情報収集に奔走して速くも夕暮れとなった頃、リアは食事のついでに情報を得るため酒場へとやって来た。
大抵の酒場には仕事帰り、街の無頼漢から羽振りのいい行商人が集まる。まさに情報収集に打って付けだ。
看板にデカデカと書かれたメニュー表に眼を通し、
「マスター! から揚げ定食とチルナサラダを」
カウンター席に座り注文、リアは早速隣りで酒を呷る行商人に眼を向けた。
フードを深く被り素顔が見えないが、景気が良いのかこの店で一番高いワインを飲んでいる辺り、儲けがいいことが分かる。
「儲かってる?」
「おー? 見ての通りこんだけ美味い酒にあり付けるぐらいにはな」
「そう、私は旅人だから正直お金に困ることもあって、簡単に儲けられる方法はないかしら?」
「商売ってのは簡単にはいかないもんさ、お嬢ちゃんはそれを理解した上で、なぜそんな質問をしたんだ」
内面を見透かされた事にリアは笑みを浮かべる。
話が早くて都合が良い。問題は騎士が店内にも居ることだが。
「……ここからはおじさんの独り言なんだがな、この街の領主は二週間程前にとある行商人、いや来訪者から混沌結晶を買い取ったそうだ。
その日を境に領主は魔に魅入られたのか、人が変わったように毎晩娘を招待し、喰らうんだとよ」
「それは……確かなの?」
「おう、何せ本人が酒の勢いで喋ってたからな。大方権力と戦況で罰せられないと踏んで強気なんだろうよ」
リアは有益な情報を頭の中で反復させ、来た料理に手を付ける。
混沌結晶をアルバート領主に渡した何者かが居る。これでは国内各地で混沌結晶による被害が続出しそうだ。
フードの行商人は酒を呷り、考え事に耽るリアに目線を向けた。
「そういえば、お嬢ちゃんは勇者だろ? こんな所に居る理由なんかはとある筋から聞いちゃあ居るが、お前さんの仲間に半分魔族の血を引いたガキが居るだろ」
思い掛けない言葉にリアは、食べる手を止め聖剣ゼファールの柄を掴む。
そしてフードの男を鋭い眼光で射抜いた。
「あの子の素性なんて私には関係ないけど、もしもあの子に何かしようなんて企んでるなら容赦はしない」
さっきまでリアが纏っていた気配が一変し、フードの行商人は冷や汗を浮かべた。
冷え切った殺意が眼光に乗せられ、彼女の仲間に何かすればどうなるのか容易に察しが付く。
同時にフードの行商人は心底安心した表情を浮かべ、
「何もしないさ。ただ、ソイツが元気にやれてんのか気になってな。情勢の影響も有るが、魔族と人間の間に産まれたガキは生き辛い世の中だからよ」
「そうね。私はこの国の内側でしか見たことがないけど差別が酷いわ」
仲間の一人も出会う以前はそれで苦労し、同時に顔も見たことがない父親をいずれ天の果てまでぶっ飛ばすと公言するほど。
彼女の望みは、自分と同じ立場に在る混血児を受け入れる拠り所を作ること。
「はあ〜魔王レオに混血児のための集落を作るって言われたらそっちに行っちゃいそうね」
「あん? 魔王レオ様は既に幾つも集落を作ってるだろ。ただ、戦時中の影響で混血児を迎えられないだけで……あっ」
フードの行商人にリアは笑みを深めた。
いま彼ははっきりとレオを様と呼んだ。魔族が人間に溶け込み生活を送っている者も居ることを知っているため驚きは少ないが、
「ふーん、もしかして絶賛姿を眩ませ中のレオの居場所を知ってるのかしら?」
「……知らない」
間を開けて答えたと言うことは知っているということになる。
あるいは何らかの連絡手段を持っているか。
そこまで考えたリアはポツリと。
「それじゃあ今晩にでも私は、領主の所に行くとだけ伝えておいてよ」
「今のお嬢ちゃんじゃあ死にに行くようなもんだぞ?」
「そうね、私一人だったら死ぬけど……魔王は共闘関係者を見捨てないでしょ?」
微笑むリアにフードの行商人は拍子抜けた表情を浮かべ、やがて肩を震わせ笑い出した。
一体どの世界に魔王を信じる勇者が居るのか、それが堪らず可笑しくてついぞ笑ってしまう。
「クックッ……そうかい、居場所は知らんが何とか言伝ては伝えておこう」
フードの行商人は立ち上がり、実に愉快だと言わんばかりに立ち去って行く。
そんな彼の背中を見送りながら、リアは一瞬だけ見えたフードに隠された素顔に考え込む。
(野生人を彷彿とさせる強面、菫色の髪と頬に刻まれた紋章……や、まさかね)
魔人族は体の何処かに紋章が刻まれているという。
そんな話を何処で誰から聴いたのか、それは彼女の母親からだ。懐かしみながらそれでいて今でも想っている表情を浮かべていたのが印象に残っている。
リアは食事を済ませ、硬貨を置き一度宿屋に戻り、用事を済ませてから領主の屋敷に向かうのだった。