風呂に入り体の汚れを清め、芯まで温めた二人は地下酒場で食事を済ませ、部屋に戻るのだが──
「……レオもベットでね」
寝間着に着替えたリアは、ベットに腰掛け意を決して言った。
「なぜだ」
レオから低めの声が唸るように発せられる。
「お風呂で体を温めたけど、やっぱりこの部屋は寒いわ。丁度詰めて寝れば温かないかなって……それにレオは魔王でしょ? 仮にも敵国の王を床で眠らせるのはちょっと」
「ならばお前が床で眠れば問題はないだろう」
「ちょ!? 女の子に冷たい床で寝ろって普通言うかなあ!」
レオは知ったことかと言わんばかりに、カーテンを閉め切りフルフェイス仮面を取り外す。
そしてポケットからメイク落としを取り出し、顔に施したメイクを落とし始める。
「……じょ、冗談だよね?」
「ああ、本気だ」
綺麗さっぱりメイクを落とし、カラーコンタクトを取り外すと元のレオの素顔に戻った。
そして腰に携行していた魔剣フィルグランドを壁に立て掛け、ベットに腰掛けた。
「床で寝たら私が寒いでしょ!」
「はあ〜恥じらいを身に付けたと思えば、おかしな提案をするものだな」
レオは呆れ気味にため息を吐く。
正直彼の言っている事は正しい。ベットが一つしかなければ誰かが床で寝るのは道理。しかし、それでは結局の所人間であるリアは寒い。
同室で今もなお恥ずかしい事に変わりはないのだが。
そもそもなぜこの部屋に暖炉が無いのか。
「今の状況も随分恥ずかしいのよ」
「お前と同じベットで寝るほど馴れ合う気はない」
はっきりと告げられた言葉が胸を強く締め付ける。
本来魔王と勇者は敵同士、だからレオの対応も納得がいき理解もできる。
「……私は、もう少しお互いに気を許してもいいと思う」
ポツリと漏れた言葉に、レオはいよいよ頭を抱え始めた。
彼は困り顔を浮かべながらしばらく考え込み、
「………仕方ない、お前が風邪を引いては元も子もないか。それこそ回復までに数日要するな」
観念したように答え、紅い瞳がリアに向けられる。
ベットで寝る寝ないの話は片付いたが、まだ話しておくべき事が有る。
「明日にでもアルバート領主と会おうと思うんだけど」
「例の話か。早急すぎる気がするが? まだ俺達は屋敷に結晶が在ると断定した訳でもない」
「うん。結晶を壊して速い所この街から離れようと思ってたけど、やっぱり証拠は必要よね」
「やけに先を急ぐではないか」
もちろん先を急ぐ理由が有る。魔王と勇者では決して解決できない問題に直面するからだ。
「あの人の願い通り領主の罪を白日の下に曝したところで、情勢の関係でアルバート領主は法で裁かれないわ。でも罪を知った領民、特に娘を殺された人達は許さないでしょ」
「それは道理だな。お前が懸念しているのはその後の影響だろう? 今は難民が溢れ、ここの騎士は文字通り私兵。果たしてこの状況下で領主に何か在れば……」
「当然街の防衛機能を失うわ。特に難民が東のラグリナから流れて来てる以上、グランガルまで失ったら次はバルゼが危機に陥る」
浴場で宿泊客から聴いたここ数日の間に起きた出来事。
その内の一つが魔物によって東の街ラグリナが陥落、ミルゼ村が焼かれそこから逃げ出した難民が隣街に位置するグランガルまで逃れた。
ラグリナの領主は領民を逃すべく先陣を切り、若い命を落としたのだという。
「ギリガン王も戦線から遠いハウゲル地方を気にしている余裕はないわ」
「……しかし、お前は見過ごせぬのだろう?」
頭でグランガルの問題を解決した場合の皺寄せを理解しながら、心は無視して良いのか、と訴えかける。
良いはずがない、平民を守るはずの貴族が平民に牙を向けているのだから。
こんな時に頼れる伝、より確実に騎士と代理領主を派遣できる人物は一人に限られる。
「うん、方法は有るけど上手くいかなどうかは分からないわ」
「……ふむ、方法とやらは敢えて詮索はせぬよ。しかし提供する物的証拠は難しいが証言を得られればな」
「……そのためには街で情報集め、屋敷に乗り込む必要があるわね」
レオは頷く。
結局の所行動に移さなければ何もできない。
先ずは何から調べるか。事件が起きた事実確認とアルバート領主の噂、屋敷の出入りに怪しい人物が居ないかどうか。
特に紫色の結晶体の目撃情報とアルバート領主がイカれた詳しい経緯と時期だ。他にも仲間の安否確認と戦場に居た騎士団がどうなったのか、あれこれ考えるリアを他所にレオはドアへと視線を向けていた。
「………」
「……? どうかしたの?」
「いや、隙間風が騒がしいと思ってな」
そう笑みを浮かべては、彼は寝転がる。
「随分話し込んだな、もう夜だ」
言われてカーテンに眼を向けると、月明かりが隙間から差し込んでいる。
「明日も忙しくなりそうね」
「……ああ、しかしルシファーが魔王とわな。四魔将軍とお前の仲間の安否も確かめねば」
「うん、皆無事よきっと」
皆は無事だと言い聞かせながら、リアは睡魔に身を委ねた。
寝息を立てるリアに、レオは一つため息。
「全く、気を許し過ぎだろう」
恥じらいを覚えたと思えば、寒いの理由で手狭なベットで寝ることになった。
結局折れた自身にも非は有るが、我が好敵手ながら警戒心が薄い。
「俺がここで寝首を掻くとは考えもせぬのだろうな」
リアは気を許し過ぎている。
(お前は果たして俺を討つべき敵として殺すことができるのか?)
この間の仕返しと言わんばかりに、以前より少しだけ伸びた金髪を撫で心中で呟く。
ルシファーの横槍で始まった共闘はいずれ終わりを迎える。それはお互い覚悟の上での共闘。
「ふむ、今は考えても仕方ないか」
小さく呟きながら、レオは起き上がった。
フルフェイス仮面を装着し、魔剣フェルグランドを片手に静かに部屋を後にして──