魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 レオ達が所長室を目指している頃。

 ククルとフィオナの二人は所長室の前に到着していた。

 

「今から出会う人に驚かないでね」

「そんなにヤバいヤツなのかよ」

 

 ヤバくはないが、何か常識が覆されそうな存在では有る。そう言った意味でフィオナが頷くと、ククルは険しい表情を浮かべた。

 

「魔族の解剖を指導するヤツだ。きっとイカレタていて横暴な狸爺に違いない」

 

 酷い偏見と誤った情報につい吹き出してしまう。

 案外魔族の調査員も大した事が無いのかもしれない。それともここが特別厳重に警戒されているからか。

 しかし現に【ステルス】で侵入できてしまっている。

 フィオナは警備体制に疑問を浮かべながらも扉を開けた。すると、

 

「全く裏口から【ステルス】で侵入なんて随分と他人行儀じゃないか、フィオナ」

 

 白衣を着た薄い金髪の女の子が所長室の椅子で、足を組み不敵な笑みを浮かべていた。

 見た目は十歳ほどの女の子だが、彼女こそが魔核研究所所長セレスだ。

 そんな事を知らないククルはフィオナに目線を向ける。

 

(おい、ガキに【ステルス】を見破られているぞ……なんだ? 所長の娘かなにか?)

 

 小声で話しかけるククルにフィオナは息を吐く。

 潜入場所から既にバレていた。つまり警備の薄さはセレスの指示だったのか。

 フィオナは自らに施した【ステルス】を解除して悔しげな視線をセレスに向ける。

 

「ああっ! 良い! 魔女っ子ロリ娘が屈辱を浮かべる表情……っ! これはたまらないわっ!」

 

 白衣を着た体を抱き締めて悶えるセレスの姿に、ククルは呆然と口を開けた。

 それは無理もない事だ。幼い容姿をした女の子が悶絶する姿を見せられているのだから。

 

「ああ、でも……そこの魔族も姿を見せてくれないかね? 『ディスペル』っ!」

 

 解除魔法──【ディスペル】がククルの【ステルス】を強制的に解除させ、彼女の前に姿が顕らとなる。

 するとセレスはククルの姿に驚愕し、しばし呆然とするや否や鼻血を噴き出した。

 

「鬼ショタ……だとっ!?」

「誰がショタだ! これでも百十二歳なんだぞ!」

 

 ククルの主張にセレスは、興奮冷めない状態で息を荒げた。

 何処からどう見ても危ない女の子だが、彼女こそがメンデル国の魔核研究学における最高権力者。

 フィオナは改めて理不尽な存在だと思い直す。無駄に権力と地位を持っているため奇行に走ろうと騎士団に厄介にならない。

 それどころか容姿を武器にする始末だ。

 

 ククルはいつまでも悶えるセレスに、蔑みの目を向けながらフィオナに問う。

 

「なあアレは何なんだよ? 普通のガキじゃないよな」

「……彼女こそがセレス所長」

「へえ、セレス所長ねえ……うん? 所長……あのガキがっ!? どう見たってお前よりも幼いだろ……!」

 

 何を言っているんだと言わんばかりの眼差しに、それが真実だと頷くばかり。

 改めてククルはセレスに顔を向け、彼女こそが研究所所長。しかし到底信じられない光景だ。

 ククルは、自身の常識では推し量れない彼女の姿に頭を抱え始めた。

 

「……んっ! いけないいけない、理性がはち切れるところだった。フィオナの用件は何だい? 一応こちらには君達を拘束する義務があるんだけど、というかわたしが拘束してあげようか!?」

「……混沌結晶がこの施設に有るでしょ? アレを譲って貰おうと思って」

 

 変な事を口走る彼女を尻目に、フィオナは淡々と要件だけを伝える。

 そんな彼女にセレスは肩を竦める。

 

「たかがあの石ころ二つのために侵入を? キミらしくないね、それとも混沌結晶が此処に在る時点で嫌な想像でもしたかな」

「うん、混沌結晶は人の悪意と欲を浮き彫りに暴走させるって調べが付いてる。だからここの研究者達がいつも以上に奇行に走ったり、なりふり構わない実験をしてるかと思ってる」

 

 まるで信用してないと言われているような言葉に、セレスは椅子から転げ落ちては涙目を浮かべた。

 

「ひ、酷いなあ……影響を受けて暴走してるのは一部の三流研究者だけだよ。わたしもファウストも平常だ」

「平常でそれなのかよ」

「タチが悪いよね。きっと元々欲望に忠実に生きてるような人達だから目立った影響も無いんだと思うけど」

 

 フィオナの辛口にセレスは頬を赤らめながら、一つ咳払い。

 

「コホン……兎も角要件は理解したよ。そんな事のためにわざわざ侵入しなくとも混沌結晶ぐらい譲る……って即答できたら良かったんだけどねえ」

「何か問題でも? 危険なのは理解してるんでしょ」

「影響を受けた三流研究者が、地下施設に篭って混沌結晶の意のままに実験してる。それこそわたしが立場と世間の風評とキミ達の好感度を天秤にかけて、リスク計算をしたから我慢してたような研究をね」

 

 セレスの言葉に堪らず二人は、『どんな実験だよ』と突っ込んだ。

 

「ボク達に嫌われるような研究……? 普段の検査だけでも嫌なのに、これ以上何かあるのに驚き」

「……いや、薄々わたしはね、もしかしてリア達に嫌われてる? なんて思ってたりはしてたんだよ? だけどギリガンの命令だから逆らえないしね、わたしにも立場が有るからさ」

「冗談だよ、でも体を調べられるのは……」

「分かってるさ。わたしも似た実験を自らの体に施されているからね……全く狂人の父を持つと大変だ」

 

 ため息を吐くセレスにフィオナとククルは本題に移る。

 

「それで? 此処に在る混沌結晶は譲って貰えるんだよな」

 

 ククルの言葉に彼女は机の引き出しから混沌結晶を取り出し、それを投げ渡した。

 しっかりと受け取ったククルは掌に収まる混沌結晶に視線を落とし、拍子抜けしたような表情を浮かべる。

 

「随分簡単に渡すんだな」

「それは魔物と人間を惑わせる以外に研究的価値が無いからね。確かに混沌属性は希少だけど、魔力増強に使いには身の破滅を呼び込む……正に諸刃の剣だ」

「諸刃の剣……天使の目的が何なのか。所長はどう考えているの?」

 

 混沌結晶を譲り渡した天使を思い浮かべながらセレスは息を吐く。

 興味が惹かれない実験資材。それを破棄してしまうかと考えた矢先に現れた彼。

 彼は混沌結晶を破棄するのは早計、然るべき人物に譲るべきだと忠告を残して行った。

 

「ふむ……わたしの考えはね。天使は実験成果を得るついでに人間の破滅を目論んでいる。ただ、その一方で天使の計画を阻みたい勢力が居るということ……正直言って天使のやり方は非効率で回りくどい、きっと混沌結晶で何かを操りたいのだろうね」

「災害級の魔物とか?」

「概ねそうだと見てもいい。現に東のティラの森に生息しているケンタウロスの群れが暴れ出し、ハーヴェストに進軍を開始したそうだけど……これも実験から目を逸らす陽動に過ぎないとわたしはみてる」

 

 その件に付いてはククルとフィオナは知っていた。

 街中で潜伏の折に騎士団から伝えられた一報を受けて、ククルは自らの部隊をティラの森へと差し向けた。

 そこには騎士団の協力もあり、そう時間のかからない内にケンタウロスの群れは鎮圧されるだろう。

 

「それについては騎士団が対応してるよ」

 

 ケンタウロス自体は中堅程度の強さを誇る魔物だ。

 それが群れとなると騎士団を動かさざる負えない。

 その反面街の防備が手薄にはなるが、そのためにククルは街に残った。彼一人で魔物大群ですら雑兵に過ぎないからだ。

 

「天使に漬け込まれない限りは安心だろうね。……と、話が逸れたね、現状では混沌結晶を放置するにはリスクが高すぎる、だからキミ達が例え貴族の屋敷から持ち出しても罪には問われないよ。何せ人を惑わす危険物だからね」

 

 彼女の言葉にフィオナは安堵な息を漏らす。

 勇者一行として貴族が犯した罪と向き合うことが有った。その時は立場の問題から何も出来ずにいたことも。

 しかし混沌結晶が関与した事件なら別問題だ。それはルシファーの策謀であり、メンデル国を守る正当性を与えている。

 

「とは言っても、一度王都に帰還して正式任務として受諾しないとね」

「あっ、そうだった。ボク達の活動はあくまでもギリガン王から与えれる任務だった……困った人達の依頼ばかり熟してたから忘れてたよ」

「フィオナはたまに抜けてる所が有るからねえ……そこもかわいいだけどっ!」

 

 セレスが声を高らかに上げた、その時だった。二人の背後の扉が開いたのは。

 

「……彼女が所長? 何の冗談だと聞きたいが、あの奇行……信じるしかないのか」

「しっ! 子供大好きな所長で多少変態で奇行が目立つけど、アレでも数々の魔核の病気の治療方法を確立された賢者なのよ」

「見た目はロリ、頭脳は奇人変人ですがアレでもこの国に居なくてはならない重要人物なので、困ったことに」

 

 所長室にやって来たレオ達にククルとフィオナは駆け寄った。

 

「ファウスト博士も一緒なんだ……それでどうして二人はここに?」

「地下研究室に混沌結晶が有るらしいんだけど、地下の入り口が頑丈な扉で塞がれてて入れないよ。だから二人の力を借りようと思って」

 

 リアの言葉にフィオナとククルは目を合わせ頷く。

 早速二人はリア達と所長室を飛び出すだった──

 


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