食事を終えたレオとリアはフィオナの部屋に通されていた。
愛らしいぬいぐるみが至る所に飾られている様子は、年相応の少女らしい部屋だ。
そんな彼女の部屋には、魔法書が所狭しと納められた本棚に囲まれている辺り、魔女を志す彼女らしいとも言える。
何度もリアを招いた部屋にフィオナは、三人に入るように促すとククルが頬を引き攣らせていた。
そんな様子に小首を傾げ、
「女の子の部屋ははじめて?」
「そんな事は無いさ、無いけど……随分ぬいぐるみが大量なんだね。ぬ、ぬいぐるみ族!? なぜ彼女の部屋に……」
黒熊を可愛らしくデザインしたぬいぐるみから竜まで実に様々なぬいぐるみが取り揃えられている。
我ながら良く集めたものだとフィオナは胸を張る。
「ボクの自慢のコレクション、王城に充てがわれた部屋にも沢山あるよ」
「ああそう。同情する……ところで僕まで必要なのかい? 正直僕は魔核を投影できないんだけど」
ククルは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。手っ取り早く二人同時に魔核の検査をしようとしたのだが、投影できないのでは仕方ない。
仕方ない魔核の検査は一人でやろう、そう考えていると食事を終えてからずっと沈黙を貫いていたレオが口を開く。
「……ではリアの検査が終わるまでの間、しばし話し相手になって貰うとしようか」
「喜んで!!」
ククルは忠犬の如くレオに駆け寄り部屋から出て行く。
あんなに美味しそうに、しかも微笑みながら食べる魔王の姿がフィオナには恐ろしい存在には見えなかった。
案外一緒に食事をすると見えて来ることも有るのかもしれない。
そうならリアがレオに対して親しげなのも納得がいく。食いしん坊のリアと同様彼も食いしん坊だ。きっと何かと馬が合うのだろう。
「早速始めるから服を脱いで、ベットに横になってね」
「お手柔らかにね」
気恥ずかしいそうに鎧を外し始めるリアに、何故かこっちまで恥ずかしくなる。
いつも堂々と何の躊躇いもなく鎧を外し服を脱ぐというのに。
それ自体は特に同性のため気にもならないが、リアは変わったと思う。
何処を、と言われると判断は付かないが、少なくともフィオナの眼にはリアは変わったように見える。
女性が変わる時は何かが有った。特に恋をした時にその変化は現れやすいと母から聞いたことが有る。
フィオナはその考えをすぐさま、まさかと否定した。
そうこうしている内に柔肌を晒したリアはベットに仰向けになり、
「準備良いわよ」
声を掛けた。
フィオナは横になったリアの近寄り、心臓の位置に掌で触れる。
ほんのり冷たい感触が掌に伝わる。
リアは特にこれといった外傷も無く、健康的で艶やかな調った体だ。
と、彼女の裸を観察するのも悪いと思いフィオナは作業に入る。瞳を瞑り魔力を用いながらリアの魔核に意識を集中する。
魔核が網膜の裏に映し出される。
白い球体が雫の上に浮かぶ。知覚化された魔核だ。
しかしすぐさま異常に気がつく。
リアの魔核に絡み付く鎖の存在、魔力の源泉兎とも言うべき魔核の中枢に打ち込まれた杭。
魔核には光輝く魔力が有るが、その魔力は源泉に戻ろうと杭の周囲を漂っている状態だ。
事細かなに観察しながら、魔核に絡み付いた鎖が何処へ伸ばされているのか、視線を動かして追っていく。
と、その内二本の鎖が朽ち果て壊れている。
(もしかして混沌結晶からリアの魔力を回収すると鎖が壊れる?)
フィオナは推察しながら、鎖の発生源をようやく見付ける。
魔核を囲むように魔法陣が展開され鎖が打ち出されている。そして杭を起点に本来リアの魔核に供給されるはずの魔力が吸い出されていることが分かる。
つまりこれを施した人物は、リアが生きている限り魔力供給を受け続けているということだ。
(本来他者の魔力は時間経過で消滅する。だけど魔核に直接鎖を打ち込んで吸い上げてるなら擬似的な魔力供給が可能になる)
フィオナは鎖の解除を試みたが、すぐに取り止めた。
一本でも解除しようものなら魔核が自壊するように魔法陣に組み込まれている。そのため解除を諦めざる終えない。
同時に腑に落ちない点が見つかる。何故これほどまでに用意周到にも関わらず、既に二本の鎖が朽ち果てているのか。
ルシファーなら一本の解除も赦さないはずだ。
フィオナは瞳を開けリアに問う。
「リアはこれまで混沌結晶を砕いて自身の魔力を取り戻したんだよね?」
「そうよ、それから魔力を使っても取り戻した分だけは回復する様にはなってるわ」
「あのね、魔核の源泉に杭が打ち込まれている。本来なら戻るべき源泉に魔力は戻らず回復もしないはずなんだけど」
「……回復、してるよね」
リアの疑問を露わにした声に頷く。
考えられるとすれば、取り戻した魔力の分だけ鎖を通してルシファーから取り返しているのかもしれない。
でなければ魔力は魔核に留まられず体の外に抜け出してしまう。
「……魔王の魔核を見る必要があるから、レオを呼んで来てもらって良いかな?」
「分かったわ、私も私なりに考えてみる」
そう言ってリアは一瞬で服を着て、部屋を出て行く。そこから程なくしてレオが入れ替わる形でやって来た。
「早速服脱ぐ、横になる」
淡々と告げると彼は黙って従い上着を脱ぎ捨てた。
長身痩躯に筋肉質の肉体、そして長い白髪で隠れがちな背中に、顕となる紋章にフィオナは眼を細める。
紋章、細部は異なるが自分と似た紋章をレオが宿している。手に触れると、より近い紋章ということが判る。
「……紋章が珍しいか?」
言われてハッと気づく、いつの間にか自分はレオの背中に触れていた。
敵である魔王に無用心にも触れてしまっていた。
だが、良い機会かもしれない。そう考えたフィオナは検査前に聞く事にした。
「ボクのお腹に似た紋章が在るんだけど……魔王はボクのお父さんなの?」
「まさか、俺には子など居ない。ましてやそう言った経験も……在るには在るが魔界に居た頃の話だ。それにお前の母親とは初対面だぞ?」
「そうだよね……仮に魔王がお父さんだったらお母さんはもっと反応してると思う」
「父に会いたいのか?」
「……分かんない。会ってみたい気もするし、会いたく無い気もする」
曖昧に答えるとレオは、苦笑を浮かべていた。
「そうか。だが俺はお前の父について知っているぞ?」
「ふーん、どんな人? ううん、どんな種族だったの?」
母と娘を捨てた男の素性に奇妙が湧き、レオの言葉に耳を傾けた。
「種族は魔人族。魔界でも数が多く特徴はほとんど人間と変わらん、違いが有るとすれば身体の何処かに紋章が在ること、後は高い魔力だろうな」
「じゃあボクは魔人族と魔女の混血児ってことになるね」
「うむ。お前の父の髪はお前と同じ菫色だ……頬に紋章が在る男だ、何処かで出会ったら今までの鬱憤でも晴らすと良いだろう」
レオはそれだけ答えるとベットに仰向けに倒れた。
気を遣うところを見ると案外優しいのかもしれない。彼のようなら魔王なら争う理由も無くなるのに。
そこまで考えたフィオナはレオに近寄る。
今は検査が先だ、平和の道筋はリアと、仲間達と模索していけば良い。
「それじゃあ早速、調べるよ」
そう言ってフィオナは同じ要領でレオの魔核を視覚した。
黒い魔核が映し出される。闇、炎、風の三つの属性が宿っている。
そしてレオの魔核はやはりというべきかリアと同じ状態に在る。
少しだけ違うのはリアの魔核よりも鎖の本数が多い事だ。
それだけルシファーは魔王レオを警戒しているという事になる。
ただ警戒しておいて殺さない辺り、まだルシファーにとって二人の魔力は必要だという事が判る。
同時に二人に残された時間の猶予は案外少ないのかもしれない。
用が済んだ魔核はどうなるのか? きっとあのルシファーの事だ、レオとリアの魔核を最悪な形で砕くだろうことが予想される。
「魔王とリアはルシファーに命を握られてるね」
「やはりそうか。あの時俺達を取り逃がした時点で何か有るとは思っていたが……」
深くため息を吐くレオにフィオナは、同情の眼差しを向けた。
誰だって心臓にも等しい魔核を握られていては落ち着かないだろう。
「……うん、ククルも含めてボクの推測も話すね」
そう言ってフィオナは、レオ達を集めて調べた結果導き出した一つの推測を話した──