カーテンから差し込む朝日にリアは、ニ、三度寝返りを打つ。
朝だ、起きなければ。きっとレオはもう起きてる。
リアは気怠げな身体を起こし瞼を摩る。
そして辺りを見渡すと、
「……あ、れ? レオ?」
レオの姿形が無い。あろうことか立て掛けられていた魔剣の姿や仮面すら無い。
「先にご飯でも食べてるのかな」
それなら起こしてくれても良いと思う。
リアは手早く身支度を整え、一階へと向かう。
地下酒場でレオを探し、何処にも姿が見えず結局一人で朝食を食べた。
何処へ行ったのか、とリアは受付カウンターへ足を運び、
「あの、連れを見なかった?」
「昨日の連れかい? 夜に『散歩に行って来る』なんて言って、それ以来帰ってきてないねえ」
所在を尋ねれば出掛けた主を伝えた。
夜にレオが出掛けた。しかし彼は未だ帰らず。
この街にはレオが興味を示す物は無さそうだが、それとも一人で先に事件の調査へ向かったのか。
「ああ、そういえばねえ。また娘の遺体が発見されたらしいね。しかも今度は領主様の宝石まだ持ち出されたとか」
「領主の? 物騒な話ね」
「お客さんはまだ知らないだろうけど、これで二十人目だよ」
二十人の娘が犠牲になっている事にリアは眼を見開く。
自分は事件について何も知らない体を装わなければならない。
「まだ殺人犯が彷徨いているってこと? 騎士団は何をやってるのかしら」
「さあねえ、領主様はこんな時だってのに毎晩屋敷に若い娘を集めてパーティーさ。二週間前じゃ考えられないぐらいさ」
そもそもアルバート領主は美食家であり大変真面目な領主だと認識していた。
とは言え、会ったのは一度だけで彼の内面を深く理解してる訳でもない。
「二週間前……あっ、私は出掛けるからレオが戻って来たら伝えておいて貰える?」
「お安い御用さ」
受付嬢は快よく引き受け、リアがドアに手を掛けた時だった。
ドアが開け放たれ、武装した騎士団が仰々しく入り込んだのは。
リアは何事かと訝しむと、一団を引き連れたハングが厳つい表情を浮かべながら、
「やってくれましたな。あなた様のお連れは勇者様の連れを名乗りながらアルバート邸に侵入及び目撃者のリムルを殺害し、宝石を強奪したのですよ」
淡々と事務的に答えた。
突然の事に金槌で頭を殴られた衝撃がリアを襲う。
ハングの物言いにリアは違和感を覚えながら、頭の中で状況を整理する。
(レオが犯行? 確かにレオは夜更けに出掛けてる。でもレオが人間の娘を殺す理由は無い。ましてやアルバート邸に忍び込む理由は……有るわね)
娘殺しは免罪だが、盗み出した宝石が例の結晶体なら肯ける。
しかし相談も無く騒ぎを起こすとは思えない、なおさら相手は魔王レオだ。証拠を残すとも思えない。
リアは平静を装いながら告げる。
「私の連れが? それは何かの間違いじゃないかしら?」
「ええ、我々もそう信じたい物ですよ。ですが我が隊員が死体入りの藁袋を水路に投げ捨てるレオの姿を見たと」
「嘘よ」
「信じたい気持ちは理解できますが、あなた様は選ぶ連れを間違えたのです」
このままではレオが疑われる。アルバート領主の情報集めもそうだが、何かがおかしい。
「ねえ、被害者の遺体を調べさせて貰える? レオが本当に犯人なら遺体には刃傷が有るはずよ」
「…………生憎と遺体には刃傷は見辺りませんが……おい」
ハングは複数の騎士に眼を向けると、彼らは一歩踏み出す。
「昨晩、この目でレオが魔法で殺害する処を目撃しました」
「それはどんな魔法だったの?」
「炎魔法──【ファイア】でしたね」
ああ、彼らは嘘を付いている。リアは騎士の証言から一つの嘘を読み取った。
「我々はレオを捕らえるべく囲みましたが、吸収魔法──【ドレイン】によって魔力を奪われ……クッ……!」
一人の騎士は悔しそうに唇を噛んだ。
レオが敵を無力化する手段として【ドレイン】も有るが、初級魔法を数発扱える今の彼なら恐らく。
恐らくレオは睡眠魔法──【スリープ】で眠らせるか、目撃者を殺害せず記憶を消すか幻覚を見せる筈だ。
彼は無益な殺しを好まない。戦場に現れたレオは正に恐怖の象徴だが、市街戦に於いては決して一般人を巻き込まない。
リアは直感的にどういう訳か、騎士団がレオを嵌めようとしている事を理解した。
なるほど、領主の私兵とは言い当て妙だ。
「私にレオが無罪だって確定付ける証拠は無いけど、あなた達はレオをどうする気なの?」
「捕らえ次第、罪人として処断されるのが妥当でしょうな。ああ、あなた様の現状は重々理解してます。代わりの者を派遣致しますよ」
「……仮にレオが犯人だったら、私はしばらく一人で旅をするわ。だって私は信じてた人に裏切られた事になるわ……その後に別の誰かと旅なんてできない」
リアの言葉にハングは表情を顰め、口惜しそうに頷く。
「なるほど、心中お察ししますよ。……一応あなた様の部屋を改めても?」
「構わないわよ」
そう言ってリアは客室に案内し、騎士団に調べさせた。
もちろんそこにレオが犯行を行った証拠は一切出て来ず、騎士団の行動は徒労に終わった。
用が済んだ騎士団は足早と宿屋を立ち去り、見送るリアに受付嬢が声をかける。
「なんだか大変な事態になっちまったねえ」
「そうね、本当に大変な事態だわ」
騎士団がアルバート領主の犯行に加担している。
まだ推測の域でしか無いが、そうなればアルバート領主を捕らえたところでいよいよこの街の騎士団の信頼は失われる。
なら誰がこの街を守るのか。少なくとも頼りになる宛ては有るが、先ずは証拠とレオを捜すことが優先だ。
リアは宿屋を後にして、街で聞き込みをする事にした。
大通りを道行く人々に一人ずつ尋ねる。
「あの、フルフェイス仮面に白髪の髪の男性を見掛けませんでしたか? あのお〜白い髪の、白い……白い髪、白い髪の無駄に堂々してる男性は……」
次第にレオの怪しさ全開の容姿から、声が沈んでいく。
人々の反応はイマイチで誰も知らないの一点ばかり、あろうことか。
「フルフェイス仮面、なにそれ? 舞踏会の参加者? そんなことより俺っちとデートでもしない?」
などと言われる始末でリアのレオ捜しは難航し、
「ちょっと聞きたいことが──」
「……あなた可愛いわね。悪い事は言わないわ、すぐにこんなイカれた街から離れなさい。ほら、騎士の見張りが付いているでしょう?」
身を案じて小声で警告する女性の言葉に、リアは笑みを返す。
「ありがとう」
「ふふ、それじゃあね」
リアは注意深く領民の表情を観察した。怯えを隠し平常に振る舞う彼らの表情。
中には騎士に路地裏に連れて行かれる男性の姿まで。
これではこの街の騎士の信頼を気に掛けるだけ無駄だ。リアはこの街で起こる事件に息を吐き、別の場所へと移動を移す。
騎士団の監視と尾行に気付きながら──