混沌結晶のペンダントを置いて逃げたアルバートは、用意した馬車に揺られながら頭を抱えた。
「……なぜあんなことを、なぜあんな言葉を……なぜ罪も無い者達を……っ」
混沌結晶のペンダントを外し程なくしてからだ。アルバートが理性を取り戻したのは。
しかし今更後悔しても遅い。自分は悍ましい事を平然と実行し、この肥えた体に収めたのだから。
込み上がる吐き気を抑えながらアルバートは、
「……あの結晶は不味い。人の悪意を、悪性を浮き彫りにし狂わせる」
自身が最初に混沌結晶を手に取ったあの日の事を思い起こした。
珍しい天使の行商人が訪れた。魔王となったルシファーの事を考え、アルバートは慎重に対応すると彼は、取り繕った笑みを浮かべて。
『このペンダントを是非とも善政を敷くあなた様に献上したく』
そう言って差し出したのが混沌結晶のペンダントだった。
その後何が有ったのか、気が付けば自分は混沌結晶のペンダントの虜に。
それからは以前から心の奥底に仕舞い込んでいた未知の食への探究心が、混沌結晶のペンダントによって悪意として引き出されていた。
「……心の何処かで人を食べてみたい、と思ってしまったのだろうか」
後悔しても遅い。後悔するぐらいなら処刑を受け入れるべきだ。なのに自分は今も必死に馬車で逃げようとしている。
「私という人間は何とも愚かで罪深い」
こんな事は間違っている。そう理解しながらも、結局自身の処刑を嘆願したところで今まで築き上げた数多の功績と情勢によって裁かれることは無い。
罰せられない事実がどんな裁きよりも苦しい。
アルバートは、喰らった人々を想いながら瞳から涙を流す。
「そんなに裁かれたいのなら此処で死ね」
御者に扮したグレイがアルバートに宣告を告げる。
ルウとリクを逃したグレイは、愛したリムルを無惨に殺された怨みを拭いきれず、こうして馬車の御者に扮していた。
そしてアルバートを乗せた馬車はどんどん速度を上げ、前方に見えるリザードマンの群れに突っ込んで行く。
グレイは突っ込む寸前に【瞬身】を駆使し、一人馬車に取り残されたアルバートは己の愚かな行いとその罰を受け入れ、
「良いだろう、この世の理は食うか食われるか……ならば私の裁きに相応しい」
そう言って彼は取り囲むリザードマンの凶刃を受け入れ果てたのだった。
後にアルバートの血に汚れた馬車はその場で放置され、彼の最期を見届けたのは復讐に走った暗殺者のグレイただ一人。
しかしグレイの気が晴れる事は無かった。
混血児の自分を『あなたはあなたよ、血や生まれなんか関係ない』そう言って受け入れ愛してくれたリムルはもう二度と戻らない。
慟哭を叫ぶ彼の傷を癒す者、また癒されることも無い一つ結末が此処に終始した。