リアは非常に困惑していた。
「ようこそリア様! 我々研究員一同お待ちかねえしておりましたとも!」
目の前に居る研究者全員が一礼しながら道を空ける姿に。
なぜ彼らはいつも以上にテンションが高いのか。
これも混沌結晶の影響なのか。そうだとしたら恐ろしい、とリアは喉を鳴らしながらレオに視線を向ける。
仮面越しから彼が非常に困惑している様子が窺え、それだけで少しだけ安心できる。
なぜ安心できるのかと、聞かれると心がそう感じるとしか答えられいないが。
「リアよ、コイツらは何だ?」
困惑を宿した声で問い掛けられる。
「国家公認の偉い研究者達……って言えば信じる?」
「……癖の強い連中だな」
ようやく絞り出された声にリアは深い息を吐く。
目の前に小刻みにダンスを決め、中には鼻息荒くしながらメモを取る者も。
特に今回は酷い。通常研究者の出迎えは二、三人程度でいずれも妙にテンションが高いが、今の状態程では無かった。
せいぜい興奮しながら早口で、それでいて嫌な感じを与えさせないように気を配っているが、今の彼らは気配りなど微塵もない。各々が研究対象を見詰める熱狂的な視線だ。特に全身隈なく調べる感覚が険悪感を伴う。
以前はまだ羞恥心に疎かったが今は違い、彼らの視線は不快だ
研究者達の熱狂じみた視線にここから逃げ出したい。そんな弱気になる自分が居る。それでもこの先に進まなければ何も事態は進まない気がする。
リアはそう考え、
「私の魔核を詳しく調べて欲しいんだけど、博士は居る?」
「博士ならご自身の研究室……っと、噂をすればなんとやらですな」
一人の研究者が振り返り、それにリアも釣られて顔を覗かせた。
するとファウスト博士が両手を広げながらこちらに走って来る姿が見える。
「リア様ーー!! 会いたかったですよおおおおおおっ!?」
勢いよく飛び付くファウスト博士にリアは膝蹴りを腹部に入れ、すかさず首に腕を回し込み、地面に投げ付ける。
一連の動作にレオは感心した様子を見せるが、ファウスト博士は受け身を取りすぐさま体制を整えた。
やがて良い笑顔を見せると、
「おやおや、リア様はだいぶ不調の様子。動きにキレがない、普段よりも膝を上げる動作が一秒遅いですね……となると魔核に問題があると……なるほど、であれば魔力量の少なさに説明が付く」
眼鏡を抑えながらリアの現状に付いて詳細に見解を述べた。
優秀だが変態を体現したファウスト博士にリアとレオは深いため息を吐く。
これが国家研究者か、と。
「ふむ、そちらの仮面の男からは魔族の臭いがしますね……ああ、我々は魔核研究者、魔核以外に興味はありませんとも。しかし、これは良い研究サンプルだ」
ファウスト博士の言葉にリアは青ざめた。
臭いでレオの正体を看破した。ここはシラを切るべくリアが口を動かそうとすると、
「リア様? 不必要な嘘は付かなくとも結構ですよ。あなたは嘘が苦手だ、嘘を吐く際にあなたは口角と耳が若干動くのですから」
「えっ!? そうなの!!」
自分でも知らない癖をファウスト博士はリアを観察して看破していた。それは彼女が研究対象だからか、それとも単に彼女が分かり易い性格をしているのか。
眼鏡が妖しく陰る様子にリアは体を強張らせた。今までは観察者と患者のような関係だったが、改めて対面すると彼は恐ろしい存在だと、警戒心と恐怖心が浮かぶ。
「まあ、我々は相手が魔族だろうとも人種に関係なく魔核を調べ尽くすだけですよ。……解剖してでもですが、あなたにソレは悪手のようだ」
「ほう、賢明な判断だな」
「ええ、これでも研究対象は慎重に観察する主義なので……ところで要件は魔核でよろしいんですね?」
話を切り替えるファウスト博士にリアは冷や汗を浮かべながら頷く。
彼は随分嫌われたものだ、と肩をすくめながら自身の研究室へと歩き出した。
ファウスト博士の研究室に入り、患者服に着替えたリアはレオを睨む。
「どうしてレオも着替えないのよ」
「この男に俺の魔核を調べられるのはな……」
「まあ、ほぼ同じ状態だそうで、それなら二人分観る必要は無いでしょうから。……それに調べるならかわいい女の子と男の子の方が良いですし」
そんな事を宣うファウスト博士に、二人はククルの身を案じた。絶対にコイツとククルを出会わせてはならないと。
「そういえば、先程魔族の臭いとフィオナの臭いがしたんですよね……」
「ほう、姿は見たのか?」
「いえ姿は見えませんが、私の嗅覚は特殊ですので」
レオは、だろうな、と肩を竦めリアに視線を向ける。
布面積が少なく、ちょっと動けば下着が見えそうな程に恥ずかしい患者服。
今の彼女を視界に入れるだけで頬に熱が宿るが、レオはファウスト博士に視線を戻す。
「アレはお前の趣味か?」
「いいえ、私はどちらかと言うとあんな露出度の高い患者服よりもナース服の方が好み……コホン、アレの趣味は所長と一部の研究者ですよ」
「ふむ? 確かここの所長は……」
「レオ、考えるだけ無駄よ。あの人はね、見た目で推し量れるような人じゃないから……一応良識的で常識的な人ではあるけど」
リアは所長の姿を思い浮かべて苦笑を漏らした。
三十半のあの人を見たらきっとレオは、仮面の下で間抜けな顔をするに違いない。
そんな事を考えているとファウスト博士は、ベットに備え付けられた魔法機具を動かす。
ガルディアス大陸に在る都市国家ラプラスヘイムは、高度な魔法技術を有しており魔法器具はその内の一つにあたる。
レオはまだ知らない魔法器具の内部構造に興味を示し観察する。
「さあ、横になってください。すぐに済みますよ」
リアはその言葉に従い、いつも通りに仰向けになり目を瞑ると、急激な睡魔に襲われる。
いつも検査を受けると時、リアは魔法による睡魔に襲われ眠ってしまう。
赤い光がリアの身体全体を走り抜け、画面にリアの情報が映し出される。
体重から身長、血液型、現在の魔力量にレオはファウスト博士に視線を移す。
「おや? リア様は以前より体重は変わりない……寧ろ細胞に変化が無い様子……ふふっ、ということは我々の研究は成功しつつ有ると」
「……やはり不老の実験か、貴様らは彼女に何を求める」
「不老を求めているのはギリガン王だ。我々はただ依頼を受け、資金を提供されているに過ぎませんよ。それに我々なりに人間と魔族の平和の道筋を模索しているんです」
ファウスト博士の真面目な顔にレオは息を吐く。
「長寿を否定し、混血児を迫害する国とは思えん思想だな」
「彼らは愚かなんですよ。老けない? 変わらない? それが何だと言うんです? 我々は研究者だ、だったら彼らの長寿の必要を解明し理解できるものにする。それこそが我々の使命の一つ」
ファウスト博士の嘘偽りの無い真っ直ぐな言葉。
それでもレオは問う。
「そのために魔族を解剖したと? 理解はできるが賛同はできんぞ」
「必要な犠牲と断じるのは簡単ですがね、それは間違い無く我々の咎ですよ」
それを罪と認めるファウスト博士の姿勢。
何処までも真っ直ぐな男だ、だが、理解はできても理性的な部分で納得がいかない。
仮に人間の解剖が必要に迫られた時、自分ならどうするか。結局の所狂気的な行いを彼らのような者達に押し付けるのではないか。
そう考えたレオはファウスト博士の言葉を否定しなかった。
「なるほど、事が終わり次第お前達は罰せられる覚悟あると?」
「勿論だ。この戦争が終結した先、魔族と人間の共存には我々は不要でしょう」
「ふむ、ならばお前達は永劫罪を背負うが良い」
「我々を罰しないと?」
ファウスト博士の疑問にレオは静かに答えた。
「それが罰だ。……もう少し道理を弁えない連中なら施設ごと破壊したのだが、お前は話の判るヤツだった」
「それは……ありがとうと答えるべきか。それとも私以上にイカれた研究者を野放しにするということですか?」
「……
「
そう言ってファウスト博士はレオの懐に折り畳まれた紙を入れ、リアの検査に移った。
やがて彼は眼鏡を曇らせ、呟く。
「この鎖……魔核から直接魔力を吸い取る。【ドレイン】の一種と断定するのは早計……ならば神々の時代に使用された鎖でしょうか?」
「かつて魔界で神王が使用したグレイプニルが存在していたが、アレは魔狼フェンリルに砕かれたと記録されている」
「魔界の歴史にも興味が出て来る話ですね……しかし朽ちた鎖を見るに模造品……いえ、似せて作成されたものですかね」
「鎖は混沌水晶を砕けば一本破壊できるようだが、問題は魔核に仕掛けられた魔法陣だ」
レオの言葉にファウスト博士は画面に映し出された魔法陣に眉を寄せる。
「芸術性の無い魔法陣だ。さながら魔核に仕掛けられた時限爆弾と、あなたの魔核にもこれが在るとするなら、一刻も早く解除したいでしょう。ですが、少しでも解除に移行すればコレは爆発しますよ」
「……やはりそこまで用意周到か。となれば時間との勝負か」
猶予はいつまでなのかは分からない。その前に魔核の機能を完全に取り戻す。あとはもう賭けだ。
ルシファーが速いか、それとも自分達が速いかの勝負になる。
「混沌結晶ですか。アレが天使の行商人が運び込んでから一部の研究者は、おかしくなり始めましたね。今も地下研究施設で恐ろしい研究をしてるでしょう」
「恐ろしい研究? いや、混沌結晶は何処に在る?」
「所長室と地下研究施設に……ああ、恐ろしい研究というのはですね───」
ファウスト博士は不慣れな魔界語でレオに内容を語った。
それはレオにとっても衝撃的で何としても阻止しなければならない恐ろしい計画だった──