ハウゲル地方から更に北西のデュメリア地方に在るハーヴェストは、魔核研究所が置かれたメンデル国にとって重要な街の一つ。
研究者の街と言われるだけはあり、医学研究所から魔法研究所、果ては魔物研究所が日夜研究に励む。
そんな街に到着した二人は検問を済ませ眉を寄せる。
検問を担当したのが騎士では無く代理人を名乗る騎士学院の生徒だった。
そして馬車を走らせ門を通過しすると、石畳が面した道路と色鮮やかなレンガの街並みが訪れる者を歓迎していた。
入口から最奥に見える研究施設群は鋼鉄製の建造物に取り囲まれ、近付く者に畏怖の念を与えるには十分な存在感を放っている。
旅人を装い一通り街並みを見渡したレオは、こちらを観察する視線と違和感に気がつく。
「……近くに何人居る?」
レオの問い掛けにリアは僅かに視線を動かす。
本来街を守る騎士の姿が見当たらず、代わりに研究者の姿が多く見える。
研究者の街と呼ばれる由縁の一つだが、そこに騎士の姿が無いのは異様と言っていいほどだ。
「騎士は居ないわね。代わりに五人……そこの路地裏から様子を窺ってるわ」
路地裏の物陰から研究対象を値踏みするかのような視線を送る研究者達の姿。
でも、とリアは呟く。
「この街じゃこれが当たり前。騎士が一人も見当たらないのは不自然だけど、さっきの門兵は騎士学院の生徒だったし、でも騎士学院って王都に在るんだけど実地訓練中かしら?」
リアを見て酷く緊張した様子を見せていた生徒の顔が思い浮かぶ。
憧れの人に偶然出会った。そんな印象を受ける何とも若い少年だった、とレオは思う。
「実地訓練中なら騎士の監督官が居てもいいだろうよ」
手綱を握るレオにそれもそうだと頷く。
すると停車している馬車に疑問を持ったのか、一人の老婆が歩み寄って来る。
その者は見るからに占師と言わんばかりに、黒衣のローブで素顔を隠していた。
「もし旅人さんや。一つ占いでも……?」
枯れた声で片手で水晶玉を見せる占師にリアは、やんわりと微笑む。
「えっと占いは結構だけど、この街の騎士は何処に行ったのか知ってる?」
「ほほっ、お嬢ちゃんや。情報を得るには対価が必要さね。……勇者になって三年、そんな当たり前のことも忘れちまったのかねえ?」
「……そうね、危うく初心を忘れるところだったわ。でも此処は往来の通路よ、馬車置き場に預けてからでいいかしら」
「いいとも、いいとも。……ああ、儂ゃああそこで待ってるからね」
そう言って占師は寂れた露店を指差した。
先ずは情報を得るにも占師に占ってもらう必要が有る。住人に聞けば済む話だが──
(あの占師……)
妙な違和感を感じるが、霞がかかったような感覚にレオは眉を寄せながら馬車を走らせる。
馬車置き場に馬車を預けた二人はすぐに占師の下へと向かった。
すると枯れた笑い声を発しながら占師は尋ねる。
「さて、何を占うか。……ああ、恋の悩みかい? それとも──」
「恋って……別に私は恋はしてないんだけど」
「同じくだ」
「おやおや、そうさねえ……この先に訪れる災害についてでも占おうかねえ」
地震か竜巻か。二人はそう考え頷くと占師は皺枯れた手で水晶玉を撫で回す。
すると水晶玉が輝き、
白銀の鱗に覆われ白鳥のような翼を拡げる竜が街を破壊し、人だけを喰らい続けている。
一体この光景は何を暗示しているのか。未来視に等しい占いにレオとリアは驚嘆した。
「……災害級の魔物による被害か?」
ようやく振り絞った言葉は疑問だった。
「遠く無い未来に訪れる災害さね……まあ、信じるも信じらないのも御前さん達次第だね」
「……気になる内容だけど、私達にそれを倒して欲しいの?」
占師は首を横に振った。
「ただの警鐘さね。あの竜は女神に封じされた災害級の竜アルビオン、天使の企みを阻止しなければいずれ人間界に解き放たれよう」
具体的過ぎる占いレオは威圧を込め、
「妙に具体的過ぎる。それは本当に占いか?」
「この歳になるとねえ……視えなくていいものも視えるようになるのさ。例えばその仮面の素顔も」
占師の言葉にレオは肩を竦める。どうやらこの老婆は人の在り方や深い本質まで視えるようだ。
下手に藪を突き、胸の内に秘めた計画を暴露されても不味い。そう考えたレオは納得した素振りをみせる。
「なるほど、歳の功か」
「……本当に色々と気になることだらけだけど、料金は幾ら?」
「ほっほっ。スピリア金貨十枚じゃよ」
結構な値段にリアは顔を青く染めながら、スピリア金貨十枚を支払う。
痛い出費にリアは仕方ないよね、とため息を吐くと本題に移った。
「それで街の騎士団は何処に行ったの?」
「彼奴らは、混沌に惹かれ集う魔物を掃討しに出陣しておるよ。尤も強力な協力者がおるようじゃから心配は無いさね」
「混沌……それは何処から発せられているのか分かるか?」
レオの問い掛けに老婆は微笑んだ。
「そこはほれ、若い御前さんらの仕事じゃろうて」
「む、それもそうか」
一本取られた。そう言わんばかりに笑い返した。
占いを終えた二人は占師と別れ、街中を歩き出す。
「何処に向かっているのだ?」
「フィオナの家に、もしかしたら帰って来てるかもしれないからさ。それに彼女のお母さんに用事があってね」
そう言ってリアは迷いなく進み、レオは何も言わずついて歩くばかり。
そんな中、やはり気になるのが研究者達の視線だ。勇者リアの姿を見て微笑む者、ようやく研究対象が帰ってきたと言わんばかりの視線。
実に不快な視線にレオは息を漏らす。気にしても仕方ないこと、今はどうやって魔核研究所の混沌結晶を破壊するかが優先事項だ。
そうこうしている内に、薬草の匂いが漂う一軒家の前にリアが足を止めた。
【魔女の治療薬邸】と書かれた看板にレオは眼を向けた。
「此処よ、ごめんくださーい!」
ドアをノックすると中から金茶色の髪の妙齢な女性が姿を現れた。
「リア、無事だったようね。さあ、中に入りなさい」
フィオナの母──アリアはそれだけ告げると、二人に中に入るように促す。
どうやら一階は店でポーション類が陳列し、釜戸に架けられた鍋が如何にも魔女の店を思わせる。
そしてアリアに付いて行くと、二階の住居スペースへと通され一室から、
「美味い! 美味いすぎる!」
「お母さんの料理は美味しに決まってる」
中から聴き覚えの在る声が響く。
リアは彼女の声に、良かったと安堵と共に涙を流した。
「……本当に無事でよかった」
「ウチの自慢の娘だからねえ、タダでは転ばないよ。それに二人もお腹が空いてるだろう? いま料理を持って来るから中で待ってなさい」
アリアに促されるまま、騒ぎ声が響くドアをゆっくりと開けると──彼女は驚きのあまり硬直した。
何事かとレオが覗き込むと、そこには押し倒される四魔将軍ククルと彼に覆い被さるフィオナの姿が有った。
「……邪魔をしたな」
「ま、待ってええええ!! 誤解なんだあああっ!」
顔を真っ赤に染め騒ぎ立てるククルの口元から、フィオナはパンクズを掬い取り小首を傾げる。
やがて硬直したリアに気が付き、
「リア……! 会いたかったよ……!」
勢いよくリアに抱き着いた。その様子を見ながらレオは仮面を外し息を吐く。
「ええ、私も会いたかった。本当に無事で良かった……でも、どうしてククルが?」
フィオナは今までの経緯を話した。ザガーン達と共に魔王城を脱出したこと。
そしてようやく我に帰ったククルがレオに駆け寄り、
「レオ様! ご無事で本当に良かった! 一先ず火急の知らせから……四魔将軍ロランがルシファーに寝返り……」
ククルは拳を握り締め、今にも彼の所業に怒りをぶつけそうな程に体を奮わせた。
そんなククルの様子にレオは、
「そうか、アイツは裏切ったか」
たった一言、それが何だ? と言わんばかりに笑っていた。
「……ロランの指揮でボク達は分断されたんだけど」
「ふむ、まあ無事ならそれで良いではないか」
「………でも、レオは裏切られて平気なの?」
「一向に構わん」
ばっさりと切り捨てるレオにリアは目を疑う。
配下の謀反には心を痛めていたレオが、腹心たる四魔将軍の一人ロランの裏切りに対して何も思っていないことに疑問が宿る。
「それよりも混沌結晶について話をしようではないか」
レオはそう言って砕かれた混沌結晶のペンダントを取り出すのだった──