ログハウスに足を踏み込んだ二人は警戒を顕に内部を一通り見渡した。
玄関から入って直ぐの場所は、大所帯が寛ぐに適した広い広間。
そこには暖炉にソファ、埃の被ったテーブルとイス、散乱した酒瓶など人の生活の痕跡を感じさせる物が散りばめられていた。
真正面の二階通路の壁に、白鯨にドクロを描いた旗が飾られ、周囲の壁には動物の頭骨や加工された角が飾られている。
壁には所々蜘蛛の巣が張られ、それなりに放置されて長いのだとレオとリアは判断した。
「ふむ……。あの趣味のいい旗は何だろうか」
「えっ? 趣味良いの? 白鯨は兎も角……ドクロの旗なんて悪趣味じゃない」
「む? 勇者にはアレの良さが分からんか? 見た者に畏怖の想念を与え、怯えさせるには十分な迫力があるだろう、それに何よりカッコいい……!」
「ええっ〜、カッコいいかなあ? ちょっと魔王のセンスは分からないわ」
リアはそう言いながら辺りを物色し始める。
そんな彼女の後姿に、あの良さが理解できないとは、とレオは残念そうに肩を竦めた。
「うぇ、ホコリだらけね。……うん、これは掃除するしかないね……! 魔王手伝って!」
リアは鞘に納めた聖剣ゼファールを適当な所に投げ捨て、モップとバケツを両手に持つ。
レオは掃除に魔剣フィルグランドを邪魔と断じ、適当な所に投げ捨て、窓ガラスを開けた。
こうして二人はログハウスの掃除を始めることに。
▽ ▽ ▽
日が暮れ終わる頃には、二人は疲労から息を乱しながらも達成感に満ち溢れ、綺麗になった部屋に満足気な笑みを宿す。
「はあ……はあ……うむ! たまには手動で掃除も気持ちが良いものだな……!」
「……ふう……人間も魔族も清潔が一番ということよね……!」
「うむ。清潔が一番だ」
リアの言葉に同意を示すと、レオは掃除の傍ら大変興味が惹かれるある物を見つけた事を思い出し、清掃中に発見した財宝が乱雑に置かれた倉庫へと向かう。
彼の突然の行動にリアはただ、呆然と背中を見送るばかり。
(魔王の身長は私よりも二十ニセンチ高い。……でも、改めて見ると引き締まった背中……)
三年前と変わらない背中。
対する自分は三年で僅かに身長が伸び、少しは女性として成長した。
魔族は長寿の種族だからこそ三年程度では肉体が成長しない。
対する人間は、三年も有れば肉体は成長し四十代を超えると衰える。
リアは思う。たったそれだけの違い。それでも人は同じ時の中で変化しない魔族を不気味に思い、いつの日か嫌うようになった、と。
「国王様は、平和は君の手に委ねられたなんて、軽く言ってくれたけど……国王様が和睦を推し進めれば少しは……」
メンデル国王ギリガンの方針に不満が漏れる。
「……ほう、ギリガン王に不満が有るか。……アレも難儀な性格をしている、なまじ自ら始めた戦争故に歯止めが利かず……いや、それは俺も同じ、か」
ぐぐもった声の方向に顔を向け──絶句した。
ダークコートにフードを取り付け、趣味の悪いフルフェイス仮面を被り、白髪の後ろ髪を腰まで出した何者かが幾つかの缶詰を抱えながら静かに佇んでいた。
「……え……えっ!? もしかして魔王──!?」
「俺以外に誰が居るのだ?」
「そ、その趣味の悪い仮面はどうしたの!?」
黒鉄に六つの紅いガラス細工の様なラインが入ったフルフェイス仮面を被ったレオの姿に、リアは驚愕を隠せず、上擦った声で叫んだ。
「む、趣味が悪いとは失敬な。紅いガラス細工と無骨なフォルムに惹かれてな、人里を移動にするにも素顔は隠した方がお互いに都合がよいだろう」
「そ、それは確かにそうだけど。でも、素顔の方がダークな雰囲気でカッコいいよ」
「……褒めるでない」
仮面で素顔が隠れているせいで、いまレオがどんな表情を浮かべているかは分からない。
それでも若干声が弾んでいることから照れているであろうことは理解ができる。
「……この仮面が如何にカッコいいか、徹底的に議論するのは後にするとして。食糧庫で缶詰を見つけてな、幸い賞味期限は二年後だったので少々拝借してきた」
そう言ってテーブルの上に缶詰と缶切りを差し出すレオに、くすりと笑みが零れる。
魔王として恐れられている彼が、人とはちょっとズレた感性を持ち気遣う姿がリアにとっては可笑しくて仕方なかった。
「何がおかしい? ……まあいい、お前は仲間が心配か? 掃除の最中は心此処にあらずだったが」
突然指摘されたことに胸がドキッ、と鼓動する。
気に掛けている素振りを一度も見せた様子が無かったレオの言葉がリアには意外だった。
仲間の安否、彼女達は無事なのか。
不安から膝を抱き上げ、ポツリ、ポツリと。
「……心配に決まってるでしょ……。だってあの場でナナは気を失ってて、魔族が広間に殺到したって魔王が言ってたから、もしかしたら全滅しちゃったのか、捕まって酷いことされてるんじゃないのか。……今でも頭の中がぐちゃぐちゃしてて……! 早く皆の所に行かないとって……っ!」
次第に焦り、声を荒げるリアにレオは彼女の隣に座った。
「焦るな。とは軽々しく言うべきではないのだろうなこの場合は。……俺は配下に、特に四魔将軍には捕らえた人間は丁重に扱えと命じている。四魔将軍は魔族の中でも風変わりな連中だ。いや、早速突然変異型と呼んでも良いほど御人好しな連中だ、彼等ならばお前の仲間を無碍に扱うことは無いだろう」
レオの論ずるような静かで優しい口調に、これまで戦い打ち負かした四魔将軍達の顔が思い浮かぶ。
レオの言う通り彼等は、魔族らしくないと言って良いほど良心を持ち合わせていた。
彼等なら確かに、仲間達を無碍に扱う事はせず捕虜として丁重に扱ってくれるだろう。
敵では有るが信用できる。そう考えると不安と焦りが消えていく。
「そっか、ザガーン、アルティミア、ロラン、ククルは魔族と思えないぐらい良心的だったものね。……やっぱり魔王が優しいからそんな配下が集まるのかな?」
「優しい魔王など居ない。俺はいつでも己の目的のために行動してるに過ぎん、優しさなどで民を、魔界を守れるならばとうに誰かが事を成しているだろうよ」
所詮大望の前に自身を含めた者は盤上の駒でしかない。
仮面の下でレオは邪悪に笑う。
「……ふーん、まあ良いわ。……それと励ましてくれてありがとう」
焦り怒りをぶつけるどころか、礼を述べるリアの姿にレオは肩透かしを喰らい肩を竦める。
罵詈雑言、誹謗中傷を浴びせるか、仲間の安否を想い涙を流すか。
そのどれでもない、ありがとうの言葉を返すリアに拍子抜けしたのも事実。
「礼など不要。利用すべき相手が心配事を抱えたままでは、いざという時に困るからな、ただそれだけの事よ」
「利用、共闘。私達の関係はそうだけど……」
もう少しお互い踏み込んで良いのではないか、とリアは言葉を呑み込む。
そういえば、名前を一度も呼ばれてない。その事に気づくとなんだか無性に腹が立ちレオから視線を外した。
なぜその事に腹が立つのか、リアでも理解できない感情が渦巻く。
「どうした勇者? 食べないのか?」
「………勇者じゃなくて名前で呼んでよ」
「お前はお互いの立場を理解しているのか?」
「……してるけど。……人里で私の事をその変な仮面を装着して勇者なんて呼ぶつもり? 私はあなたの事を名前で呼ぶわよ」
何故か不機嫌気味に力強い言葉を浴びせるリアに、レオは少しだけ動じた。
何故自分は彼女の不興を買ったのだろうか、と。
と、同時にリアの提案は街中で行動するにあたり、当たり前の提案な事に気付く。
街中で彼女を勇者と呼べば、人間はたちまち集まり騒ぎになる。
そうなれば騎士団や貴族が動くだろう。
それはリアにとって良いことでは有るが、レオにとっては避けなければならない。
「それも道理か。では我が好敵手リアよ、共に夕食を食べるとしよう」
「意外と素直なんだねレオは。……でも、お腹が空いたからその提案は大いに賛成」
缶詰を開け、遅めの夕食を食べ始めるレオとリア。
レオはフルフェイス仮面の顎部分をスライドさせた。
露になった口元に干し肉を運び食べる。
その様子にリアは、食べ辛そうと評しながらも笑みを浮かべた。