レオ達は温泉旅館【福音の館】に案内された。
木造の建築式に赤い絨毯が引かれ、従業員は魔界から伝来した着物に身を包め愛想笑いを浮かべる。
受付の側に有る大窓から山脈がよく見え、風景を楽しむためにテーブルイスが用意され、側には暖炉が炎を揺らめかせ訪れる者を癒す。
そしてパスカルに通された客室で寛ぐことに──レオの傍らにアルティミアも伴って。
「……アルティミアは此処に居ていいの? 部隊の統率とかさ」
有るんじゃないのかと尋ねるリアにアルティミアは笑みを浮かべる。
「ハーゲンに任せて有るから大丈夫よ。今は天使兵を警戒して山脈を巡回中でしょうけど」
「ハーゲンならば何も心配は要らんな。しかし、リアは帰らなくともいいのか? お前の家はこの村に在るのだろう?」
「大丈夫。帰っても誰も居ないし、それに天使兵を片付けたらまた村を出発するから」
誰も居ない伽藍堂とした自宅に帰っても寂しいだけ。リアの顔はそう物語っており、そんな彼女にレオとアルティミアは納得した様子を浮かべた。
「さて、天使兵を片付けこのまま樹海国家ユグドラシルに入国したいところだが……」
「ダメだよ。ユグドラシルに入国するには国から一定の信頼を得た行商人だけに発行される通行許可書が必要なんだから」
「やはりか。では一度王都に向かう必要があるな」
王都に向かいギリガン王と謁見し通行許可書を得る。そのためにはキュアリアを狙う天使兵を蹴散らす。
国民を救った者をギリガン王は無碍にはできないだろう。キュアリア救出を口実に通行許可書の交渉材料とする。そう考えたレオはほくそ笑む。
彼の怪しい笑みにリアは身を引き、アルティミアはレオの悪巧みに微笑んだ。
「レオ様? ギリガンを脅すなら私が、この蒼天氷雪で承諾させてみせましょう」
柄に指先を滑らせる彼女に、レオは笑みを返す。
「それはダメだ。アイツは頑固だからな、刃を向けられれば意固地になるだろう」
「うーん、流石に情勢を考えると脅しは得策じゃないわ。それでどうしてユグドラシルに?」
疑問を浮かべ小首を傾げるリアにレオは口を開く。
「あの国には天界の門が在る。ユグドラシルは天界に向かうための通過点に過ぎん」
天界の情勢を調べるためにも必要不可欠。もしも天界全土、ルシファーの侵攻が女神ウテナの意志によるものだとすれば情勢は変わる。そうでなければ、ルシファーの独断と暴走によるもの。
しかし女神ウテナが一向に動かない状況を見るに、彼女に何が有ったのかもしれない。それを確かめるためにも天界に向かう必要がある。
「レオ様が天界に? 今のレオ様では危険……あっ」
アルティミアはレオを危険と身を案じると、一つ大切なことを思い出す。ロランに奇襲を受ける直前にマキナから手渡された物のことを。
アルティミアは胸元に仕舞い込んだ混沌結晶を取り出し、レオとリアに差し出す。
「忘れるところだったわ。ささっ、サクッと砕いて魔力を取り戻してくださいな」
レオはアルティミアに促されるまま、混沌結晶を素手で砕く。もう五回目となる光景に二人は小慣れた様子で、自らの身体に還る魔力を受け容れた。
これで半分の魔力を取り返せた。もう少しばかり砕く必要が有ると踏んでいた二人は肩をすくめる。
五つの混沌結晶で半分、しかしアルティミアが所持していた混沌結晶の魔力は今までの物よりも魔力量が多かった。
これで魔核に施された鎖も一つは外れるだろう。
「ようやく半分か……地道に混沌結晶を探し砕く事には変わりないか」
「でもどうしてマキナが混沌結晶を?」
「あの子は魔王城から脱出するどさくさに紛れて盗んでいたのよ。流石はあなたの仲間ね、抜け目が無いわ」
「流石はマキナね」
盗賊稼業から足を洗っていたが必要な物は盗み出す。特にそれが敵軍の計画に使用される物ならなおさら彼女の鑑定眼が働く。
仲間の働きにリアが感心しながら頷いているとレオは、アルティミアを引き剥がして立ち上がる。
「どちらへ?」
「うむ、せっかくの温泉だ。入らなければ損だろ」
表情を綻ばせ語るレオの様子に、リアとアルティミアは顔を見合わせて笑った。
魔王レオが温泉一つに喜ぶ姿が見られたのだから、自然と笑みが浮かぶ。
と、くすりと笑う二人にレオは疑問を浮かべると、扉が開き。
「おや、今から温泉へ? せっかくですからリアとアルティミアさんもお入りになられては」
お茶菓子を持ってきた従業員の言葉に、せっかくだからと二人は頷く。すると従業員が笑みを浮かべ、
「ゆっくりと混浴をお愉しみくださいね」
お茶菓子をテーブルに置くや否や、そんな言葉を残して部屋から退出していく。
彼女が残した言葉。人間界の温泉には元々男女の境はなかった。しかし時代が進むに連れて男女の境が用意されるように──そこまで混浴に関してざっくりと知識を浮かべたレオは驚愕に顔を歪ませた。
「な、に? 混浴だと?」
「昔から混浴温泉を売りにしてるから……あれ? レオと混浴──」
「さあレオ様! 今すぐ共に温泉に参りましょう!」
混乱するレオとリアを他所に平常運転のアルティミア。
レオとリアは彼女の様子に、混浴だから別に恥ずかしがることでも無いのか。そんな答えに至る。
「うむ、では行くとするか」
「あれぇ? 魔王と混浴って、何がどうなって??」
「嫌なら来なくて良いのよ。というか私とレオ様の二人きりの時間にして欲しいわ」
「広い温泉に一人で入るとかどんな罰よ。寂しいから私も行くわ」
こうして三人は温泉へと足を運ぶ。
王城の浴場よりも広く、湯船から湧き上がる温泉。そして両隣にはアルティミアとリアの二人。
他の宿泊客は愚か村人も居ない。広々とした空間に三人だけの貸し切りとは、中々にない贅沢だとレオは小さく笑う。
レオはタオルを腰に巻きながら、体の汚れを丹念に落としてから湯船に浸かった。
肩まで浸かり数分と経たずに、芯から温まり旅の疲れが癒される。しかしレオは重いため息を吐く。
右腕に寄せれる柔かな感触。それはアルティミアの柔肌と小さく寄せられた谷間の感触だ。
彼女に視線を向ければ、長く伸ばされた薄い青髪を団子に纏め、薄く白い艶やかな肌を汗が滴れる様子はどんな男も虜にしてしまうだろう。
そして左隣に視線を移せば熱気によるものか、頬を赤く染めたリアが映り込む。
健康的な艶やかな肌と熱気のせいか色っぽく見えるのは温泉の影響。そして彼女を視界に移すと心臓が高鳴るのはきっと、温泉の効能だとレオは自身に言い聞かせた。
「な、なに? あんまりこっち見ないでよ」
「すまんな」
「う、うん。……ところでアルティミアはずっとレオに抱き着いてるけど──」
「いつものことよ? 私とレオ様はお風呂を共にする仲だからね」
レオを挟みリアにイタズラっぽく笑みを浮かべる。
「そ、そういう仲って……」
「アルティミアよ。誤解を招く様な言葉は慎め……だいたいお前が毎度浴場に侵入するからだろ」
魔王城に常設された魔王専用の浴場。魔王城建設当初は不要と断ったが、配下達の強い意向によって設けられることとなった。
「あら、王が入浴に女を侍らせるのは当然のこと。先代魔王だってメイド達を侍らせていたじゃない」
「アイツは女だろ」
「なんだかレオは大変そうね」
二人は特別な関係ではない。そう認識したリアはわずかに息を吐く。それは安心した様なため息だった。
「……慣れとは恐ろしいものでな、彼女が寝室に侵入しようが気になりもせんよ」
「そ、そんなことまで……というか寝室に侵入って何を目的に?」
「野暮なことを聞くのね──愛した者の側で眠りたいと思うのは当然のことでしょ?」
頬を赤く染めながら答えるアルティミア。彼女のレオに対する想いは深くそして本物だ。
「だってよレオ? 応えてあげないとね」
「……俺は愛に付いて何も理解してない。そんな状態で応えられんよ。だがいずれは応えるさ、アルティミアよそれまで待っていろ」
アルティミアは柔かな笑みを浮かべ答えた。
「ええ、いつまでもお待ちしてます」
同時にリアがレオに特別な感情を懐きつつある事を、彼女は女の勘から判断した。リアは自身が秘める感情に気が付いている様子は無いが、レオに体を密着させる度にリアは苦しげに顔を歪めている。
本人が気づかないとは滑稽だとアルティミアは思う。だが、いずれ彼女が恋心に気付いたなら。
果たしてレオはリアを受け入れるのか。それならそれで構わないとさえアルティミアは笑う。
魔王が嫁をニ、三人摂ることは何もおかしくないからだ。特に魔界再生計画と移住計画を確実のものにするためには、魔王に人間の嫁が必要となる。魔界と人間界を繋ぐ混血児が。
こうして三人は心ゆくまで堪能し、疲れを取るのだった。