魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 樹海国家ユグドラシルとメンデル国を隔てるフィルドラン山脈の麓。

 そこには温泉の源泉が沸き、勇者リアの生まれ故郷として名高いキュアリアが在る。

 馬車を走らせるリアは温泉の熱気に故郷が近いことに心を躍らせた。

 

 幸いまだ天使兵が進軍した形跡は見られない。それでも転移魔法が存在する以上は油断を許さない状況が続く。

 

「そろそろ村に着くわよ」

「まさかお前の故郷を訪れる日が来るとは……人生というのは分からんものだな」

「そうかもね、私も魔王レオを故郷に連れ帰る日が来るとは思ってもみなかった。みんな元気にしてるかな? 近所のポチも元気かな」

 

 随分とありきたりな名前のペットだ、名前から察するに犬。そんな推測を浮かべたレオは仮面の下で小さな笑みを浮かべる。

 道中の天候と気候も穏やかなもので、天使兵が進軍した痕跡は見られなかった。しかし、転移魔法が在る以上は油断を許さない状況には変わりない。

 

   

 ようやく村の入り口に到着すると、馬車から降りたリアの姿に、

 

「ああー!! リアちゃんよ! みんなリアちゃんが帰って来たわよおおおお!」

 

 卵を入れた籠を腕に抱いた村娘が声を張り上げる。

 すると続々と村人達が入り口に集まり、リアはあっという間に囲まれた。

 口々に歓迎の言葉を並べる村人達にリアは笑顔を浮かべる。

 そんな中、レオは仮面越しから一通り周囲を見渡した。話に聞いていた通りに村人は全員女だ。

 

「みんな、ただいま!」

 

 リアの言葉に村人全員が笑みを浮かべ、口々におかえりと返す。すると杖を付いた老婆が一歩前に出ると、

 

「おかえり、ところでリアよ。そちらの御仁は……仮面で素顔を隠しておるが魔族じゃな?」

 

 レオの正体を見破り、村人達は一斉にレオに注視する。敵意も疑念も無い様子にレオは戸惑う。

 自分は言ってしまえばこの者達の家族を奪った側だ。なぜ恨みの一つをぶつけないのか。

 

「長老……あの、彼は……」

 

 珍しく言い淀むリアに長老パスカルは微笑む。

 

「騎士に志願した息子や父親が戦死するのは戦時中の常。あやつらも覚悟を持って戦場に向かった、だからワシらは魔族を恨みはせぬ」

 

 戦場の常と割り切るパスカルの言葉に村人達は同意を示すように頷いた。

 どうやら勇者リアが育った村は、村人まで寛大な心を持っているようだ。

 だからこそレオは仮面を外し、

 

「戦争の主犯である魔王を前にしてもか?」

 

 パスカルに問うと彼女は笑った。

 

「魔王が勇者リアと行動を共にしているとは不思議なこともあるのう。しかし、ここは温泉村……温泉の前には人種や立場など関係ないのさ」

「そうか、寛大な心遣い感謝する」

「よいよい、先日この村は天使に襲われたがのう、雪羅族の部隊に救われたからお互い様じゃって」

「雪羅族が……ということはアルティミアは来ているのか?」

 

 パスカルに尋ねたその時だった。

 

「レオ様ーー!!」

 

 村人達の後方からアルティミアが勢いよくこちらに向かって来る姿が見えたのは。

 そしてアルティミアは村人達の頭上を飛び越えて、そのままの勢いでレオの飛び付く。

 レオは彼女を受け止め、深いため息を吐いた。腕に押し付ける柔かな感触、彼女の甘い匂い。毎度のこととは言えついついため息が漏れる。

 

 

「もう少し落ち着きを持てとあれほど……」

「やっと会えましたね!」

「人の話を最後まで聞け」

 

 レオに抱き付いたまま頬を緩めるアルティミアの姿に、村人達はそういう関係と認識した。そんな中リアだけは胸を押さえながら首を傾げた。

 どういう訳か面白くない。胸がチクリと痛む。ただレオとアルティミアが再会しただけのこと。なのにどうして二人の関係が気になるのか。

 リアは疑問を浮かべながら、アルティミアに一つ問う。

 

「どうして此処にアルティミアが?」

 

 アルティミアはようやくレオから離れ、リアに体を向ける。

 

「王都を目指す道中でロランの部隊に奇襲を受けてね。その時にレオ様の居場所をロランが零したのよ」

「それって、ルシファー側にレオの居場所がバレてるってことじゃ……」

「ああ、大丈夫よ。アイツはそういう男だから」

 

 はぐらかすアルティミアに、どういう意味だと視線で問うと彼女は笑みを浮かべるばかり。

 

(むぅ、美しい顔立ち……笑ってるだけで絵になるなあ)

 

 リアは彼女に対して思った事を内心で思い浮かべ、話を続けた。

 

「それでアルティミアは誰かと一緒に居なかったの?」

「……マキアと一緒に居たけど、彼女はロランに捕まっちゃったわ」

 

 マキアがロランに捕まったと、落ち着き払った様子で告げる彼女にリアは頭を抱える。

 此処で彼女に怒りをぶつけるのは違う。その時自分は居らず、魔力も万全ではない。

 それにと、リアは思う。アルティミアほどの実力者が裏切ったロラン相手に何もせずに撤退するとは考え辛い。つまり彼女は撤退せざる終えない状況に陥っていた。

 

「随分と落ち着いてるのね。てっきり怒りに身を任せて聖剣を抜くと思ったけど」

 

 挑発的な笑みを浮かべるアルティミアにリアは落ち着き払った様子で返す。

 

「確信が有るのよ。あなたが捕まったマキアを見捨てて撤退するなんて有り得ないって」

「まあ、結果マキアを見捨てた事には変わりないからね。私からは何も言えないわ」

 

 二人の話を黙って来ていてレオは、ロランの行動に苦笑を浮かべる。

 十年前にロランは王都に侵入し、スラム街を隠れ蓑に活動していた。その時出会い一時的に面倒を見ていた少女がマキアだった。

 

(彼女はお前にとって大切なのか? ロランよ)

 

 だとすれば難儀な男だとレオは思う。

 一先ずロランがマキアを殺す可能性は低い。そう結論付けると、

 

「……立話もほどほどに旅の疲れを癒すといいじゃろう」

 

 パスカルに促されるままレオ達は温泉旅館【福音の館】に案内される事に。そこでレオとリアが予想もしなかったことが──


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