美食家として名を馳せるアルバート領主、彼の屋敷には多くの料理人が集い様々な食材を扱う。毎晩開かれる晩餐会のために。
料理人と使用人が忙しなく働く中、リアはアルバート領主が待つ執務室に通されていた。
「おお、勇者リア様! よくぞいらしてくれた!」
「え、ええ……本当にアルバート領主?」
肥えた頬に脂肪で揺れる腹部、混沌結晶が使われたペンダントをぶら下げたアルバート領主にリアは心底驚いた。
少なくとも去年の王族主催の晩餐会に呼ばれた時には痩躯だったのが、今ではすっかり別人のようだ。
リアが思わず本人かどうか疑ってしまうのは無理もないことだった。誰だって暫くぶりに再会した人物が変わり過ぎているならなおさらに。
「ハハッ! 最近素晴らしい食材を発見しましてなあ! もう毎日毎日食べても食べても……飽きないぐらいには食べ続けてしまう、そんな食材を……」
触った瞳で渇いた笑い声を上げ、不穏な気配を漂わせるアルザード領主に、リアは身を引く。
ここで話を聞き出す前に襲われては意味が無い。
リアはわざとらしく手を叩き、アルバート領主に尋ねた。
「あっ! そういえば毎晩娘を招待しているのは美味しい食材を振る舞うためかしら」
すると彼は触った笑みを浮かべ、リアの体を頭部から足元まで見渡した。
リアは彼の視線に不快感を感じながら平静を取り繕う。
「……おやリア様の耳に届いておりましたか。……ええ、あなた様が言う通り」
「でもこの屋敷に招待された娘達は誰一人帰って来ず、遺体として発見されてるって聞いてもいるんだけど?」
「……大方貴族に怨みを持つ快楽殺人鬼の仕業でしょうな。全く困った風評被害だ。……ああ、ですが昨晩の来客はあなた様のお連れに殺害されたようで……」
「……その件ね。ねえ? 騎士まで使ってレオに罪を擦り付けようとするなんてどういう了見?」
「言ってる意味が分かりませんな。それともリア様は私の騎士を疑うと? いくら勇者様とはいえ、それはあまりにも横暴というもの」
レオが殺人を行なっていない確たる証拠が有る。
騎士はレオが炎魔法──【ファイア】を使い焼き殺したというが、それは紛れもない嘘だ。
レオは魔族、人間界由来の魔法を使う必要がない。そもそも人間界に伝わる魔法の威力は魔界の魔法よりも劣る。
彼が使うとなれば火炎魔法──【ファイア・ボール】だ。
ただ、馬鹿正直にレオが魔族と言う訳にはいかない。だからリアは嘘に嘘で返す。
「私の連れのレオはね、炎属性の魔法を使えないわ」
「……ほう。それは仮面を付けている理由にも繋がることですかな?」
「そうよ、酷い火傷を負ってから炎属性は精神不調で使えなくなったそうよ。ほら魔法って術者の精神に左右されるでしょ?」
「確かにそうですなあ。……しかしレオという名は、一体どんな由来で名付けられたのか、あの忌まわしき魔王と同じなど」
リアが知っているアルバート領主は、決して他人の名に対して侮辱めいた言葉を言わなかった。
何がここまで彼を変えてしまったのか、それとも元々だったのか。
リアはアルバート領主に冷ややかな視線を向け、
「それは知らないけど、人の名の由来に疑問を持つ前に私の質問に答えて。あなたは……招いた娘達をどうしたの?」
その質問にアルバート領主の瞳が不気味な眼光を宿し、彼は三度手拍子した。
それは騎士を呼ぶ合図だ。
執務室に一斉に入り込む騎士団、リアは瞬く間に彼らに取り囲まれてしまう。
しかしそこにリアの焦りの色は無かった。こうなることは想定済み、後はどのタイミングでレオが現れるか。もちろん無抵抗にやられるつもりは無い。
そんな中、アルバート領主はゆっくりと口を動かした。
「美味しく頂きましたよ」
アルバート領主の言葉にリアは眼を伏せる。
あの噂は事実でアルバート領主は混沌結晶の影響によって狂った。
同時に疑問が湧く、本当にそれだけが原因で狂ったのか。
「……あの噂は事実だったのね」
「バレていたのなら隠す必要はありませんなあ。今から我々の主食として並ぶあなた様の前に、お教えしましょう」
アルバート領主は棚から幾つかの薬瓶に指を触れながら、
「この混沌結晶が力を与え、こう囁くのですよ『欲望のままに喰らえ、さすれば食の深淵へと至るだろう』と。最初はバカな事をと疑いましたがね、いざ人を眼にすると、絶えず衝動が湧き上がるのです。食べたい、人の肉を、未知の食材を、と」
「……魔の誘惑に負けちゃったのね。……でも、どうして主人の凶行を正すべき騎士が同調してるのよ!」
騎士団をリアが睨み付けると、ハングが目の前に現れる。
「我々も領主様に素晴らしい食材を振る舞われ食したのですよ。それが人間の肉だと知った時は、吐き気がしましたがね。……不思議とまた食べたい、そんな欲求に駆立てられるのですよ。あなた様も一度食せば、あの病み付きになる味と食感の虜となるでしょう」
「……詳細をありがとう、でも私は食べないわ! むしろここであなた達を止める!」
リアの言葉にアルバート領主が嘲笑い、騎士団の面々から失笑が漏れる。
「止める? 我々を法で裁けばこの街がどうなるのか理解しての発言でしょうかな?」
「ええ、だから事前に打てる手は打たせて貰ったわ。大方私の報告なんてして無いでしょうから、懇意にさせて貰ってるソフィア姫に一報をね」
ギリガン王とその御子息であるアンドレイ王子が戦場を支えるなら、第一王女ソフィア姫は民に寄り添い国民を支える。
この国の王族はそうやって分担し今まで国政を維持してきた。
王族宛の手紙は確実に届くよう転移業者に頼んで。だから今頃はソフィア姫が代理の領主を探し騎士の派遣に動いている頃合いだ。
「……っ! 王族を当てにするのか! 流石は勇者、自身に権力が無いから王族の地位を利用するのも厭わないか!」
先ほどまで丁寧な口調が崩れ、アルバート領主は顔が焦りと怒りで染まり上がる。
「確かに私は権利も無いけど頼れる友を頼っただけよ」
「しかし証拠は!? 証拠が提示できなければ我々を裁くことは愚か拘束することさえ不可能……っ!」
「証拠? あなたの首にぶら下げてる混沌結晶だっけ? それ、私と魔王の魔力を奪った新魔王ルシファーが産み出し、何らかの実験に使用している代物よ。果たして、あなたは魔王軍の内通者と疑われないかしら?」
「こ、これは! こ、これは……」
アルバート領主は混沌結晶を撫でながら、
「ええい! リアを拘束しろ! 生きたままだ! 生きたまま肉を削ぎ落とせ!」
アルバート領主は狂気的な笑みを浮かべ、騎士団に命令を下す。
リアは聖剣ゼファールを引き抜き、魔物の魔核を一つ砕く。
魔力が尽きる前に騎士団全員を無力化するのは無理だ。魔力は体を動かすだけで消耗する。これはレオを信じての賭けだ。
背後から組み伏せようと取り掛かる騎士を、リアは聖剣の鞘で顎を強打し打ち上げる。
打ち上がった身体に回し蹴りを叩き込み、背後に控えていた騎士にぶつけた。
リアの背後から剣を振り下ろす騎士に対して、彼女はそれよりも速く騎士団の鎧を狙い、群がる騎士団に勢いよく回転斬りで薙ぎ払った。
魔力が全結なら騎士の胴体は鎧ごと切り裂かれていただろう。
多少の魔力回復の隙を与えてしまったハングは、忌々しげに舌打ちを鳴らす。
「チッ! 流石は聖剣ゼファールを受け継ぐ末裔……しかし」
ハングは騎士剣を握り締めながら、部下に眼を配る。
すると部下は廊下から拘束された少年と少女を強引に引っ張り出す。
目に涙を溜め、恐怖に身を震わせる少年と少女にリアはハングを睨む。
「……ッ! ちょっとその子達は無関係でしょ!」
「フッ、この者は難民。我々の護るべき領民では無い。しかし勇者で有るあなた様は違う……さあ、武器を棄てて頂こうか」
少年と少女の首筋に剣を当てる騎士に、リアは迷わず聖剣を上空に放り投げる、と同時に、
「《光よ、極光となり照らせ》」
魔法技──【極照】を放つ。
光の極光が剣身から解き放たれ、光が執務室全体を包む。
「ぐわあああ、め、目がアアアアっ!?」
手元に戻った聖剣を鞘に納めたリアは、すかさず少年と少女を拘束していた騎士の腹部に、
「寝てなさい!【鋼破掌】っっ!」
詠唱破棄の魔法技──【鋼破掌】を叩き込む。
騎士の体内に衝撃波が襲い鎧が砕ける中、彼は叫ぶ暇も無く意識を手放した。
そしてリアは少年と少女の手を引きながら駆け出す。
「ええい! 何をしている、総出で捕らえろ! 奴を使っても構わん……!」
アルバート領主の怒声を背にしながら、リアは二人の安全を最優先に逃げる──