道中で混沌結晶を砕いたレオ達は、地下研究所へと続く扉の前に到着した。
レオは侵入を阻む鋼鉄の扉から視線を外し、ククルに告げる。
「四魔将軍ククルよ、障壁を砕き散らせ」
「御意」
短く呟くククルは右拳と左脚を引き、鋼鉄の扉に一気に叩き付けた。
凄まじい衝撃音が研究所全土に響き渡り、異常を察知した警報装置が鳴り出す。
これで地下研究施設に居る研究者には侵入がバレるだろう。しかしセレス所長のお墨付き、ファウスト博士の事後処理が在る。
充分な後ろ盾が在る以上、リア達の立場を気に止める必要も無くなった。
激しい音を立てて崩れる鋼鉄の扉に視線を送りながら、レオは歩き出す。
「うへぇ、凄い破壊力ね」
「ふん! ザガーンの一撃を受けて破壊できない鎧を装備しててよく言うよ」
ククルは鬼人族とはいえまだ子供だ。対してザガーンは邪竜族であり成人している。
単純な魔力量と筋力を比較してもザガーンが上だ。だが、ククルは脳筋思考の鬼人族の中では珍しく魔法の扱いが巧い。
レオはククルの将来性を見出し四魔将軍へと抜擢した経緯が有る。
五人は地下研究施設へと降り立つ。
広々とした通路に幾つもの研究室へと続く扉を前に、ファウスト博士が先頭を取る。
「この道を真っ直ぐ、最奥に連中の研究施設が在ります。リア様とフィオナは覚悟がよろしいですか? もしも出来てないのなら今回の一件から手を引く事を強くおすすめしますが……」
ここに来て今更な言葉にリアとフィオナからため息が漏れる。
「今更よ。私が関わってる事柄なら解決しないと、それにレオとククルに任せ切りにしたら共闘の意味が無くなるわ」
人間の起こした事件は人間の手で解決しなければならない。
今回は混沌結晶が絡んでいるからレオとククルは手を貸しているが、そうでも無ければ二人が手を貸す理由が無い。
リアは思う。混沌結晶はきっかけに過ぎないと。人はいつか大きな過ちを犯し、その度に乗り越えていく。
混沌結晶が悪意を浮き彫りにさせているが元々は人々の心の問題だ。
自分を深めた人は心の何処かで何かに対しての欲や恨み、悪意を抱いている。
「ボクもL計画とか、身体と魔核を調べ続けている理由が知りたい」
「……そうですか。前者の方は見れば理解できますが……きっと度肝を抜かれるでしょうね。後者については、国家機密ですので」
ファウスト博士はポケットから棒付きキャンディを取出し口に咥えた。
勇者一行を使った研究が何なのかはリア達に厳重に伏せられている。
それに対してレオは告げる気が無かった。告げずつともいずれは知られる事実だからだ。
もっとも混血児のフィオナには殆ど影響の無い話では在るが、人並みの寿命を迎え一生を終える筈が、いつの間にか長寿を得ていたなどと地獄でしかない。
人間の平均寿命は五十数年。魔族にとって短過ぎる時の中を懸命に生きるからこそ、人間は眩しく時に羨ましいとはさえ感じていた。
だが、それも結局の所は人間の業で奪うのもまた人間なのだろう。
(ああ──天使は人間の業に嫌気が差したのか)
人間界が誕生し、人類が知恵を得てからずっと見守り続けてきた天使。それは永劫とも呼べる時で、人間に失望し見限る天使が現れても不思議ではない。
レオは人間界と天界の関係性に重いため息を吐く。
しばらく通路を走り続ける。特にこれといった妨害も無く順調に最奥に到着。L計画に絶対の自信を持っているようだ。
ファウスト博士は扉に手を掛け、
「覚悟はよろしいですね?」
改めてリアとフィオナに問う。すると二人は当然と言わんばかりに頷く。
ファウスト博士は彼女達の力強い視線に息を吐き、扉を押し開けた。
開け放たれた扉の先には──筒状のガラスケースの中で眠る
人間の複製体は製造、研究自体が禁忌とされているが、彼女達の体を注意深く観察すると、露出した関節部分の繋ぎ目から人形であることが分かる。
そんな中リアは呼吸を荒げながら、顔色を真っ青にして聖剣ゼファールを引き抜く。
「なによ……なんなのよこれ……っ!」
異様な光景に眼を背けるフィオナと怒りを露わにするリアに、ファウスト博士が静かに、それでいて冷淡な口調で告げる。
「これがL計画の全容ですよ。勇者リアを模倣した人形を量産し、戦線に導入するという狂気的な実験」
「確かにこれは魔族にとっても脅威だが、魔力までは模倣できんようだな」
「ええ、魔力も含めた属性は個人によって異なりますからね」
歩き出すファウスト博士にレオとククルは続き、リアとフィオナに視線を向ける。
「お前達はここで待つか?」
「……行くわよ、どんな理由でこんな計画を実行したのか……色々問い詰めたい!」
ガラスケース群の奥に在る扉から研究室の中央室へと進むと、そこには魔法器具を操作する二十人の研究者達と彼らの側に佇む
扉の開閉に気が付いた一人の研究者が振り向く。
金歯の光らせ、でっぷりとした白衣の男──クルド博士がリア達に眼を細める。
レオは数体のLに視線を向けると、本物と細部が異なることに眉を寄せた。
メイド服を着たL、騎士団の正装を着たL、可愛いらしいフリルのドレスを着たL。そのどれもが本物よりも胸が大きい。
なぜ、とレオとククルが首を傾げる中、リアは聖剣ゼファールをグルド博士に向けた。
「グルド博士! どうしてっ……いつからっ……こんな実験をっ!」
「おお、リア様。いつから? この実験の実行は三週間前程になりますが、着想は三年程前からになりますな──」
「どうして……その質問の答えは実に簡単だ。我々はリア様の様々な一面を見てみたい、もちろん魔族を退ける優秀な戦力としての側面も期待してますがな。やはり、リア様ほどの美少女を望む形で体現できる。これほど素晴らしい実験はない! ここに居る同士一同は皆がリア様に惹かれているのですからなっ!」
熱弁するグルド博士に拍手を送る研究者達に、リアは鈍痛に頭を抑えた。
そんなに前から計画は存在していた事と、変態思考の研究者達にリアはファウスト博士を鋭く睨む。
睨まれたファウスト博士は、僅かに彼女から視線を晒しながら震える腕を抑えた。
「確かに提案はされましたが、セレス所長が許可を出さなかったので計画は永久凍結が決定されたのですよ。……第一既に我々は罪を背負う身だ、そんな我々がこれ以上リア様達の人権を侵すマネなど許可できるわけがない」
「……今すぐに混沌結晶を差し出して計画を中止して!」
「流石に勇者と言えども、至高なる計画を中止にはできませんぞ。それに混沌結晶は実に素晴らしい、我々が踏み止まっていた理性という壁を壊してくれたのですから」
そう言ってグルド博士は懐から混沌結晶は取り出し、掌で遊ばせるように転がした。
「なら力付くでっ!」
リアが駆け出すと、一人の研究者がスイッチを押した。
その瞬間背後の扉が開き、ガラスケースで眠っていたリア達が動き出したのだ。
「さあ! 実験の始まりだ! L計画が本物に迫られるのか否かを!」
L達に囲まれたレオ達は冷や汗を流す。
武器こそ通常の剣だが、彼女の剣技は厄介だ。
ククルはそれを身を持って体験している。
「リアそっくりの……胸が大きいけど、攻撃するのはちょっと」
仲間そっくりの人形に攻撃を加えることを躊躇うフィオナ。それは無理もないことだった。フィオナは混血児である自分を分け隔て無く受け入れてくれた。例え紛い物でもリアを傷付けることに心が躊躇ってしまう。
葛藤するフィオナの様子に、レオは仮面の下で優しい笑みを浮かべた。
「やり辛いか。ならばフィオナはファウスト博士と援護に徹するがいい」
魔剣フェルグランドを構えたレオがL達の動きに警戒する。
ククルは素早く背後の守りに着き、掌に渦巻く風を出した。
「それじゃあ後方は引き受けますよ」
「頼むが、魔法技には注意しろよ」
ククルは自身の体を大きく吹き飛ばしたリアの魔法技に、脂汗を浮かべながら頷く。
そしてリアは、
「どうして私より胸が大きいとか、色々気になる事はあるけど……代々受け継いできた剣技をそう簡単に真似られると思わないでよっ!」
聖剣を上段に構え、魔力を解き放つ。
遂にL計画との戦闘が火蓋を切ったのだった──