共に生きるとレオは、かつてセオドラから聴いたことが有った。
彼らは風と大地と対話し、大自然の中で研ぎ澄まされた五感が悪意に敏感だったという。
少なくともセオドラが存命時は、遊牧民を東部に追い立てることなどしなかった。
昔の思い出に浸っているとドアが開き、乱暴気味な足取りで老年の騎士とタイプライターを抱え込む少年騎士がが入り込む。
老年の騎士──ハングはレオを一睨みしてからリアに甘い目線を向ける。
「遅れて申し訳ございませんなあ、勇者様」
「事前連絡も無しだから別にいいわよ、ハング部隊長」
「……して、報告に聞いてはいましたがその者が勇者様の連れと?」
「そうよ、お互い利害関係が一致してるから目的を果たすまでだけど」
ハングは目的と小さく反復し、タイプライターの小刻み良い音が室内に響く。
どうやら少年騎士は記録保持係のようだ。
「……時に勇者様はなぜ魔王城から離脱を? ああ、決して咎めている訳ではありませんぞ、時に撤退も必要ですからな。しかし、解せぬのは北西部の魔族領からなぜ遠く離れたこの地に……?」
「魔王と戦闘の最中、大天使ルシファーに奇襲を受けてね。それで咄嗟に魔王が転移石を作動させたの。気が付いた頃には私は遥か南の島、仲間の姿は何処にもなく……そんな時だったわ、彼と出会ったのは」
真実混じりの嘘にハングは、納得した様子を見せながらレオに顔を向ける。
「なるほど、貴殿はなぜそんな島に? 過去に罪でも犯し島流しの刑にでもあったのかな」
嫌味を隠さないハングに、レオは仮面の下で笑みを作る。
世界各地に放った諜報員からの情報の中には、勇者リアは騎士の間で崇拝され慕われているという報告があった。一部騎士の熱狂振りは、正にアイドルだという。
大方ハングもその内の一人なのだろう。それならリアの言葉一つで手駒にするのは簡単だ。
「……フッ、まだ人類が見ぬ世界の果てを目指したのだが、船が転覆してしまってな」
「……勇者様、怪しい男と行動を共にするのはよした方がよろしいのでは? 我が隊から数名の部下を派遣してもよろしいなら」
「島から大陸に帰還して知ったけど、魔物が活発らしいじゃない。戦力は魔物に充てるべきよ……それよりナナ達の情報は何か無い?」
「……何も存じてはおりませぬ」
リアの問い掛けにハングは、僅かに彼女から視線を外した。
レオはそれを見逃さず、注意深くハングを観察する。
挙動こそ堂々としているが皺が寄った手は汗ばんでいる。
「そう。……そういえばルシファーの宣戦布告にギリガン王はなんって?」
「……引き続き同盟国と連携し、対応に当たるそうで」
「戦争は続行、魔王レオが居なくなっても終わらないのね」
「……魔族と共存など夢物語ですぞ。しかし、長きに続く戦乱によって我々は疲弊しているのも確かですな、引き続き勇者様には民の希望であって欲しいのですが」
ハングの言葉は、そのまま意味だ。リアに引き続き戦線に向かい魔王ルシファーを討ち果たして欲しい。
少なくともレオにはそう聞こえ、内心馬鹿馬鹿しいと感じながらリアに眼を向ける。
「……その事だけど、私は今、殆どの魔力をルシファーに奪われちゃってるの。魔核が不調なのか、魔力も一向に回復しないわ」
「な、なんと!? 魔力が……では、勇者様は魔力を取り戻す事を先決に、いやしかし、魔核研究所に向かわれた方がよいのでは?」
「……どうにも私の魔力が紫に輝く結晶体に封じ込められ、利用されてるみたいでね。それを砕けば魔力を取り戻せるんだけど、多分私が直接砕かないと解放された魔力は大気に溶け込んじゃう」
「紫の……心当たりはありませぬが、この一件は領主様にも報告しましょう──」
レオとリアは、シルケで聴いたアルバートの話を思い起こした。
ここの騎士は警戒すべき相手。しかし騎士である以上、国にリアの現状を報告する義務が有る。
そんな事を考えているとハングが、
「ところで、何やら領主様に対して根も葉もない噂が囁かれているそうですが、何か聴いてたりは?」
「うーん? 特に何も聴いてないわ。ちなみに噂って?」
「ああ、何も聴いていなければけっこう。勇者様がお気に召すような事ではありまんからな。……それと一度領主様の下に向かわれるのが宜しいでしょう、勇者様に会いたがっておられましたから」
「日を改めて訪ねてみるわ」
リアは今日は雨に濡れて土臭いし、と付け加えて。
ハングは彼女の言葉に笑みを浮かべ、報告書を纏めた少年騎士の耳元で囁く。
「それじゃあ私から報告する事はもう無いから、帰らせてもらうわ」
「おや、是非とも騎士の訓練を見て頂きたかったのですがな」
「うーん、興味は有るけどまだ宿も取ってないから」
そう伝えるとハングは名残惜しそうにしては、レオとリアを見送るのだった。
西通りの小さな古びた宿屋に到着した二人は、早速受付カウンターに向かったのだが、
「悪いけどねえ、用意できる部屋は一人部屋だけなのよ。最近、魔物から逃れた難民が避難して来てるからねえ」
受付嬢の言葉に驚愕し、言葉を失った。
二人で一つの部屋に寝泊まりする。それこそ本来敵同士の二人が同じ部屋に寝泊まりなどなんの冗談だ。
しかし街の中に溢れた難民の様子を見る限り、何処の宿も似たようなものだろうとレオは判断した。
「……そ、そ、それじゃあ……一部屋でお願い……します」
顔を赤く染め上げたリアの言葉は、最後には消えてしまいそうな程に小さくなった。
そんな彼女に対して受付嬢が優しく微笑む。
随分とかわいい宿泊客が来たもんだと。
「一部屋で宿泊料としてスピリア銀貨二枚になるよ」
「……は、い」
財布からスピリア銀貨二枚を取り出して支払いを済ませ、従業員に宿屋まで案内される。
「浴室は二十二時までなら解放されてますのでご自由にお使いください。クローゼットの中に旅人用の寝間着が入っているおりますので是非ともご利用くださいね──」
「あと食事が必要でしたら、地下が酒場となりなっておりますのでそちらまで、タオルなど必要な物が有りましたら受付カウンターまで、それではごゆっくりと」
従業員は爽やかな笑みを浮かべ静かに退室して行く。
案内された一人部屋は木製で室内はそこそこ広く、窓から街の中央広場まで一望できる。
部屋はいい位置に有るが、ベットは一つだけでどうにか詰めれば二人で寝れる程度。
加えて古びた床と壁から隙間風が吹き込む。
「俺は床で寝るが構わんな」
「……この部屋、少し寒いよ」
「む、梅雨時期とはいえ人間にとってはまだ肌寒いか。まあ、雨で濡れた身体だ、風呂に入り温めれば問題もないだろう」
「そ、そうね」
リアはぎこちない足取りで部屋を出て行く。
雨が窓を叩く音が響く中、一人部屋に取り残されたレオはポツリと。
「……俺も風呂に入るか」
囁き浴室へと向かうのだった。