魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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六章 氷華戦乱
6-1


 梅雨明けが近づく中。

 メンデル国内のとある街道に轟音が響く。

 焼けた大地に散らばる無数の武器。魔族、天使、騎士の遺体が転がる戦場の中で、アルティミアは雪羅族を率いて騎士団を王都に逃すべく敵軍の注意を引き付ける。

 

「ほら、私の首が欲しいなら早くかかって来なさい」

 

 アルティミアの安い挑発に槍を携えた天使兵が一本踏み込む。その瞬間、踏み込んだ天使兵の首が宙を舞うと同時に金属音が鳴る。

 蒼天氷雪を納刀した体勢で構えるアルティミアの姿に、敵軍は戦慄を浮かべた。

 彼女の間合いに一歩踏み込む。それだけで眼にも止まらない速度から駆り出される斬撃が首を刎ねる。

 徐々に戦意を削がれる敵軍にアルティミアは後方で指揮を執るロランに目を向け、

 

「随分と若い連中を編成して来たわね? 舐めてるの?」

 

 僅かに睨むと、ロランは肩を竦める。

 

「まさか【雪羅の姫】を舐める真似など誰がするものか。貴様の実力は身を持ってよく知っているが、同時にどのタイミングで攻めれば良いかも理解してる」

 

 右頬に浮かぶ紋章が印象的な狐顔の優男。戦場では不釣り合いな痩躯の体。彼と相対した者は、見掛けから討ち取れそうだと判断し命を散らしていく。

 四魔将軍のロランという男は、自身の容姿も含めた全てを駒として扱う。昔からそういう奴だ、とアルティミアは息を吐く。

 現に自分はロランを注視して攻め込めない。ロランが姿を見せている事が策略の一つだからだ。

 

「やはり此処は我々が……」

「さっきも言ったでしょ? 騎士団は王都へ逃げろって」

 

 ロランの脇に抱えられたマキアが居る以上、既に騎士団に突進力は無い。

 カムランは唇を噛み締めながら、後方に待機している騎士団の面々に撤退の合図を出す。

 女騎士達はマキアを置いていく判断に渋々従うざる負えない。彼女達も理解しているからだ、下手に動けばマキアの首が飛ぶことを。

 

(ロランの奇襲を赦した私の失態ね)

 

 丁度行軍の速度を緩め、休息に入ろうとした矢先にロランが率いた部隊に奇襲を受けた。奇襲事態は想定無いだが、それがいけなかった。ロランはマキアの背後に転移すると同時に彼女を昏倒させ確保してしまう。

 

 

「……どうかご無事で!」

 

 深々と一礼して駆け出すカムランの背中を雪羅族達は見送り、天使が放った【天槍】が雪羅族によって斬り落とされる。

 

「我々を相手にしてそれが通るとでも?」

「魔法を斬るなんて……ロラン様、何か策を!」

 

 天使の一人がロランに吠えると、彼らは煩わしそうに息を吐く。

 

「既に人質の確保は済んだ。たかが一軍のために兵を無駄にするのは下策」

「しかし! 四魔将軍の首を前にして撤退など!」

 

 意を唱える天使にロランは顎に手を添え、しばし考え込む。やがて考えが纏まったのか、天使兵に告げる。

 

「天使兵は魔王城まで後退、【昇華】に入るルシファー様の防備を固めておけ」

「ぐっ……分かりましたわ」

 

 渋々と天使兵が転移魔法を発動させ、撤退していく。

 残ったロランの手勢とアルティミアの手勢が睨み合う。

 

「……マキアを返せ、って言えば返してくれるかしら」

「無理だな、彼女は計画に必要だ」

「計画ね。一歩踏み込めばマキアの首が飛び、この辺り一帯は溶岩の海に替わるか……」

 

 両軍の境界線に挟み込まれた魔法陣がアルティミア達の進軍を拒んでいた。

 向こう側が近付く分には発動しないが、ロランが敵と認識したものが踏めば、殲滅魔法──【崩炎】が発動する。

 近場に小さな村が在る。魔法の範囲は村から王都の郊外まで届く規模だ。敵でもある人間を護る義理は無いが、レオが多大な犠牲と無意味な死を嫌う以上、アルティミア達が踏み込む訳にはいかない。

 彼は自らの大将首を戦場に晒すことで、罠に誘導している。現にそれに引っ掛かり全滅した敵は数知れず。

 

「全く……【崩炎】を阻止する魔法も間に合わない。発動させれば人間とこの辺に生息する魔物だけが死に絶える。本当に容赦ないわね」

「容赦が無い? 何を言う、魔界ではごく当たり前だろ。もっとも我々の扱う魔法が人間界の土地では耐えられないが……」

 

 だから魔王レオは人間界で魔法を全力で放つことを禁じた。そうでもしなければメンデル国は愚かバルディアス大陸は消滅していただろう。

 魔王レオが人間界に生きる生命を尊重する以上、忠臣である自分達が従わない理由など無い。それが例え戦局を左右されようとも。

 

「裏切ってなお律儀に従う辺り、あんたも可愛げがあるわね」

「……我々魔族には人間界の土地が必要だからな」

 

 ロランの言葉の真意をアルティミアは理解していた。彼が裏切った理由もその目的の全てを。

 マキアも殺されることは無い。そう判断するだけの確信がアルティミアにはある。

 

「難儀な男ね。……良いわ、一旦マキアを預けてあげる。けど今度は勇者リアを連れて取り戻しに行くわよ、それまでその子を殺さないことね」

「ならば勇者の故郷に向かえ、そこに貴様が愛する──」

 

 ロランが最後まで言い終える前に、

 

「全軍キュアリアに向かうわよ!」

 

 アルティミアの言葉に雪羅族達は後退していく。嬉々として駆け出す彼女の姿にロランのため息が街道に響き渡った。

 

 恋する乙女は部隊を率いて街道を駆ける。

 この出来事は丁度レオ達がハーヴェストを出発した頃のこと──

 

  

 

 


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