充分な休息を摂ったレオ達はキュアリア村の中を歩く。村娘は陽気に語り合い、村を歩くリアに気付くと微笑みながら手を振る。そんな彼女達の様子はまさに陽気そのもの。
この村の中央広場には勇者アリオスの石像が在る。リアの先祖にして聖剣ゼファールで災害級の魔竜を討伐した伝説の人物。
(アリオス伝記は魔族の間でも人気ね)
普通の冒険者が聖剣ゼファールを手にして魔竜に挑む冒険譚。一人の人間が冒険者から勇者となり世界を救う苦難の道が描かれた物語だ。実は魔界の子供達に好まれている書物の一つでもある。
後は人間界の食物が最も好まれて入荷されている。特に穀物や野菜類は魔界での生産性が低いため、輸入頼りだ。
レオの方策の一環で魔界に農業プラントが建造され、栽培は可能となったが、やはり人工の光では人間界と同じ品質の野菜は生産できない。
アルティミアが勇者アリオスから魔界について思案しているとレオは空に向け魔法陣を構築した。それにアルティミアは倣う。
村の中心から広がる魔力結界が村全土を包む。これで空からの侵入に対する一定の防衛が見込める。
天使は翼で空を飛び上空から魔法を放つ事を好む。
「ふむ。雑兵にはこれで充分か」
「私の故郷の空が要塞化してる件について」
「我々は守る戦いが苦手なのよ。だから過剰に迎撃魔法を構築しちゃうわけ」
守る戦よりも攻める戦の方が得意だ。電光石火の如く攻め、力で敵兵を蹂躙する戦を魔族は好む。
「だからなのね、四方の砦に攻め込んだ天馬騎士団が一夜で壊滅したのは」
メンデル国の同盟国の一つフィルエナが持つ最高戦力の天馬騎士団。天馬に騎乗した突撃部隊による突進力はバルディアス大陸一を誇っていた。
「ペガサスって翼が捥がれると普通の軍馬と変わらない。いえ、空を飛ぶことに特化したせいで脚力が普通の馬よりも劣るのよ
天馬騎士団の迎撃を担当したのがアルティミアだ。突進力を奪うために空に迎撃魔法陣を展開させ、陸と空から挟撃し、時には翼を捥ぎ地中に引きずり落とす。
後は雪羅族の独壇場だ。動きが鈍った天馬騎士団を壊滅させることなど片手間で終わる。
「空が飛べていいなあって思ってたけど、脚が弱くなるんじゃあねえ」
剣士にとって脚力は重要だ。そう息吐くリアにアルティミアは同意を示す。
それでも何の策も無しに真正面から天馬騎士団と戦闘しては、こちらの損害が多少なりとも出ていただろう。
「……ふむ。村を守るのはいいが、ルシファーは何のためにこの村を攻略するのか」
天使兵は王都の陥落を第一に進軍していた。アルティミアは王都を目指すついでに敵兵力を多少なりとも削ってはいたが、キュアリアを襲う理由は不明だ。
先日撃退した天使兵も戦略的要素が皆無の村を襲う理由について知らない様子だった。
「そういえばロランはルシファーが【昇華】に入ると言っていたけれど……」
魔王城からキュアリアでは遠く離れ過ぎている。それとも何か関係が有るのか。
「ふむ? 聞き覚えの無い言葉だな……だがルシファーがそうするということは何か意味があるはず──」
ロランの口振りでは【昇華】中は無防備になるということが読み取れる。しかし天使兵が防備を固める以上は容易に攻め込めないのも事実だ。
その割にはキュアリアに戦力を割っていることにアルティミアは、釈然としない疑問を浮かべた。
「うーん。ナナなら何か知ってるかも、だけどいまは何処に居るのか分からないわね」
「あの神官の子? あの子ならザガーンと行動してるはずよ。邪竜族は竜に成れるから移動範囲は私達の比じゃないわ」
邪竜族だけに赦された魔法──【ドラゴン・ソウル】が在る。竜の魂を解き放ち邪竜族本来の姿を取り戻す魔法。魔族の中でも強大な魔力を誇る種族が邪竜族だ。
それ故に邪竜族は先代魔王フェルミナに危険視され、魔界の中でも極悪な環境に追いやられた歴史が在る。彼らが争いを好まない穏やかな種族ということもあったが。
そういえばとアルティミアは思い出す。レオが先代魔王フェルミナを降し、彼女から魔王の座を奪ったあとに邪竜族を配下に加えたのは丁度その頃だったと。
(あの時は名も知れない魔人族に、あの女が負けたことに衝撃を受けたわね。今では懐かしい思い出で私の初恋の始まり)
「どうかしたかアルティミアよ」
はじめてレオと対峙した時の事を思い出していたアルティミアは彼の声に現実に戻る。
「何でもありませんわ」
そうアルティミアは微笑んで返した。
すると村にハーゲン達が戻って来るのが見え、三人は彼らと合流するべく村の入り口へと歩く。
ハーゲンをはじめとした雪羅族達はレオに臣下の礼を取り、
「レオ様、ご無事で何より」
「うむ。お前達も無事で何よりだ」
「有り難きお言葉!」
雪羅族の老人ハーゲンは尤もレオに傾倒している。齢五千を超える彼にとってレオという新たな闇は刺激だったのだろう。
アルティミアはハーゲンにそんな事を思いつつ、鈴を転がしたような声で尋ねた。
「それで山脈の方は如何だったのかしら?」
「山頂からユグドラシル方面まで巡回しましたが、天使兵の痕跡有り」
そう言ってハーゲンは天使の羽を懐から取り出した。
彼らは定期的に山脈からこの村を偵察している。更にハーゲンは続けた。
「特に山脈の山頂に仕掛けられた魔法陣ですな。起動すれば山を崩す程の魔法が発動しましょう──」
「そう、その魔法陣は解除したんでしょうね?」
「抜かり無く。連動式でしたがね、我々雪羅にとってあのような魔法陣は玩具に等しい。ついでに欺くために真似た魔法陣を遺しておきましたぞ」
抜かりがない。命じられずとも必要な事、やって欲しい手を打つ優秀なハーゲンにレオとアルティミアは感嘆の息を吐く。
そしてレオは口角を吊り上げ笑った。
「パーフェクトだハーゲン! 流石は師と並ぶ猛者よ」
絶賛の言葉を送るレオにハーゲンは皺が寄った顔を綻ばせる。
「この老兵、役に立てる事と言えば知識を活かす他にありませぬ」
「レオ様もお喜びになった事だし、あなた達もゆっくり温泉で身体を休めると良いわ」
アルティミアの言葉に雪羅達は、喜びを顕に温泉宿へと駆け出して行く。
その様子をリアは見送りながら、
「レオに師匠が居たの?」
「ああ、理不尽の塊のような御仁だが──今も何処かで放浪の旅を続けているだろうよ」
レオが理不尽の塊と称する人物にリアは、どんな魔族なのか想像が付かない。
「どんな人よ」
恐る恐る聞くと。
「理不尽が服を着て呼吸してるような人ね」
「ごめん、想像できないわ」
「まあそうでしょうね。……敢えて言うならあの人を前にしたら自分がどれだけちっぽけな存在か、嫌でも知ることになるわ」
身を持って知っているレオはアルティミアの言葉にしみじみと頷き、やがて修行時代を思い出したのか深いため息を吐く。
「師の話はここまでにしておこう。噂をすれば何とやらだ」
「そ、そうね! きっと次元を突き破って来ちゃうわね!」
「だからどんな人なのよ!?」
リアの叫びは空に響くが、レオとアルティミアは頑なにかの人物に対して口を閉ざした。
それだけ触れてはならない人物という事をリアは理解し、聞く事を辞めた。