翌日の雨降る朝、レオ達はそれぞれ別行動を取っていた。
リアの帰還は昨日の内に研究者に知られているが、フィオナとククルは積荷に紛れ込んだため、まだ誰にも存在を気付かれていない。
そんな中、ククルは頭部の角を魔法で隠し路地裏を歩く。
「おや、君は一人かい? 薄暗い場所は危ないよ、表通りの人通りの多い所を歩きなさい」
路地裏で物乞いをしている老人に声を掛けられたククルは、年相応の愛想笑いを浮かべた。
隣で透明魔法──【ステルス】を使用していたフィオナが、誰と二、三度見直すのは無理も無いことだった。
「おじちゃんありがとう! でもこの先に用が有るんだ」
「そうかい、この先には研究施設の裏口が……ひょっとして研究施設に行くのかい?」
「……お父さんが病気になっちゃったから」
ククルの寂しそうな声に老人は気の毒そうに眉を寄せ、
「そういうことなら何も言わないよ。ただ、最近の研究者……特に魔核研究者は見境が無くなってる、まるで何かに取り憑かれたように、だから君も気をつけるんだよ」
老人の忠告にククルは一言だけ礼を告げ、最奥を目指して歩く。
老人は二人分の足音に首を傾げ、ククルの背中に視線を送るが、そこには一人だけ。彼は気の所為かと思い直しては瞳を瞑った。
「……さっきのはなに?」
「何って人間社会に溶け込むための演技さ。知らないのか? 魔界から人間界に移住するには人間界語と社会の成立ちを知らないと通行許可さえ降りないんだ」
「初耳、ボクはてっきり魔界の言語も人間界と共通だと思ってた」
ククルは透明化しているフィオナに悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「───、───」
人間では理解できない言葉を発した。
フィオナは半分魔人族の血を引いているが、人間界で育ち魔界語を学習してる訳では無いため、言葉の意味を理解できない。
「なんて言ったの?」
「さあね、悔しかったら魔界語を覚えることだね」
むっと頬を膨らませるフィオナにククルは愉快な笑みを浮かべながら魔核研究所の裏口へと進んだ。
本来なら正面から堂々と入りたい。しかしそれは敬愛する魔王レオに止められたため、ククルは渋々裏口からの侵入を試みていた。
裏口から侵入して混沌結晶を盗み出す。そのための別行動であり、魔核研究者がリア達に気を取られている隙に盗み出すという作戦だ。
裏口に到着したククルは鉄網を掴む。
そのまま握り締め、鉄網に穴を開け通るとフィオナがそれに続く。
裏庭に入り込んだ二人は周囲を見渡すと。
「おい、リア様が正面ゲートに来てるってよ! 仮面を付けた変な男を連れて!」
「よっしゃ! ついでに仮面の男の魔核も観察だ!」
「これで行き詰まっていた研究が進歩するぞ! 者共いざ!」
「「「「おおおおおっ!!」」」」
声高らかに叫び、正面ゲートへと駆け出して行く研究者達の姿に、ククルは眼を疑う。
熱気と情熱の影に隠れた狂気じみた笑みが不気味だった。
「……お前と勇者には同情する」
「分かってくれる? アレが国に認定された研究者達だよ」
国に認定さえされていなければ、とククルはため息を吐く。
魔核研究所に混沌結晶が有るとはいえ、国家経営による公的機関だ。勇者がそんなところに乗り込み研究資材を破壊したとなれば、彼女の立場は勇者から国家反逆罪として問われかねない。
その点を配慮したレオが、裏口からの侵入を提案したのが今回の作戦の経緯だ。
「……頭のおかしい連中に権力を与えるとロクなことにならないね」
「でも魔核の病気に対しても明確な治療方法を確立させているから、一概には否定できない」
二人は重いため息を吐いて、ククルは自らの体に【ステルス】を施してから研究施設に内部に入り込む。
そこはコンクリート製で造られた通路が広がっており、ククルは魔界に無い建造物に息苦しさを感じていた。
密閉さ気密性の高い通路、幸い窓が有るがこの施設に慣れるまで時間がかかりそうだ。
ククルは周囲に人が居ない事を確認してから、小声で話し掛ける。
「それで何処に行けば良いんだよ?」
「大抵貴重な研究資材は所長室に一度置かれる事がある。一旦そっちに行ってみよ、結構話の分かる人では有るから」
ククルはここの所長が誰なのか小首を傾げ歩き出す。
いずれにせよ、ここの研究者を纏め上げる人物だ。きっと曲者に違いない。
そんな事を考えながらフィオナの案内に従う。
その時だった。
「おや? おやおや?? ここに魔族の臭いとフィオナの匂いがした気がしたんですがねえ……はて、勘違い?」
扉から現れた眼鏡に薄い青髪の男性が鼻を動かしながら、周囲を見渡し出したのは。
余りにもアレな行動に鳥肌が立つ。
(ファウスト博士……いつも以上にキモい)
(知り合い?)
(ん、ボクとリアの担当者だけど一応それなりの良識と常識は持ってる人……残念な人だけど)
ククルは周囲に視線を巡らせるファウストに目線を向けた。
するとファウストは白衣のポケットから棒付きキャンディを取り出し、
「おっとこんな事をしている場合じゃない……早急にアレの対応策を講じねば、全く人使いの荒い」
ため息混じりに愚痴を零して行く。
ククルは"アレ"という言葉に後髪引かれる感覚を覚えながら、早急にその場から立ち去った。