魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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五章 平常の狂気
5-1


 暗く密集した空間の中、ククルとフィオナは互いに体を密着させていた。

 少女の艶やかな口から息が漏れる度に頬にかかる。

 

「もっと顔をそっちに向けろよ。先から吐息がかかって鬱陶しいんだ」

「狭いんだから我慢して……ん、動かないでよ」

 

 ククルが体を少しでも動かす度に足が腹部に当たり、彼の二角が頬を掠める。

 

「本当にこんな方法しか無かったの? 真正面から堂々と乗り込めば良いのにさ」

「ダメ、ククルは魔族。それも鬼人族だから住民が不安がっちゃうし、魔核研究所の職員には見つかりたくないでしょ」

 

 鬼人族は強靭な肉体を誇り、単純な筋力ならミノタウロスすらも凌ぐ。例え目の前の華奢な少年にしか見えないククルも侮れない。

 彼は素手で大地を破り魔法でマグマを生み出す程魔力も高い。当然ククルは第一級警戒指定に認定されている。

 そんな彼が街に入れば住人はたちまち怯えてしまう。

 フィオナがそう思っているとククルは面白くなさそうに呟く。

 

「チッ、真正面から破壊した方が速いって」

「だからそれはダメ!」

 

 力任せに事を解決しようとするククルにフィオナが声を荒げると。

 

「あの、もう少しお静かに……ククル様も将軍ならばレオ様の立場をお考えください」

「フィオナ様、もう少しの辛抱だ」

 

 外から鬼人族と騎士の呼び掛けにフィオナは一つ咳払いを鳴らす。

 これからハーヴェストに侵入する。魔王城から共に脱出した騎士団もそれに協力してくれているが、天使の戦闘となればククルの鬼人部隊の力が必要不可欠。

 調査中に捕らえられても不味い、しかし潜入に使えそうな物が子供二人がなんとか入れそうな物しかなかった。それに少数での潜入が好ましいと判断したフィオナはククルと積荷に扮して潜入する方法を選んだ。

 レオとリアが一向に姿を現さない。それはつまり魔法が使えないほど魔核に何かしらの影響を受けていたら、そう推測したフィオナはリアなら嫌々ながらも魔核研究所に足を運ぶと睨んだ。

 ところがいざハーヴェストへ出発すると、天使がハーヴェストに向かい混沌結晶を魔核研究所に譲ったとの情報が行商人の魔族から齎され、樽の中に入り込み今に至る。

 

「……そういえばお前の家族はこの街に住んでるらしいね」

「そうだけど、話したこと有った?」

 

 記憶を探るが話したことは一度も無い。ここ最近で記憶に新しいのはククルと口喧嘩ばかり。

 

「魔族には優秀な諜報員が居るからね、それこそお前達の趣味趣向や細かい情報まで何でも調べるほどに」

 

 見かけの年相応の笑みを浮かべるククルに、フィオナはジト目を向ける。

 自分達の動向及び細かい情報は調べられていた。それはつまり、とフィオナは疑念を思い浮かべ、ククルに告げる。

 

「ふーん、えっち」

「……えっ?」

「だってボク達の趣味趣向、それこそ下着の色なんかも──」

「そ、そんな訳ないだろぉぉっ!?」

 

 下着と聞いて顔を真っ赤に染めるククルに、フィオナはちょっとだけ可愛いと思いながら小首を傾げる。

 

「……趣味趣向は花とかそういうのだよ。だいたい調査員が余りにも細か過ぎる情報を送ってくるからレオ様が、『人間の下着だとか報告せんでいい、動向及び人間関係を詳細に調べよ!』って釘を刺してるんだ」

「レオって意外と常識有るんだね」

 

 戦場の中魔族の兵士に紛れ込んでいたレオの姿が思い浮かぶ。

 王自ら戦場に立つことは珍しくないが、兵士の戦列に加わっている姿はどう見ても異様だ。

 そんな事を考えていると樽が揺れ出し、その衝撃でククルと密着してしまう。

 

「……んっ」

「───っ!?」

 

 ククルは突然の柔かな感触に声にならない悲鳴を必死に堪える。

 こうしてククルとフィオナは樽の中で互いに声を押し殺し、ハーヴェストへと入り込む。

 


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